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「この世界の全ては陽と陰の属性を帯びております。これはわかり易く言えば正と負という認識が比較的近くなるのですが、決して善と悪ではありません」

 滔々と、月影法師は滑らかに語る。

 決して早過ぎず穏やかで、けれども決して滞らぬそれは、まるで大河の流れのようだ。

 今、月影法師が語っているのは自然の理。

 三宝教が言うところの教え、法とはまた別の物だが、法を理解して読み解くには必要となる知識だという。


「陽と陰は相反し、この二つの属性の釣り合いで、世界は成り立ちます。例えば太陽が中天に登る時、最も陽の属性が強くなり、その後は傾いて陰の属性が強くなっていき、やがて夜が訪れます」

 尤も、俺が今、月影法師に自然の理を教えて貰っているのは、別に三宝教の法を読み解きたいからではない。

 自然の理には、三宝教の法を読み解く以外にも、とても重要な意味がある。

 それは自然の理を解して、そこに干渉できれば、不可思議な術を扱えるって事だった。


 いや、それらを不可思議な術だと思うのは、俺が自然の理を解していないからで、それを理解してるものが見れば当然の現象なのだろう。

 例えば、水の入った器を火にかけると、水が沸騰するようなものだ。

 そうなるとわかっていれば何が起きているのかは一目瞭然だが、水が熱を加えると沸くのだと知らなければ、不可思議な何かが起きているとしか思えない。

 つまり知識とは斯くも重要であるって事である。


「逆に言えば、この釣り合いを崩して陽の属性が強いままにしてやると、太陽は中天に登ったまま沈まず、夜は来ないという訳ですな。もちろんそれだけの事を成すには途轍もない力が必要になるでしょうが」

 尤も、月影法師が語ってくれているのは基礎であって、それを知ったからって即座に術が扱えるという訳ではなかった。

 ではどうして俺が仕事の休みに、月影法師に頼んでこうして講義をして貰っているのかと言えば、知識を持つ事で術を見た時、何が起きているかを理解する為だ。


 自然の理を解し、そこに干渉して術を使う者には、陰陽師や符術師がいる。

 自然の理を解し、それと一体になる事で人の限界を超え、不思議な術を扱う者には、修験者や道士、仙人がいる。


 この先、もしもそういった術者と敵対した場合、知識がなければ何が起きているかもわからずに、術に飲まれる可能性があった。

 実際、俺は術を使った師には、一度も勝てた事がない。

 幾ら肉体の性能で上回ろうと、相手が何をしているのかを理解できねば、対処はとても困難だ。


 師は色々な知識を俺に与えてくれたが、自然の理に関しては教えてくれなかった。

 その理由は、自然の理に関する知識は、三宝教でもみだりに広めるべからずという風に戒められているからだとか。

 三宝教の僧は知識人であり、その知識を人に分け与える事を厭わない。

 だが自然の理だけは、あまり簡単に他者に広めると、その知識を得た誰かが、また簡単にそれを他人に広めるだろう。

 するとやがては不完全な知識が広がって、未熟な術の乱用が自然の理を乱す。


 故に三宝教の僧も、自然の理に関する知識の伝授には慎重で、師も俺にそれを伝えてくれなかったのだ。

 興味があれば、いつか自分で学びに行けと、そんな風に言って。


「ではどういった事なら現実的に可能かと言えば、小さな火花を散らせ、その陽の属性を強める事で一瞬のうちに大火に変える……等ですな」

 今、月影法師が俺に知識を与えてくれているのは、滞在費用を収めた上、時間があれば寺の雑用の手伝いもして、十分な対価を支払ったと見做されたからである。

 それでも、今から知り得た事を安易に他人に伝えるべからずとの注意はされた。

 当然、注意をすればそれを守れると、人柄も判断されたのだろう。

 信頼されて知識を分け与えて貰ってるのだから、それを裏切る訳にはいかない。


 ……しかし、大火の術か。

 そういえば一度、師がそんな術を使ってるのを見た事がある。

 あれは俺がまだ小さかった頃、戦いの最中に師が大きな炎を出して、妖を焼いたのだ。

 下級の妖であれば、師は武器も術も使わずに殴り倒すから、あれは恐らく中級の、赤か黄の妖だと思う。


 確か術を使う時、師は手甲を打ち合わせて炎を出現させ、それに息を吹きかけて大火を放ってた。

 つまりあの時、師は手甲の金属部分を打ち合う事で火花を起こし、その陽の属性を強めて炎を出していたのか。

 息を吹きかけた部分に関してはは、まだ理解するには知識が足りないが、恐らくそちらも、陽の属性を更に強くする方法だったのだろう。


 では大火の術を防ぎたければ、火花を起こそうとする行動を止めればいい。

 戦っていれば火花なんて幾らでも起きるけれど、意図的に火花を起こそうとする行動を察して阻害する事は、まぁ、可能だ。

 仮にそれが間に合わずとも、意図的に火花を起こした後は大火の術が来るかもしれないと、理解をしていれば回避の為の行動が取れる。


 そして今の俺の理解度だと、対処法はその程度しか思いつかないが、より知識が増えて、自然の理への理解が深まれば、更に別の対処法が浮かんでくるかもしれなかった。


「今日はこのくらいにしておきましょう。詰め込むばかりでは身にはなりませんからな。得た知識を己の物とする為には、繰り返し諳んじて染み込ませなされ」

 月影法師の言葉に、俺は頷き、礼を言う。

 たった一度の講義でも、以前に見た師の術が少し理解できた。


 もちろん、俺は師と戦おうとしてる訳じゃないし、陰陽師やら符術師やらと揉める予定もない。

 でも揉めたり、或いは揉める予定ができた後に知識を得ようとしたのでは遅いから。

 予め、備えておこう。

 知識とは、起きる出来事を想像し、備える役に立つのだから。



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