6. ゆめうつつ-夢現-
「痛い、痛いぞー」
「ちゃんと直した。それに自然にも治るだろう」
「直るのと痛いのとは違うぞー」
「それもそうだ」
そこにはベッドの上で眠る女と自らの身体に包帯を巻いている少年、そして半透明の“何か”がいた。
その“何か”は興味深そうに包帯を巻く少年へと近寄った。
「ヌシは…痛くないのか? すごく痛そうだぞ、それ」
「痛い」
「うー、あー。何かむずむずする」
言いながら“何か”はいきなり部屋の中を転がり出した。
ごろごろ、ごろごろ、と。でも半透明なので埃が舞う事もない。
次の瞬間。
「そう言えば、ヌシ!!」
「何だ」
ぱっ、と身を起こしたかと思うと“何か”は既に少年のすぐ目の前にいた。
「ワレを折ったあのお方は何だ!? ワレは聖剣だぞ、すごいんだぞ。同等の魔剣か…それとも神剣でもないとあんな事は不可能だっ。だが貴様からは持ち主特有のその気配がない。どういう事か説明しろ!!」
「言っている意味は分からないが俺はこれで絶った。それだけだ」
そう言った少年の手元にはいつの間にか一振りの刀が握られていた。
聖剣のように見惚れるような美しさもなければ、魔剣のように魅入られるような魔性もない。ましてや神剣のような超然性も全く発していない、単なる鉄で打たれた刀。少年はそれを抜いて“何か”の前にかざして見せる。
「む、むむ…確かに綺麗なお方だが、ただのサムライブレードに視えるな。ならワレを絶ったのはヌシの能力なのか?」
「銘を『絆』と言う」
“何か”の言葉には答えず少年は抜き身の刀を再び鞘に収める。
答えを得られなかった“何か”はしばらくむっとしていたものの、鞘に収められた刀に好奇心が抑え切れなかったのか、再び口を開いた。
「拘束するもの(Tramels)? どんな意味だ、それ?」
「いや、名前の意味はどちらかといえば束縛するもの(Chained)だ」
「チェイン……言語の誤変換かな? ……それでヌシ、結局ワレを折ったのはヌシの能力か、それともそのチェイン様の力か、どちらだ?」
「もし絶つのに理由があるとすればそれは絆の力だ。一度言ったが俺はこの刀で絶った、それだけだ」
「自分がどれだけの事をしたのか全然理解してないな、ヌシ……しかし、そうか。チェイン様か。気配は全然なのになー。どうしてか……ほぅ。でも、やはりサムライブレードは綺麗だな。ワレもこう美しくなりたいものだ」
「十分綺麗だったぞ」
「お、煽てた所でワレは何も出さぬぞっ!?」
「煽てたつもりはないし何もいらない。泊めてくれているだけで十分ありがたい」
「そ、そうか…。なら存分に泊まると良い。ワレの屋敷ではないがな、主も否とは言うまい」
「ああ、助かる」
「ところでな、…む、主の意識が戻るな」
「そうだな」
「…口惜しいが今はヌシに我が主の事を任せよう。主と打ち合っているときの主はワレが初めて見る楽しそうな顔だった。今なら何となく、ヌシの言った助けてくれるって意味が分かる気がする」
「そうか」
「だがっ!! 忘れるな、今回は勝ちを譲ってやっただけだ、ヌシより主のほうが強いのだっ、この汚名、いつか必ず返上して見せようぞ!!」
「ああ、待っている」
「…むぅ、張り合いがないな、ヌシ」
「よく言われる。起きるな」
「では、しばし別れだ。また合間見える時はワレもチェイン様に負けぬ聖剣になっておる。期待していいぞ」
「ああ、其れも期待していよう」
「それでは、またな」
「ああ、聖剣。まただ」
“何か”が唐突にその場から消失する。
少年は包帯を巻き終えた手を止めて、僅かに息を吸い込んだ。
「…気付いたか」
覚醒を促すような言葉とともに女の瞼が僅かに動き、
「――どうして?」
◇
少年は僅かに、微笑んだ。
◇
◇