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シュタインバーグの冒険譚  作者: 猫柳 章
2/8

0日目 ①

 いつも通りの朝。私は目を覚ます。グッと背筋を伸ばして、重い瞼を擦り、窓を開ける。山の向こう側から太陽が顔を覗かせている。その光が眩しすぎて、私はため息をこぼした。輝かしいその景色を背に、私はまだ光の満ち足りていない部屋の扉を開いて、階段を降りる。


・・・・・


「おはよう、お母さん。」

「おはよ、アイラ。昨日はよく眠れたかい?」

「うん、元気いっぱい!」

「それはいいことだ。顔洗ってきな。」


 私よりも先に起きて、母は朝ごはんの支度をしていた。ちなみに、父はもう仕事に出かけたようだった。朝早くから一日の準備を進めている両親を私は素直にすごいと思っていた。そんな具合で、私も顔を洗い、朝食も済ませ、服を着替え終え、家の手伝いを始める。

今日も私の“いつも”が始まる。


「そうだ、アイラ。今日の夕飯の食材を買ってきておくれ。今日は行商の人が来る日だから。」

「あ、そうだった!すっかり忘れてたよ。何を買ってくればいいの?」

「ええっとねぇ…」


 私の村には、ときどき『ハールメイン』という名の行商人がやってくる。数少ない、私の楽しみのひとつだった。ハールメインさんの話は私を心の底からワクワクさせてくれた。訪れた町や人の様子,あるいは途中でみた景色などたくさんだ。そんな話を聞きながら、外の世界に思いを馳せる。当時の私は、それを繰り返していた。

 飽きないかと聞かれても、「これっぽっちも。」と答えられる。それほど、私は外の世界に憧れていた。だから、私の過ごす“いつも”は退屈で、つまらなかった。


「…と、それくらいだね。もうじき来ると思うから、頼んだよ。」

「うん、任せて!」


そうして私は藁で編まれた籠を手に、玄関の扉を開けた。


・・・・・


 扉を開けた瞬間、ひんやりとした風が私の頬を撫でさる。もう、冬に備えて準備が始まってる。私はあれから歳を重ねてしまった。子供の頃のような好奇心も無くなりつつあり、そろそろ私も大人になる準備ができてしまった。あとは、この憧れを捨てるだけ…。それでも、ずっと抱え続けてきたこの想いは、どうしても手放したくないと思ってしまう。いづれ忘れていってしまうものだと、ちょっぴり寂しい気持ちになる。それを押し込んで、私は冷たい空気に満ちた世界に一つ、また一つと歩を進めていく。


・・・・・


「こんにちは、ハールメインさん。」


 村の入り口までやってくると、その人はいた。白髪の長い髪に、赤い瞳をした穏やかな青年。その体格に見合わないほど大きなバッグを背負って、今年も大きな声で呼び込む。彼こそ、行商を営む“ハールメイン”という名の男だ。


「ああ、アイラさん。一年ぶりですね。」


 と、優しい笑顔で迎えてくれる。彼の人柄はこの村でもよく知られており、気づいたら、誰もが手をひかれてしまっているのだ。そうして集まった人だかりは既に目の前にできていた。普段、ここでは見られない珍品に釘付けになっている。


「さ、見ていってください。今年もいい品が入ってますよ。」

「ええ。」


 そうして、私もその一員になってしまうのであった。母に頼まれたものは、ちゃんとそこにあった。それらを指差して、お金を払って、かごの中にそっと入れた。本来はそれでお終いなのだが、実際はそれが、“ついで”になってしまっていた。


 キラキラと光り、私の心をぐわりと掴む青色の石,甲高い音色を空気にのせて奏でる鉄の棒。そして、甘い香りをふわりと漂わせる赤い水。


 どれも素敵で、どれも魅力的で、ひとつひとつを手に取っては、私の胸はときめいていた。息すらも忘れて、見惚れていた。楽しくて、ずっと見ていたくて、いつまでもその気持ちを胸の奥で膨らませていたかった。すると、そこへ一つ、声が耳を通り抜けた。


「相変わらず、外の世界のものには目がないですね。」


 はっとそちらへ目をやると、ずっとニコニコしながら、こちらを見守っていた青年の顔があった。忘れていた呼吸を取り戻し、急いで体裁を繕った。


「あっはは…。すみません。見てると、つい楽しくなっちゃって…。」

「また、外の世界の話でもしましょうか。」

「え、いいんですか。」


 思わず、私の胸は跳ね上がり、瞳を輝かせる。それは、幼い子供のように純粋な眼差しだった。


「待っててください。皆さんの買い物が終わってからですよ。」


 と周りを見回せば、彼と同じようにたくさんの人が、私に向かって微笑んでいた。一瞬、私は状況を理解できずに固まった。しかし、数秒の沈黙の後、ようやく我に返り、頬を赤らめさせた。


「ご、ごめんなさい…。」


 と私はそそくさと、人ごみの後ろへと下がった。


・・・・・


 しばらして、あれだけ多かった人も気づけば、すっかり買い物を終えて、家に帰っていった。だが、私は遠目でずっとその時を狙っていた。そして、最後の人が買い物を終えると、私は待っていましてたとばかりに飛びついた。それを分かっていたのか、彼は相変わらず、こちらに笑顔を向けた。


「おやおや、そんなに楽しみだったんですか。」

「ええ、もう待ちくだびれるかと思いましたよ。」


 とその瞬間、野太い声が響き渡った。


「長居はできんぞ。夜のうちは危険だ。」


 それは狼のように息を潜めていた。ギラリと光る目を見ていると、胸の奥をグッと掴まれたような感じがして、わけもなく、首筋がヒヤリと冷たくなる。私がちっぽけに見えるほど大きくて、少し怖くなった。背中には、使い込まれているのか、鉄錆がところどころに見られる大きな弓を背負っている。


「それもそうですが、彼女に話をするだけですよ、シュタインバーグさん。」


 これを読んでいる者は、これでもう察しただろう。そう、これは私が書く旅の記録。だが、その主たるところは私にない。この記録は他でもない、彼が主役だ。『シュタインバーグ』。生きる意味を探す、ひとりぼっちの、彷徨う獣だ。

次は何ヶ月後ですかね。

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