3. エピローグ
「…気づいたか」
届いた声と目が覚めたのはどちらが先だったか。
「――どうして?」
勝負の結末、唯一真実を知っているだろう自分を破った少年は自らの身体に包帯を巻きながら真っ直ぐとこちらを見ていた。彼こそあの致命傷を負わせたはずなのにどうしてこうも平然としているのか。
だがそんな事よりも、彼女――ユズリハは自分が生きている事自体が信じられなかった。あの時、自分こそが確かに斬られて、死んだはずなのに。
「どうして私はまだ生きているの…?」
「生きるのに理由が必要か?」
自分を斬ったはずの相手はさも当然の如く言葉を発する。
「ちがっ…そうじゃない。私はあの時、貴方に斬られて、死んだは――」
そこまで言って、ようやく彼女は自身の間違いに気がついた。事実を少年が補足する。
「斬っていない」
身体に傷一つなかった。
「どうし、て…?」
あの時、勝利を確信したからか。態々止めを刺す必要もないと――違う。何故かは分からないがそれだけはない、目の前の相手を見て妙な確信をした。
事実、それは違っていたし、直後本人の口からある意味もっと情けない答えが発せられた。
「斬る事を禁じられている」
「――…ぇ?」
つまり、それは。
「初めから私を殺す…傷つける気すらなかっ、た…?」
「そうだ」
「そんな…」
それは、ありえない事だ。
殺し合いの中で、殺さない事を――否、傷つけない事を前提とした刃ほど怖くないものなどない。それは絶対に自分を傷つけないと分かっているから。そして、自分は思う存分相手を殺す事ができるから。
だが目の前の相手は平然とそれを肯定した。そんなありえない事を。
だって、あの斬り合いの最中は確かに――
「…、ぇ」
「どうした?」
「ぁ、いっ、いいえ。何でもありません」
――確かに、目の前の少年の繰り出す刃には殺気が一切含まれていなかった。一切、だ。刃を以って何かに斬りかかる時、それはどんな達人であれある種の殺意が斬撃には含まれるというのに。
それどころか、刃を振るう彼からは何も発せられていなかった。あたかもそれが当然であるかのように振るわれていただけ。
事実、自分は己の動体視力のみでその軌跡を見極めていたではないか――?
ぞっとした。
そんなありえない事が可能な目の前の相手の精神の在り様に、それでもなお今自分が無傷で生きていると言う狂ったような現実に。
「特に女性は斬るな、と妹たちに強く言われている。『責任を取らされるような事』は何があってもするな、だそうだ。俺は甘いらしい」
「……、は?」
それは、一体どういう意味があるのか?
言葉通りに意味を取れば簡単な事。責任を取る――この場合、怪我の賠償などではない。“女性に限定”しているのならそれは、
「はっ、あは」
自然と、声が漏れた。
「あははははははっ、あはっはは…っ、あはははははははははっ」
おかしかった。真顔でそんな事を言い切った目の前の少年が、自分がつい先ほど彼を怖いと思ってしまった事も、自分を取り巻く何もかもが。
あの死ぬと感じた間際、自分は何より生きたいと思った。あれだけ殺しておいて、あれだけ周りを不幸にしておいて、それでもなお生きたいと身勝手な願いを持った。そして今自分は生きている。ならそれでいいではないか。
何もかもが駄目だったのなら今このときからはじめればいい。――あのとき自分、『騎士王』ユズリハ・フェルナムは間違いなく斬られて一度死んだのだから。
「もう大丈夫だな」
「ぇ?」
気づくと彼――服を着終わった少年が立ち上がりどこかに行こうとしていた。今はもう夜も深けている。普通に考えるなら単にどこかの客室に眠りに行くだけなのに。
「まっ――」
今呼び止めないと、彼がどこかへ行ってしまう気がした。そう思ったときには呼び止めようとして、
「俺はもう二度と待たない」
息が止まった。
「待つな。追いかけろ。そうでなければ追いつけない」
誰に向かって言っているのか、彼の言葉、それが自分宛てでない事だけは確かだった。
だけどその言葉、それは自分にも当てはまる。そう、立ち止まって待っているだけでは何も変わらない。変わらなかった。
「迎えが来た。少し慌しくもあったが一晩、世話になった。改めて礼を言う、ユズリハ・フェルナム――『騎士王』」
「あ、うん」
呆然と彼を見送る。迎えが来た、と彼は言った。そして出て行った。
◇
不意に、世界を見よう、と思った。世界を見て、知って、今よりもずっともっと強くなって、再び彼に会う。
そして、
「次は絶対負けません、キョウイチ」
勝たずして何が騎士王か。彼の言葉の通り、私、ユズリハ・フェルナムは騎士王なのだから。
〜補足〜
『あ、うん』って、何だ!?
私はそんなキャラですかっ!!
「うぅ」
急に恥ずかしくて堪らなくなった。