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2. 後編




「…?」


人の気配に彼女は瞼を開けた。

時計を見てみるとまだ夜明けには程遠い。

そう言えば数年前にもこのような来客があったな。あの日は雨だったか。と昔の事を思い出しながら彼女は玄関へと向かった。


扉を開けると其処には、


「っ」


「一晩でいい。泊めて欲しい」


一瞬、以前の光景と重なった。


其処にいたのは一人の、まだ少年と呼んでもいいだろう東洋人だった。腰に挿しているのはサムライブレードと呼ばれるものだろう。


――また馬鹿な者なら叩き切れば言いだけの事。


「入ってください。外は冷えるでしょう」


言葉の通り、外は氷点下を下回っているだろう。そのくせ少年の姿は実に寒々しいものだった。何をトチ狂ったのか薄着のシャツが一枚。荷物はサムライブレード一本と手の平に収まる程度の腰袋だけ。愚かにも限度があろう。


「助かる」


そう言った少年の表情には全く変化がなかった。どうやらかなり無愛想な性格らしい。もしくは、自分に愛想を見せる必要がないか、だ。







迎え入れた少年の名前はキョウイチ、というらしい。名前の響きからして中国人ではなく日本人のようだ。

その少年は愛想はないが礼儀は正しかった。もしかすると無愛想なのは本当にただの地なのかもしれない、と思う。

どうしてこんな辺境にいるのかと聞くと気づいたらここにいたと言う、実にわけの分からないものだった。本人にも分かっていないらしい。…嘘の可能性も否定しないが。

特に触られたり無くなったりと困るものもなかったので一階は自由に使っていいといって自分は二階の寝室に戻る事にした。







部屋に戻ってから一息。


それにしても、と彼女は思う。


本当に数年前の日の事を思い出す。別にどこが似ているというわけでもないのに。それに殺しにくるのならば早くこればいいのに、と。


――私はもう二度と信用なんてしないのだから


「起きているな」


ドアを叩く音。

言い方が断定的でかなり妙だった気もしたが彼女はドアを開けて彼を迎え入れる事にした。


「どうしましたか?」


言いつつもおおよその理由はその手に持ったものを見れば分かった。料理――恐らく毒入りの。見た事のない食材なのは彼自身の持ち込んだ材料だからだろう。


「一宿の礼だ」


差し出されたのは黒い塊。


「…なんですか、これは?」


「おにぎり、食べ物だ」


おにぎり。確か米を握りこんだ日本食だったか。――外国どころかほとんどこの近辺から出て行かない彼女にとって見るのは初めてだったが。


「……夜中に女性に出すものではありませんね」


「そうか、すまない」


それだけ言うと少年は実にあっさりと引き返そうとした。驚いた彼女がどうしてか引きとめてしまったほどに。

もしかすると本当にただ礼をしに着ただけなのかも、と淡い期待が湧き上がる。


「いいえ、せっかくだからいただきます。ありがとうございます、キョウイチ」


「…いや」


そう言いつつも去ろうとしない。やはり毒入りか、との疑念が再びわきあがってくる。


初めて見る食べ物なので恐る恐る、彼女は咥えて見た。

別に毒物自体は既に怖くは無い。あれから数年、ほとんどのものに耐性がついてしまっている。


もぐもぐと口の中で噛んで、ひと呑み。


「…美味しくないです」


微妙な味だった。


「そうか」


見間違いか、心なし肩を落としながら少年はそう呟きを漏らすと部屋の前から去っていった。

去っていく少年の姿を見ながらもうひと噛み。もぐもぐと、やっぱり微妙な味だった。が、毒が入っている味は感じなかった。


僅かに温もりを感じた胸に――彼女はその考えを大きく振り払うと再び部屋の中へと入っていた。







そして彼女――『騎士王』は夢を見る。最上の悪夢を、いつもと変わらぬ日々の現実を。





剣が舞う。


一メートルを超える美しい鋼の塊、それが命を刈るために宙を奔る。


キィン


軌道が逸れる。純粋に叩きつけ合ったならば一合も持たないだろう細い刀身の、それが本来の使い方なのだろう。繰り出す剣筋は尽くが逸らされ、往なされかわされる。


「……を…こせ」


サムライブレードを扱う少年が何かを言っていた。よく聞き取れない。夢なのだから仕方のない事なのかも知れない。

夢が覚めるのは決まって悪夢が終わりを迎えた時だけ。だから、今はまだ夢の中。


「――“お前”に用はない。目を覚ませ、騎士王」


あぁ、やはり私を――騎士王を知っていた。つまりそれは私を殺しに来たという事。


思い、夢は覚めた。


「覚めたか、騎士王」


それが分かったように少年は距離をとり、手にしたサムライブレードを改めて構えなおした。

『騎士王』もそれに習い聖剣を構えなおす。


「手間な事をしますね。殺しに来たのなら初めからそう言えばいい。私はどこにも逃げたりしないのに…」


「先に仕掛けてきたのはそちらだ。それにお前が騎士王だというのはつい先ほど聞いた」


