マリア・アレギア-始まり無き始まり、終わり無き終わり-
少年が館から出ると待ち伏せしていたようにそこには一人の少女がいた。少女――例え全身をローブで覆い口元しか見えていないとしてもソレは確かに“少女”だった。
少年の姿を認めた少女は僅かに口元を綻ばせた。
「…来ましたね」
「お前か、俺をここに呼んだのは」
「意図したわけではありませんが結果だけを見るとそうなります。ご足労、そして彼女を救ってくれた事感謝します。ありがとうございました」
「たいした事はしていない。俺は俺のすることを俺の意志でした、それだけだ」
「そうですか。では私も貴方に感謝しなければ気が済まないので改めてもう一度お礼を言います。迷える騎士王、ユズリハ・フェルナムをあのような形で救っていただきありがとうございました」
「分かった。確かにその謝礼、受け取った」
責める瞳も、照れも謙遜も傲慢すらも一切ない少年のその瞳に少女は確かに困ったような仕草を示した。
「…本当に難しい事を言うヒトですね、貴方は。よく言われませんか?」
「覚えはないな」
「そうですか。なら貴方はよほど周りの人に恵まれていますね。それともそれも含めて人徳と言うべきでしょうか?」
「知らないし知る気もない」
「でしょうね」
苦笑を浮かべる少女の前で、それでも少年は表情一つ変えずに、真っ直ぐ少女を射抜いたまま口を開いた。
「何の用だ」
それは疑問ではない、質問でもない。単なる確認に過ぎない。
目の前の少女は初めて少年を見たときと同様の笑みを僅かに浮かべて、頭に掛かっていたフードを取った。
「私の名はマリア・アレギア。ただの有り触れた、小さな魔法使いです」
そこから現れたのは周りの雪景色に溶け込むような銀の色。澄んだ深緑の瞳。確かに少女と呼んで差し支えない容姿の女性がそこには在った。
「また、代行者の一人、三階位『愚者(The Fool)』でもあります。こちらはまだ貴方には意味が分からないとは思いますが……どうぞ、好きな方で呼んでくれて結構です」
「判った、マリア・アレギア」
澱みなく、呼び名など初めからそれしかないというように少年は彼女の名をそう呼ぶ。
僅かに驚きを浮かべた少女はまた微笑を浮かべなおして、
「では、貴方を還そうと思います。その前に一つ、お礼と称したお節介を」
「何だ」
「貴方の良く知る人物の真似事になってしまいますが…予言しましょう。
貴方はじきに運命に逢う。そして数多の立ちはだかる者の中に、恐らく私もいることでしょう。今の貴方では私にはまだ敵いません。
…最もその業を開放すれば話はまた別でしょうが?」
「それで」
探るような少女の瞳に、だがやはり少年の表情は微塵も変化しなかった。嘆息したように僅かに息を吐き、少女は言葉を続ける。
「始まりの地に行きなさい。そこがきっと貴方の目指す道がある場所になります」
「そうか」
「ええ――」
「ではお話も纏まったようですね」
その瞬間、少年の隣に一人の青年の姿が在った、たった今現れた。
少年は驚きを浮かべない。少女は僅かに苦笑を浮かべただけ。
「悪趣味ですね。私の助けは要らないと、そう言う言付けですか、神谷洸よ?」
現れた青年、神谷洸は首を傾げて、肯定とも否定とも取れる笑みを浮かべて、それだけだった。
「では彼を返して貰いましょう、僕たちを否定するもの――『愚者(The Fool)』よ」
「否定するもの、ですか。確かにアレは世界には過ぎたもの。『世界(The World)』が忌避するのも理解できますが、少なくとも私は否定するつもりまではありませんよ」
「…成程。ソレが貴方の定義――傍観者(The Fool)ですか」
「ええ。尤も貴方たちにとっては私も彼も同じでしょうね」
「…」
洸は僅かに鋭い視線を少女へと向けて――次の瞬間には傍にいた少年ともどもその場から消え失せていた。
少年が零した一言を残して。
一人残った少女はどこか呆れるように、どこか楽しげに、少年同様言葉を零した。
「また会おう、ですか。私は敵になると言ったのに…本当に難しいヒトですね、貴方は」
此処まで読んでいただいた皆様は、ありがとうございました。
本当はもう少し後に……と思っていたのですが、何か唐突に出したくなったこのお話。
基本的にこの話は七宝伝の小説の外伝的?な話になります。時系列的にいえば、七宝伝の後の話だったりします?
まあ、いいや。別になくても読める……と思いたいのですが。なんとなく短編的な話の長さとか立ったりするのは気にしないで下さい。