1-3.【耐久配信】ゴブリン300体倒します 2
意識がなくなるそう思った瞬間。目が覚めるように視界が元に戻った。すぐに体の中に入っていた粘液が吐瀉物のように口から溢れ出る。
何? 生きてる? 助かった? 体の中は? ……まだ何かが残っているように気持ち悪い。残っているものを無理矢理吐き出そうとするが「うげぇ」とうめき声だけがでて、口の中からは何も出てくる気配がなかった。
気持ち悪い。立ち上がれなくてうずくまっていると私の視界にスライムが入る。
どうにかしないと、立ち上がろうとするが、気持ち悪くて動けない。うずくまりながらもなるべく視線はスライムから離さないようにする。
そのままスライムがどう動くか見ていると、突然スライムが発光する。攻撃? 見ていたいが眩しくて見ていられない。
急いで手で目の上を覆い、出来る限りスライムの方向を見る。
だが眩しくて良くみえない。見ているのが辛くなり、目を瞑るとその瞬間、光が落ち着いた気がした。
急いで見ないと。目を開けるがまだ目が眩んでいるからかはっきりと見えない。
「諦めちゃ、ぐぇ、だめだ!」
気合いをいれるように声を出す。まだ立ち上がれないが、見逃さないようにスライムの方向を目を凝らして見る。
「えっ?」
ん? イケメン? スライムじゃなくて? 見間違いじゃないだろうか。急いで目をこすり再び見る。
……イケメンだ。色白の肌。青色と緑が混ざった海みたいな綺麗な瞳の色。茶色に近い蜂蜜のような色をしたふわふわとした髪は肩くらいまで伸びている。
まるで私の頭の中を見たんじゃないかと思う程に、めちゃくちゃ好みのタイプ。
救援? でも冒険者にしては軽装じゃない? 白いシャツの上に茶色いロープのような長めのカーディガン。ズボンもジーンズのようなスキニーパンツ。
ダンジョンに来る格好じゃない。だからか右手だけにしている黒い手袋も奇妙に見えた。
注意した方が良い。そう思うが、未だに残る吐き気のせいか頭はほわほわして、うまく働いてくれない。
「ふふっ」
イケメンは私が見ている事に気付くとふんわりと笑いかける。思わず見とれそうになるが、急いで首を振る。こんなの絶対おかしい。幻覚とか使う魔物もいるって先生が言っていたし。あっ、そうだ幻覚だ。
幻覚を解く方法がないか考えようとするが、そんな隙を与えずにイケメンが私の方にゆっくりと近づいて来る。
とりあえず逃げないと。吐き気を我慢して、立ち上がろうとするが未だに目眩がし、再び膝をつく。
立つのは厳しそうだ。なら火だ。イケメンの攻撃を防げるように構える。
このまま攻撃してくると思ったがイケメンは私の事など気にせずにいつの間にか地面に落ちていたスマホを取る。
イケメンはスマホを見るとカメラの方を向き手を振り、口を開いた。
「謎のイケメン。瑠璃さん。ありがとうございます。僕もこの姿を気に入っているんですよ。スライムだよな。山田さん。僕はスライムじゃないですよ。ほら、イケメンです。顔の良い男。魔衛庁に連絡してます。猫大好きさん。僕がいますし、真白も怪我はしていないので、もうあなた方が出る幕はないですよ」
イケメンから発せられたのは外見と同じくらいに穏やかで少し高い男の人の声だった。完璧だ。この幻覚。
ってスライム? ん? あのスライムがコメ返している?
……何が起きているんだ? まずはスマホを取り戻そうと立ち上がろうとするが、まだ目眩がし、地面に膝をつく。
そんな私の様子を気にせずにスライムはのんびりとコメントを読みながら近付いて来た。
「真白さん。大丈夫? いっちーさん。真白はちょっと疲れているだけですので、少ししたら落ち着きます。スライム近づくなが多いですね。僕はスライムじゃないですよ。真白。どうやったらNGワードにスライムを追加できますか?」
そのまま至近距離に来たと思ったら私の隣にしゃがんだ。
立ち上がれないので、距離を取ろうと座ったまま動こうとするが、すぐに距離を詰められる。
「スライム。真白さん。怖がってるだろ。ふふっ。真白。僕は無害です。あなたに絶対危害を加えませんよ」
私に危害を加えない? ならさっきのは何だったんだ? と言いたけど、明らかにこのスライムは私よりも強い。
そう言っているのなら、一旦は抵抗をしない方が良いかもしれない。そして動けるようになったら、隙を見つけて逃げよう。
とりあえずやる事が決まったのでスライムを見る。スライムは私の事など気にせずにふわふわと笑いながらコメントを読んでいた。
「真白。ほらリスナー達も真白のことを気にしていますよ?」
私の視線に気づいたのか、スライムが私に笑いかけた。
……見とれちゃだめだ。さりげなく視線を移そうとしたら。ちょうどその先にスマホがあった。自然と私の視界にコメントが入る。
よしリスナーさんのコメントで心を落ち着かせよう。
