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シュタインバーグの冒険譚  作者: 猫柳 章
3/8

0日目②

 私は彼に目を惹かれた。今まで見てきたどんな人とも違う。どこか鉄みたいに冷たくて、私の喉元はヒヤリと冷たくなる。まるで、いつでも私の首を噛みちぎれるみたいな…そんな眼をしていた。


「おい、そこのガキ。」

「は、はい…。」


 彼の眼は鋭さを一層増した。体もより大きく見えて、私なんか手も足も出ないことを見に染みて分からせられているかのようだった。だからこそ、私の声は少しか細いものになる。その様子に気づいたのか、ハールメインが声を入れる。


「おやおや、アイラさんが怖がっていますよ。」

「知ったことじゃない。」

 

 そんな彼の忠告も虚しく、脅威は未だ躙り寄る。私は一歩一歩と下がってしまう。そして、目の前までやってくると諭すように、じわりじわりと言葉を紡ぐ。


「悪いが、俺たちは先を急がなきゃならねぇ。外の話ならまた今度にしてくれ。それに外の世界なんざ、お前が思ってるほどいいもんじゃない。理不尽で、残酷で、血生臭いだけの、地獄だ。」


 その言葉には、なぜか心に深く突き刺さる。自分の積み上げてきた外の世界へのイメージが、それによってガラガラと音を立てて崩れていった。今までの人生を踏み躙られてたようで、でもどこかそれが本当なんだと理解してしまう。相反する感情は、心に深く影を落とし、蟠りを残した。苦しい…。苦くて、まとわりつくような感情が、足から太もも、腹、胸、そして顔へと這い寄るようだった。


「そこまで言う必要ないじゃないですか。まだアイラさんは子供なんですから。」

「だからこそだ。今のうちに現実を知っておくほうがいい。後々、希望を打ち砕かれんような。分かったか、ガキ。お前の理想なんざ捨てて、この村でずっと幸せに暮らすんだな。」


 呑まれて、呑まれて、呑まれて。

 

 淀みの中に私は沈んでいく。

 

 無数の手が、私を掴んで、離さないで、引き摺り込む。

 

 もがく事も許されないようで、ただ一方的に誘われ、足を引かれ、沈んでいく…。

 

 息苦しい…動けない…出られない…

 

 そうして、私は…



「…せん。」

「あ?」

「諦めません!」


 気づけば、私は声を上げていた。諦められるわけがない。ずっと夢見てきた。それがたとえ叶わないとしても、私の人生の“よりどころ”となっていた。言ってしまえば、もう一人のわたしなのだ。そんな自分を否定されて、黙っているなど無理な事だった。


「私は絶対、外の世界に行きます!どんなに辛くても、どんなに苦しくても、私は外に出ることを諦めません!理不尽で、残酷で、血生臭かったとしても、だとしても、私はこの目で、外の世界を見ます!」


 胸の底で薄まっていくだけだった本当の気持ちが、湧水のように溢れてくる。ああ…、そうだ。これが、私だったんだ。真っ直ぐで、大した事もない。けれども確かにあった。私の中で、ずっと燻り続けていた。やっと、もう一度見ることができた。そんな私に彼は、ただ無愛想に


「なら勝手にしろ。忠告はした。」


とだけ言って、離れていった。

この場にはなんとも言えない沈黙が流れている。


 すると、その場を離れて見ていたもう一人の男が口を開いた。


「やっぱり、あなたは変わらないですね。」


と、彼はバツが悪そうに笑った。


「あの人なんですか?とても無愛想で、失礼じゃありません?」

「あはは、あまり怒らないであげてください。彼はシュタインバーグさんと言って、僕の護衛をしてもらってるんです。何でも、あまり人と関わりたくないそうで、どうしてもあんな感じになってしまうんだと思いますよ。さっきのも彼なりの気遣いなのでしょう。」

「気遣い、ですか…。」


 とは言うものの、やはり、私にはそう見えなかった。ただ一方的に、人の夢を踏み躙ってるようにしか見えなかった。一体、どんな人生を送ってきたのだろうと、疑問に思ってしまう。それほどまでに、人と関わることが嫌になる経験があったのか、それとも人と関わってこなかったのか…。どちらにしろ、まともな人生を送ってこなかったのだろうと思った。


 とそうしていると、突如、門の方から声が上がった。


「大変だ!みんな家の中に隠れろ!」


 やってきたのは、村の門番だ。その様子から、ただならぬ事態になっていることは明白だった。と、彼は私に気づいたようで、こちらの方に駆け寄ってくる。


「ああ、アイラちゃん。ここは危険だ。早く逃げなさい!」

「何があったんですか。」


 そう聞くと、彼は荒い息を無理に飲み込んで、言葉を紡いだ。


「でっかい熊みたいなバケモンがこっちにやって来てやがる。早く隠れねぇと、あっという間に奴の腹ん中だ。」


 魔物自体、この辺りで大して珍しいものでもない。ある程度であれば、村の人でも退治できる。でも、彼の様子から見るに、そう簡単にいくものでもないと分かる。だからこそ、私はハールメインに逃げるよう促そうとした。その直後、また“彼”がやって来た。


「俺が行こう。奴らの対処には慣れてる。」


 とそう言った。その様子は、おおよそ覚悟が決まっている者の様子ではない。だからと言って、心に余裕がある者のそれでもない。一転して変わらない。何と言うか、“いつも通り”という様子が感じられた。そうして、彼は門へと向かっていく。その姿はまるで、これから命を狩らんとしている獣そのものだった。

 私は、それを黙って見ていることしかできなかった。


「まあ、彼なら大丈夫ですよ。腕は私が保証します。」


 そう言うものの、私は「はい、そうですか。」と返せるわけではなかった。単に心配する気持ちと、どこか安心する気持ちが混じり合ったまま、その場に立ち尽くすのみだった。

意外と早めに出せました。

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