その言葉が嘘か本当かは分からない。第一『聞いた』などど自分と少年、二人しかいないこの館の中でいったい誰に聞けるというのか。

だがどちらにせよこうして二人が互いに武器を構えあっている以上はこの先の結末など唯の一つしかありはしない。どちらが斃れるか、それだけ。


「それに俺はお前を助ける、そのために今此処に居る」


「――戯言をっ!!」


言い切る、少年の言葉が無性に腹立たしかった。


斬り掛かる、無謀とも思える突進で、しかしそれ以上に精密で考え抜いた動きで。


少年はその全てを的確に往なしていく。一瞬でも見誤れば即死に繋がるその斬撃を、表情の一つも変えずに捌いていく。


『騎士王』が先の一手を放つ。


少年は後の一手で結び、反撃を繰り出してくる。


二人の踊るそれは、まるで互いがダンスをしているようで。





一合いちごう五合ごごう


十合じゅうごう


百合ひゃくごう………千合せんごうを超え、そして――




「――」


初めあった『騎士王』の内の怒りはいつの間にどこかへと失せていた。それ以上に、今このときが、剣を交え結び合うこの緊迫感が――楽しくて仕方なかった。


目の前でサムライブレードを振るう少年の表情も心なしか楽しそうに見える。


互いが互いに必殺の一撃を放ち続けて、互いが互いに必殺の一撃を捌き必殺の技を返す、その応酬の繰り返し。

一結びするたびに伝わる心と身体。それは既に立派な無言の会話だった。











どれほどの時間が過ぎていたのか、気がつくと日が傾いていた。だが二人の動きは止まらない、衰えすらしない。





終焉は実にあっけなかった。





ぁ――と感じたときにはそれは既に必殺になっていた。

少年が僅かにバランスを崩し、チャンスと『騎士王』の一撃がその身体を切り裂くために振り下ろされる。避けれるタイミングでは、ありえない。


肉を断つ、馴染みの感触。


「……ぁっ」


袈裟を切り裂かれた少年の身体がゆっくりと後ろへと斃れていく。

だが、それはいつもとは違っていた。


『騎士王』――否、彼女が初めて“自分の意思”で人を斬った――殺した。


何時も殺すのは夢の中だった。気がつくと目の前に死体があって、夢の中で彼女は人を殺していた。しかし今日に限って言えば、それは否定する事を許さない彼女にとっての絶対の現実だった。


その衝撃は思いの外、大きく。


「――」


「甘い」


斃れていくはずだった二つの瞳が彼女を見ていた。袈裟に斬られ血の吹き出る少年の身体、それはほぼ間違いなく致命傷の一撃のはずなのに、少年の表情は歪む事すらなく、ただまっすぐと彼女を見つめる瞳のまま。


一瞬の歓喜。


反射的に手が動く、自らの身体を守るため。


ィンッッッ!!


澄んだ音が鳴り響く。


斬られた――何を?


振りあがった少年のサムライブレードが刃を下に向け振り下ろされる、その動作の一歩手前。


「慢心するな、騎士王――」


あぁ


今にも振り下ろされるサムライブレード。

少年が言葉などという無駄なものを挟んだ瞬間、彼女は間違いなく次にくる斬撃を避ける猶予があるはずだった。だが彼女は動けなかった。ただ自らに死を与える刃を呆然と見ていた。


――私、死ねるんだ。


恐怖というよりもそれは安堵。やっと死ねるのか、とも言うべき念。安らぎ、といってもよかったかもしれない。


少年が口ずさんだ、最後の言葉を聞くまでは。


騎士王ユズリハ・フェルナム


彼女はその時、実に久しぶりに自分の名前を思い出した。名乗ってもいない少年が自分の名前を何故知っていたかなど、分かるはずもない。ただ彼女は、この間際に自分を思い出した。


死んだ両親――騎士王、その名に踊らされた男たちに殺された。二人ともむごい死に方だった。

生き別れになった姉。今生きているのかどうかも怪しい、残っているかもしれない唯一の家族。


走馬灯に流れる記憶の中、その先に初めて“彼女”は居た。


――生きたい…私、まだ死にたくないっ!!


それが望み。自分勝手な、生への執着。


想いに身体が反応する。聖剣を持った手を再び、少年の振り下ろすサムライブレードの前へと、その斬撃を防ぐために持っていき――“気づいた”。


カランッ


横手で嫌に響く金属の奏でる音色。


つい先ほど、何を斬られた?


身体は、切られていない。傷一つついていない。そして先ほど少年の斬撃を防ごうとして盾にしたのは何だった?


目の前に、根本から断たれた聖剣がかざされた…いや、自分でかざした。


折れた聖剣…それは全く盾の意味を持たず、少年が振り下ろした刃は何もない空間を奔りただ彼女の身体の肉を切り裂くだけ。


――あぁ、私、やっぱり死ぬんだ


振り下ろされる斬撃。迫る死。生きたいと願う心。


彼女は――『騎士王』ユズリハ・フェルナムは自分でも驚くほど穏やかな心で瞳を閉じ――そうしてこの戦いの幕は下りた。







それが、今代『騎士王』に纏わる物語りの終わり。


敗北を以って彼女、『騎士王』の奏でた物語りは終わりを告げる。






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