『生きてて良かった(TT)』
『良かった』
『一旦良かった』
『真白ちゃああああん』
あれ、いつもとは違い勢いよくコメント欄が流れているそれでも。目では追えるくらいなので、そのまま流れていくコメントを見る。
『同接九万おめって言って良いのか?』
『言っている場合じゃない』
『このスライム。コメントに夢中だからとりあえず流せ』
『同接九万おめ』
『羊川さん。頑張って』
同接九万? 確認するようにそのまま同接数に視線を移すと九万三千二人と書かれている。本当だ。
「九万おめ。ありがとうございます」
実感がわかなくてコメントを見ているとスライムが話した。なんでスライムがお礼を言っているんだ。私のチャンネルだぞ。
このままだとダメだ。と言うかそもそもこのままぼんやりしていても、何も良いことはない。未だに働いてくれない頭を無理矢理回転させる。
「みなさん、他の冒険者さんは無事ですか」
とりあえず。思いついた事から言った。少しでも流れを変えたい。
『無事』
『ってかそこにいるのそもそも真白ちゃんだけだったっぽい』
私だけ? どういう事だ? そのままコメントを見る。
『元々日本橋で討伐している人少ないしな』
『そもそも最近は真白ちゃんの配信だけでしょ』
『初心者向けだしな』
『ゴブリン耐久中も冒険者おらんかったな』
そうだ。そもそもだった。日本橋は探索する人は少ない。そこまで強い魔物がいない初心者向けダンジョン。なのにこんな事が起きるなんて、普通ならあり得ない。
『魔衛庁に確認しました。日本橋ダンジョンにいるのは羊川さんだけです』
コメントを見ているとキリヤと書かれたコメントが流れた。え? キリヤさん?
キリヤさんと言えば、チャンネル登録者数二百五十万人で同接は十万人くらいの有名配信者さんだ。
強くて初心者にも優しいキリヤさんに憧れる冒険者は多い。もちろん私も専門学校時代に偶然配信を見てから憧れている。
そんな雲の上の方のコメントだったので、見間違いだと思ったが、リスナーさん達も反応していたので、どうやら間違いじゃないらしい。
『キリヤ』
『ようこそ』
『こんな状況じゃなきゃ赤飯炊いてた』
『キリヤ。真白ちゃんをまかせたぜ』
『すげえ出迎えられてる』
『キリヤの信頼感ハンパないな』
『真白ちゃんの憧れの配信者だからな』
コミュニティ限定の雑談でキリヤさんの名前を出してしまったからか、いつも来て下さるリスナーさん達のコメントが怒濤のように流れる。やっぱ名前を出すのは良くなかったよね。
キリヤさんが困っていたらどうしよう。
「あ、あの、皆さん、そこまで大騒ぎはしないで下さい」
『すまん』
『ごめん』
『そうだったのか。普通に場数踏んでる冒険者が来たから喜んでいるのかと思っていた』
『そうそう新人が対処できないだろ。キリヤさん。ここからどうすれば良い?』
『キリヤさん。スライムどうすれば良い?』
「ですから僕はスライムではありませんよ」
スライムの声が聞こえた。そのままスライムを見ると頬を膨らましていた。本当に私好みの顔だ。至近距離だと更に破壊力抜群。見とれないように、すぐにスマホに視線を移す。
そう言えばこの顔は私にしか見えない幻覚だと思ったが、コメントに書かれているイケメンが気になる。確認した方が良い。
「あの、この人はどんな姿をしているんですか?」
『イケメン』
『イケメンじゃわからないだろ』
『ラッテの星川くんに似てるかも』
『星川わかる』
『シャインのマリスくん』
『肩くらいの金髪で青い目してる』
『茶髪じゃないの?』
リスナーさんから出てくるのは綺麗系のアイドルとvtuberさん。特徴も重なるし、多分私の目の前の男と同じ姿だ。
「ってことは幻覚じゃない?」
独り言のように呟いたが、どうやら声を拾われたらしくコメントが一気に流れる。
『どういうこと』
『俺達が見ているのは幻覚ってコト』
『えっ、ヤバ』
『幻覚?』
そのコメントと共に同接が一気に減っていく。落ち着くと七万九百二人になっていた。一万人以上減っている。もしかして配信していたらまずい?
「今、配信を」
切ると言う前にコメントが目に入った。
『待て、配信は特殊なレンズを通しているから幻覚はかからない』
『鉄さんじゃん。まじか』
『鉄ニキ見てるの?』
『うおおおおお』
『何かあったら私達がサポートしますので、羊川さんは配信を続けて』
『茉莉さんもおる』
『羊川さん。魔衛庁と連絡を取ってます。これ以上不測の事態が起こらないようサポートします。できる限り配信を続けて下さい』
『キリヤ。ありがとう』
『じゃあ俺らは見守っているわ』
コメント欄が暖かい。色んな人が助けてくれている。
わからないことが多いけど、相談できる方がいっぱいいる。なら私は出来る事を頑張るしかない。
っていつも通りだ。そう考えると少し気持ちが楽になった気がする。