1-37.魔物と命令違反
苦しい。命令に背いた。私に触れられなかった。その言葉が一気に一つになった。
あの時私が支えて良いと返事をしてから急に落ち着いた。やっぱり私が重かったわけじゃなくて、私の命令に背いていたから胸が苦しかったんだ。
「もしかして私を支えたから」
「あの時は見苦しいところを見せてしまいましたね」
確認するように尋ねるとリンドヴルムさんは視線を外す。気まずそうな表情をして言うと誤魔化すように缶チューハイを飲んだ。
あの時の表情はとても苦しそうだった。きっと私が転ぶよりも痛いよね。それなのに支えてくれたんだ。
「そんなことはなかったです。おかげで助かりました。けど次は助けないで下さい。リンドヴルムさんが辛い思いをしてまで、助けて欲しくないです」
「今度は二つ破る事になりそうですね」
「笑い事じゃないですよ。もう! そう言うのでしたら、私を助けるかどうかはリンドヴルムさんに任せます。って触れられないんですよね。なら私に触れても良いです。これなら問題ないですよね? 命令の解除をします! 解除方法を教えて下さい」
解除方法を教えてくれるのを待とうとしたら、リンドヴルムさんは持っていた缶チューハイを机の上に置き、恐る恐る右手を伸ばす。少しの間の後にゆっくりと私の手に触れた。
触れた瞬間、昨日よりも強くリンドヴルムさんの手の甲にある紋が光る。解除されたのかな? 今、触れても良いって言っただけだよね。
「真白が触れても良いって思ったから触れられるようになったみたいですね。ふふっ、あんなに嫌がっていたのに簡単に決めて良いんですか」
「これから一緒に協力して戦っていくんですよ。問題ないです」
「そうですね。ふふっ。助かります」
リンドヴルムさんが私の右手に触れたまま微笑む。破壊力抜群だ。
……このまま触れられているのはまずいな。
「ほら。確認したなら、もう今は十分ですよね」
ダメって言ったらまたリンドヴルムさんが私に触れられなくなりそうだし、言い方が難しい。
離して欲しいと言うニュアンスで言うとリンドヴルムさんが微笑んだ。
「そんなに簡単に命令できないですよ」
「簡単に?」
「心から思うくらい強く願わないと魔物には伝わらないですよ。魔物は心から言葉を読みますから」
そう言いながら私に触れていた手をゆっくりと離し、私を見る。その表情を見ているともうダメとは思えそうになかった。
それにリンドヴルムさんが私に触れている時もなんか変な気持ちになりそうだったし、この空気はだめだ。
急いで空気を変えよう。そうだ。他の話題! 話題を変えよう。何かあるかな?
「リンドヴルムさん。タ、タグを見ませんか!」
「タグ、ですか?」
「は、はい! ほ、ほら。リスナーの皆さんがお寿司の写真を上げると言っていたので」
つぶやきの返信は見ていたが、まだタグ巡回はしていない。それを思い出したのでリンドヴルムさんに急いで伝えると机の上にあるスマホを取る。
すぐにつぶったーを開き、『#真白レベルアップ』と入力するとたくさんのお寿司の写真が出てきた。つぶやきの内容も『おめ』や『祝ミノタウロス討伐』優しい言葉がいっぱい。とても嬉しくなる。
お寿司の写真がいっぱいですね。そう言おうとしたらパフェの写真が視界に入る。
パフェ? あっ、こっちもだ。
「パフェの話をしていましたっけ?」
していた記憶がないけど、こんなに多いのは妙だ。理由がわからないかそのまま流して見ていくとパフェの写真と共に『リンドヴルムが言っていたから食べたくなった』とか『あんなに語られたら食べるしかない』と書かれている投稿が視界に入る。
そう言えばミノタウロスと戦っていたときにリンドヴルムさんがパフェと言っていた気がする。リスナーさんと何を話していたんだろう。
「もしかしてリンドヴルムさん。リスナーさんと何か話してましたか?」
「はい。リスナーの質問に答えていたんです」
「えっ。質問に? 大丈夫ですか? 魔衛庁からは?」
まずいこと言っていないよね。リンドヴルムさんならその辺り理解しているし、問題ないとは思うけど、それでもやっぱり心配だ。そのままリンドヴルムさんを見ながら言葉を待つ。
「僕に関しての話はあまりしていませんよ。人の生活の話をしていたんです。雑談です」
「そうでしたか。そう言えば、今朝もパフェと言っていましたね。何かあったんですか?」
「丁度ネット広告で秋フェアのパフェを見かけたんです。シャインマスカットがたくさん乗っていて美味しそうだったんですよ」
リンドヴルムさんがパフェを頭に浮かべているのか、儚げな表情に変わる。
そんな表情を見ていたら連れて行ってあげたくなる。けど今日はいつもよりも高いお寿司だったし、今月はお金を使い過ぎている。来月に。いや。シャインマスカットっていつまでだろう。
「気にしないでください」
考えるのを止めるようにリンドヴルムさんの声が聞こえる。声の方向を見ると申し訳なさそうな表情のリンドヴルムさんが視界に入る。気を使わせてしまったんだ。
「パフェ食べに行きましょう」
反射的に言葉に出ていた。貯金が全くないわけではないし、休みの日に支出を見直そう。節約するのはそれからでもいい。
その言葉にリンドヴルムさんが驚いた表情へ変わる。滅多にない表情で私の方がびっくりする。
「い、いえ。僕はそんなつもりはなくて」
なんと言えば良いか困っているようだ。きっと私がケチなのを知っているんだろうな。
「お金なら気にしないで下さい。リンドヴルムさんも配信を手伝って貰っていますし、生活出来る範囲なら欲しい物を言ってください」
「お金? ああ。そうですよね。パフェでお弁当が四個くらい買えますからね。その分、僕も一緒にお金を稼ぎます」
「そこはもちろんお願いしますよ。私はリンドヴルムさんを養えるほど稼ぎは良くないですからね。もしもの時はもやし生活に付き合って貰いますよ」
「はい。リスナーには内緒ですね。ふふっ。パフェ。楽しみですね」
リンドヴルムさんがパフェのことを考えているのか、とても嬉しくなりそうな表情で見る。
パフェに行くだけなのに。それでもそう嬉しそうな表情をしてくれるだけで十分だと思ってしまった。




