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弘安家の領都に入って、いや、外から見ても思ったのは、あまりにも人が多いって事だった。
道を埋め尽くすって言うと流石に大袈裟だけれど、四方のどこを見ても人がいて、ちょっと思わず呆けてしまう。
多分、周囲の邪魔にはなってるんだろうけれど、誰もそれを咎めて来なかったのは、俺が若造だから大目に見てくれたのか、それとも初めて領都にやって来たなら誰もがこんな反応になってしまうから、町の人はそれを見慣れているのか。
何やら、少し暖かく見守られている。
……だが、幾ら咎められないとは言っても、何時までもこうして惚けてはいられない。
折角、周囲の人が見守ってくれてるなら、一つ道を尋ねてみよう。
「あの、もし、失礼ですが、三宝教の、双明寺はどちらでしょうか?」
俺は道の脇で長椅子に座り、煙管を吸っていた男に、目的地の場所を問うてみた。
三宝教というのは、八洲の地で受け入れられている宗教の一つだ。
まぁ、一つだと言っても八洲の地で受け入れられている宗教は二つしかなく、主に信じられているのは天教である。
天教は、海に種を落として扶桑を生み、八洲の地に樹や獣、人の種を蒔いたとされる、天に住まう神々を敬う宗教だ。
扶桑という天に届く巨樹があり、また天教の神職は神々の力の一部を借り受けられる為、八洲の人々は誰も天に住まう神々の存在を疑わない。
ただ疑わない事と、従うかどうかは別の話で、天の神々がどう言っていたとしても、残念ながら人の中には悪人もいて、人と人の争いは耐えず、飢えや渇きに苦しむ人も少なくはなかった。
では三宝教は何なのかというと、八洲の外、異国より伝わった宗教だ。
とはいえ、先に述べた通り、八洲には目に見える形で天の神々の存在が伝わっている為、基本的には他の宗教が入り込む余地はない。
これまで、八洲の地には幾つかの宗教の神職が、己の信じる教えを広めようとやって来たが、殆ど受け入れられる事はなかったという。
「おぉ、兄ちゃんは三宝教の僧か……、いや、修験者かい。若いのに感心だねぇ。じゃあ教えてやるから良く聞きなよ。この道を真っ直ぐ行くと侍町に出くわす。でも侍町には入らずに西へ行くんだ。すると西の寺社町が見えてくる。そこから……」
しかしこのように、三宝教に関しては、こうして八洲の人々に受け入れられている。
これは、三宝教が天の神々を否定せず、また自分達の考えを押し付ける事もなく、ただ知識を分け与えたからだと師は言っていた。
三宝教の神職にあたる僧と呼ばれる人々は、神々の力を借りれはしないが、深い知識人であり、その知識を人に分け与える事を厭わない。
彼らが信じる教えとは、人は教えを読み解き悟りに至れば、生と死の軛から解き放たれた高次の存在になれるというもの。
既に高次の存在になった者を仏と呼び、仏は人に法という教えを与え、悟りに至ろうとする人、僧を見守っている。
この仏、法、僧を三つの宝と称して、三宝教という。
仏が僧に教えを与えてくれたのだから、僧も他の人々に知識を分け与える事を厭わないのだ。
八洲の人は天教の教えを疑わない為、三宝教の教えを信じるような信心深い人は、同時に天教の教えも信じて守っている場合が殆どだった。
天教と敵対せず、ただ己を高めながら人を助ける三宝教は、八洲にゆるく広く受け入れられている。
ちなみに修験者は、仏が与えた教えを読み解く方法として、山野に籠る修業を選んだ人を言う。
俺の師である円行者も、以前に三宝教の寺、双明寺で僧をしていた時期があったそうだ。
なので俺は双明寺の名前を聞いていたし、この領都を訪れる事があれば、訪ねて頼れと言われている。
白の魂核を売れるあてというのが、そう、師に聞いていた双明寺だった。
煙管を吸っていた男が、中々軽妙に道を教えてくれるものだから、調子に乗って色々と聞いてみたところ、この領都は中央にある小高い丘と、その上に立つ城を中心に広がっているらしい。
丘の周囲には弘安家の上級家臣が暮らす屋敷が立ち並んでいて、武家町を形成している。
ここは戦時には城を護る簡易の砦にもなるそうだ。
尤も領都の城が攻められるような時は、弘安家の命運も既に尽きているだろうけれども。
上級家臣は武家とも呼ばれ、弘安家を支える要だった。
赤と黄の大鎧、大式正の鎧を保有する家も多く、名を知られた強者が揃う。
武家町の周囲には中級、下級家臣が住む侍町があって、その更に周囲が一般の町人が生活する場所だ。
町人が生活する場所には、細かく分ければ寺社町、商人町なんかがある。
「侍町ならともかく、武家町には招かれもしないのに入っちゃいけないよ。場合によっちゃ斬られてしまうからね。いや、脅してしまって悪いが、この町は良いところさ」
男は本当に親切に、そんな事まで教えてくれた。
武家町は、城への侵入者を遮る役割も担っているから、そういう対応になるのだろう。
知らずに見物しながら入り込んでたら、場合によっては間者として捕まっていたかもしれない。
俺は男に何度も礼を言って、その場を後にする。
領都に来て、話をした一人目が彼であったのは、中々に幸運だ。
この先、どんな出会いが、どんな出来事が俺を待っているのだろうか。
なんとも、今は、そう、とてもわくわくと胸が弾む。
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