プロローグ
ズシャッッッ
「こ、んな…」
たった今、物言わぬ骸となった肉塊が地面に崩れ落ちる。
血を吸って赤く染まっていく大地。
無念の濁りガラスが映していたのは目の前に佇む一つの影。
1メートルを超える大剣を片手に、無常の瞳がただそれを見下ろす。
騎士――それは中世ヨーロッパでは名誉称号、もしくはその階級を指すものとされている。現代ではもっぱら名誉称号的な意味合いが濃いのだが、ある一面――俗に『裏の世界』と呼ばれる場においては別の意味合いを持っていた。
すなわち、剣を手に戦う者。剣とは武器全般の事を指し、騎馬は移動手段が車にとって替わった瞬間から大きな意味を失った。
更にその騎士の中で騎士長、聖騎士など多くの細分化がなされているがその中で頂点に立つとされるのが騎士王の称号。騎士の中の騎士、騎士の王。
単に戦う者にとってそれは階級を指すのではない。純粋に己等の実力を持って、手にした剣を以って騎士王は誕生する。
騎士王こそ、最強。
最強こそ、騎士王也。
死者を弔うように沈黙、佇んでいた影――今代の『騎士王』は剣を一振りする。それだけで滴っていた血が嘘のように払われて、見惚れるような刀身があらわになった。装飾は一切ない、純粋にその鋼の美しさにのみ魅了される、魔性と呼べねばそれは神性に他ならない。
一瞬、何かに驚くように『騎士王』の身体がびくりと震える。
「…な……こ…な………」
漏れた呟きを聞くものは最早この場には誰もいない。
緩慢に辺りを見回して、傍にあった木まで近寄ると『騎士王』は無造作に手にした大剣を地面に突き刺し、更にそれを一気に跳ね上げた。
土ぼこりが宙を舞う。
剣が汚れ、『騎士王』の身もまた泥に塗れる。それでも『騎士王』はその動作を止めず、幾度となく土を跳ね上げた。
………
先ほどの立会いの最中ですらかく事のなかった汗が僅かに額に滲んだ頃になり、ようやく『騎士王』はその手を止めた。
見下ろすその先には人一人が入れるほどの穴。その穴の中へと抱きかかえて運んだ物言わぬ骸をそっと寝かせて、再び土を被せていく。それは簡易だが、確かな埋葬――死者の弔いに他ならなかった。
柔らかな土を被せ終え、最後の仕上げに転がっていた枯れ木を突き印す。適当な枯れ木で作った不揃いな十字架。
『騎士王』は額に汗を滴らせて、作った墓を前に息を一つ吐き――
「……ぇ?」
血反吐で目前の墓を汚した。
「まさか……ど、く?」
襲う感覚自体に覚えがあるのか掠れた声で『騎士王』は呟く。先ほどの戦いで負ったらしいほんの僅かなかすり傷、その変色。今まで気にしなかったが今更ながらに、身体の疲労と額の汗が労働からくるものではないと気づく。
「…治療、を」
急ぎ踵を返す。おぼつかない足取り。それでも背は曲げず、その後姿は己の身の不逞を否定する。
ただの一度も振り返らず、『騎士王』はその場を去っていった。
◇
名も刻まぬ死者の墓だけがその場に残る。その数――数百。