5. ゆめうつつ-夢-
其れは夢であり現。現であり夢の出来事。
ふ、と目が覚める。同時に身体を捻り身を起こした。
つい先ほどまでいた場所に刃が突き刺さる。
「どういうつもりだ」
視線の先には美しい剣を構える女の姿。この館の主だった。
一瞬、先ほど出したおにぎりが気に食わなかったのかと考えたが、違うらしい。確かにできはいまいちだったが、彼女の様子が先ほどまでと違う。
「お前…危険だ」
「危険も何もない。俺は一宿しているだけだ」
剣が振られる。
瞬間、避ける。
「――」
何もない手の中の感触をしっかり確かめながらもう一撃を避ける。
単調だが早い。このまま逃げていてもいつか捉まるのは明白だった。こちらも、攻勢に出なくては。
「聞く気はない…いや、“できない”か」
“素手の手の中から刀を”、
――抜き放つ。
シャン
「なら聞けるようにするまで」
再び迫る刃を――
――……創干――
「ぁ、はっ…」
踏み込んで刀を一振り。確かな手ごたえが伝わる。
シャン
「くっ、まだ――」
刀を再び鞘にしまって、向かってくる彼女に戦意がないことを示す。
「待て。お前を傷つける気はない」
「一度切り捨てておいて今更何を言うかっ。貴様もどうせこの騎士王の命を――」
「話を聞け。“もう”話せるはずだ」
「何を――…貴様、ワレに何をした?」
「言葉が通じていないようだったから通じるようにした。それ以上でも以下でもない」
「言葉が通じるように――そんな馬鹿な事……、否、これはワレの自我? ……、貴様、本当に何者だ?」
「最初から言っている、ただ一宿を借りに来た、それだけだ。大体、騎士王とは何だ?」
「――、は?」
訊ねた瞬間、呆けたように、いや表情は変わらないものの事実呆けているのか、彼女の身体から力が抜けて、剣の先が地面に着く。
「貴様……いや、騙されるものか。そうやってワレの意識を欺こうとしているのだろうがそうは行かないぞ」
「…悪いが事情がさっぱりだ。そもそも騎士王とは誰だ? 彼女か?」
「――そうだっ!! 騎士王とは聖剣の主の称号。そして我が主が、聖剣の主、ユズリハ・フェルナムだっ。今更知らないとは言わせ」
「知らない。だが、分かった事もある」
事情が変わった。
懸命に叫ぶ彼女の手に持った剣が振られて風が届く。
鞘に入ったままの刀を目の前にかざして、最後の確認を行うために口を開く。
「一つ聞く、そこまでしてお前は何のために己を揮った?」
「知れた事っ、主の命を守る為…今代の主は優しすぎる。だから、だからワレが――」
シャン
刀を抜き放った事で彼女の言葉を遮る。言葉は既に必要としていない。無言の意志が伝わったのか、彼女の雰囲気も再び変わる。
「やはり、やはり貴様は――貴様“も”、」
「もういい。やる事は理解した」
「やる事? やる事だとっ!!」
再び切りかかってくる刃。先ほどまでと違って『意志』がある分避けにくいが、まだ問題ない。
剣を避けて、その上から刀で押さえ込む。
「その先はない、それを理解してまだ主を傷つけるか……さながら諸刃の剣だな」
「なっ!?」
「――お前に用はない。彼女を起こせ」
「っざけるな!!」
力任せに剣が振るわれる。
さすがに互いの刃の用途が違うのでやむなく一旦、下がる。
「もう一度言う、彼女を――いや」
勘違いに気づく。そうではない。それは違う。騎士王を出す出さないではない。これは間違いなく彼女、ユズリハ・フェルナムの形の一つ。だから、
「“聖剣”、お前に用はない。目を覚ませ、騎士王」
騎士王はずっとここにいる。ただ起きているか、夢を見ているか、それだけの事。だから自分が一番最初にするのは彼女を起こすこと。そうしなければ全てが始まらない。
「そうやって貴様達は、弄――っ」
斬りかかってこようとした彼女の身体が一度震える。
そして“ようやく”。
「覚めたか、“騎士王”」
彼女から距離をとり、刀を構える。
これで初めて、彼女――ユズリハ・フェルナムを“救う事”が出来る。
現は夢。夢は現になる。
◇
◇