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鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~  作者: らる鳥
一章 蛟

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「なるほど、円行者……。隠円君の噂は耳にしていましたが、元気でやってるようですな」

 双明寺では思ったよりもあっさりと中に入らせて貰えた。

 入口で師の名を出すと、対応してくれた若い僧は心当たりはなさそうだったが、それでも無碍に追い返される事はなく、上の年嵩の僧に伺いを立ててくれたのだ。

 ちなみに若い僧と言っても見た感じは俺と同じくらい、つまり14、5歳くらいなので、まだ見習いの立場かもしれない。


 それから通された建物、本の置かれた棚と、机や書道具が置かれているので、恐らく僧の勉学の場所で、俺を出迎えてくれたのは、一人の老いた僧。

 彼は師、円行者を知っているらしく、隠円君なんて風に、とても親し気に呼ぶ。

 多分、この寺で師はそう呼ばれていた、或いは名乗っていたんだろうけれど……。

 うぅん、隠円か。


 隠は、陽の逆だ。

 陽の円なら多分、太陽を示す言葉だろうから、隠の円は月を示す言葉である。

 太陽と月の動きを重視するという双明寺で、月を示す言葉を名前として使えるって事は、師はこの寺でも優秀だと認められていたのか、或いは高い地位にあったんだろう。


「この寺にいた頃、隠円君はとても敬意を集める僧でしたぞ。君も彼に似て、とても賢そうだ。彼の弟子という事なら、この寺を領都での滞在場所として使うと良いでしょう。他の僧にも、いい刺激になる筈ですな」

 まるで俺の思考を読んだかのようなに、老僧は言う。

 ……なんだか、師を思い出す。

 師も時々、俺の思考を読んだかのような言葉を吐いた。

 もちろん実際に頭の中が覗かれた訳じゃなくて、それまでの会話の流れや、表情から推察されたんだろうけれども。


 老僧は明らかに師よりも随分と年上だから、もしかすると師の師にあたる僧かもしれない。

 言葉の端々から、親しみと懐かしさを感じる。


 いずれにしても、老僧は間違いなく俺に好意的だった。

 初対面とは思えない程に。

 寺を滞在場所にして良いとの話だったが、……そこまで甘えてしまっていいのだろうか?

 そりゃあ、掃除や薪割りといった雑事の手伝いは求められるかもしれないが、それでも望外の待遇だ。

 白の魂核を買い取って貰って、それから領都での過ごし方に関して、少しばかりの助言を貰えれば十分だと思ってたのに。


 だが向けられた厚意を無碍にする事は、できやしない。

 ならば一体、俺はそれにどうやって報いれるだろうか?


「ご厚意に感謝します。これでそれに報いれるとは思いませんが、滞在の費用としてお納めください。ここまでの旅の途中で討ち取った妖の魂核です」

 考えた結果、俺にできるのは、売る心算だった白の魂核を、滞在の費用として渡す事だった。

 元より、魂核を売った金は領都で仕事が見付かるまでの滞在費に充てる心算だったのだ。

 そこを賄ってくれるというのなら、白の魂核を売る必要もなくなる。


 老僧も、流石に魂核を出された事には驚いたのか、目を見開く。

 そして俺が差し出したそれを手に取り、しげしげと眺め、溜息を吐いた。


「まさか、一人で白の妖を討ち取ったと? ……なんとも無茶をなさる。いえ、君にとっては、無茶ではないのですな? あぁ、隠円君もそうでしたが、本当に、なんて子だ」

 想定してたよりもずっと驚いてくれるから、俺は思わず笑みを浮かべる。

 さっき考えを読まれた分は、これでやり返せただろうか。

 師は、俺が何をしてもあまり驚いたりはしてくれなかったから、どこか師を思わせる雰囲気がある老僧の驚きは、少しばかり嬉しい。


 俺の笑いに、老僧も苦笑いを浮かべて、

「君がそうするというのなら、これはありがたく頂きましょうか。ここでは客人として遇するよう、先程の僧、光念に世話を言いつけておきましょうぞ」

 魂核を懐へと仕舞いながら、そう言った。

 滞在費用を払った事で、どうやら待遇が上がるらしい。


 光念というのは、ここに通してくれた若い僧だろう。

 心当たりはなくとも追い返したりせず、ちゃんと伺いを立ててくれた辺りからもわかる通り、人柄の良さそうな僧だった。

 年の近い相手と接する機会はあまりないから、仲良くできると嬉しい。


「それから、領都では口入屋を通して仕事をするとの事でしたが、私が紹介状を書きましょう。白の妖を倒せる者に、長々とした下積みは不要でしょうからな。それを持っていかれると宜しい」

 白の魂核を出した効果は待遇を上げてくれただけじゃなく、なんと口入屋を紹介してくれるという。

 紹介状を書くというのは、紹介した者が何かの失敗をした時に、自分の信用を損ねるかもしれない危険を背負うという事だ。

 つまり領都に来たばかりで、信用、信頼を少しも持ち合わせていない私に、老僧が自分の信用を貸してくれるという意味だった。


 これは非常に大きな事で、双明寺程の規模の寺の、しかも明らかに偉い立場にある僧が、俺の身の保証をしてくれるなら、口入屋だって俺を軽々には扱えなくなる。

 領都での仕事をするにあたって、最高に近い形の支援だ。


「他にも、何かあれば遠慮なく頼りなされ。隠円君は以前、私の弟子でした。その弟子というなら、私にとっても他人ではありませぬ。独り立ちをしたなら、何でも自分でどうにかしたいと考えるかもしれませんが、それでも人を頼るのは決して悪い事ではありませんからな」

 これ以上はないくらいの支援を申し出てくれたのに、老僧は更に頼れという。

 でも一体、本当にこの上は何を頼れば良いのか。

 俺にはさっぱりわからなかった。


 ただ、この人が師の師であり、俺を他人ではないというのなら、俺もこの人を他人とは考えない。

 頼るべき時があれば頼り、その分だけ恩を返せる事が、俺にできる何かがあったなら、進んで行うようにしようと、そう思う。



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