1-22.【雑談】緊急で動画をまわしています 4
リンドヴルムさんは杉村さんと視線があうと申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「すみません。興がのって事前に確認していない事まで喋りすぎてしまいました。真白の配偶者欄が欲しいと言っても良いですか?」
私の配偶者欄。その言葉に乾いた笑顔が出そうになった。
あり得ないけど、リンドヴルムさんならわかるなと思ってしまった。一応私に恋しているって言っていたし。
「大きな影響はありませんので、問題はありません。ただ、羊川さんの問題でもありますから、羊川さんに確認してください」
杉村さんが絞り出されるような声で言った。私とリンドヴルムさんの問題。だよね。正直杉村さんも聞かれて困るだろう。
その言葉にリンドヴルムさんは私の方を向き、首をかしげる。
「真白。言っても良いですか?」
「……言うだけなら良いですよ。絶対配偶者欄をあげませんけど」
確かに魔物が欲しがるものの中ではかなり安全な部類だ。私の配偶者欄と聞いて大半のリスナーさんは安心するだろう。仕方ない。あげないけど。
私の返事を聞くと、リンドヴルムさんはスマホの操作を始める。するとすぐに私が見ているタブレットが待機画面からリンドヴルムさんに変わる。
「みなさん。お待たせしました。許可が取れましたので発表します。僕が欲しいのは真白の配偶者欄です」
リンドヴルムさんはカメラに向かって手を振ると明るい声色で言った。
その瞬間、コメント欄が止まる。だがそれは一瞬ですぐに勢いよく流れ始めた。
『おい』
『やめろ』
『雑談が一気にホラー配信』
『記憶の件からもうホラーや』
『お前はペットだろ』
『いや、そもそも同居竜!』
『プロポーズ?』
『配偶者欄と言っているから多分違う』
『そもそもなんで配偶者欄なの?』
確かに。リンドヴルムさんの言い方が事務的過ぎる。昨日は恋と言っていたから、結婚したいのかなと思ったが、冷静に考えると違和感がある。
リスナーさんのコメントに答えるだろうし、このまま様子を見ていた方が良いな。
「なんで配偶者欄なの? 簡単ですよ。僕と配偶者になれば、真白が既婚者になって他の男が近づきません」
「私に他の男の人が近づかない?」
予想外の言葉だった。思わずリンドヴルムさんに尋ねるとリンドヴルムさんは相変わらず笑顔で「はい」と言う。
え? 訳がわからない。確かに竜のリンドヴルムさんにロマンティックな言葉を求めるのは可笑しいと思う。
なんかリンドヴルムさんへの気持ちが更に覚めた気がする。良いことだ。
『既婚者にしたい』
『なかなかのパワーワード』
『男よけって事?』
『指輪より効果的だな』
『なんか結婚したいって言うよりも配偶者欄を埋めたいみたい』
このコメントがしっくりきた。他の誰かとの結婚を阻止している? なんのために?
「配偶者欄を埋めたい? その通りですよ。他の男の名前が入るかもしれない場所ですよ。出来れば僕の名前でブロックしていた方が安心です」
『最低』
『配偶者欄ってブロックするものなの?』
『出来れば配偶者欄を自分の名前で埋めたい』
『ないわ』
『うわ』
リンドヴルムさんが言っている意味が全くわからない。いや、言いたいことがわかるけど、頭が理解する事を拒否をしているようだった。
「大事ですよ。近づいた男を既婚者への不貞行為と言う大義名分の元、断罪出来ますし」
『配偶者欄の不正利用』
『マジもんのヤンデレだ』
『ひっ』
『欲しいものと言うか、真白に近づくんじゃねぇぞって言いたいみたい』
「真白に近付くんじゃねぇぞ。ふふ。確かにそうかもしれませんな。僕の大切な真白を拐かそうとしないで下さいね」
カメラをじっと見つめながら微笑んだ。要は私とリンドヴルムさんの生活に誰も入るなって事か。
……巻き込めるわけがない。
「私は誰も好きにならないので、安心してください」
あなたには恋をしない。と言うかしたくない。そんな気持ちを込めて言うと。リンドヴルムさんが嬉しそうに微笑んだ。
「はい。それで充分です」
誰も好きにならない。それはリンドヴルムさんに対してもだとは気付いていないのかな。でもこれで良いならそれで良い。冒険者で手一杯なので、恋人とかも考える余裕もない。問題はない。
『良いのか?』
『良いんじゃないの』
『それで良いの?』
『良いんだよ』
『そろそろ配信終了だったな』
うん。リンドヴルムさんがどう思っているかは知らないけど、そう言うのならこれで良い。
『真白ちゃんの彼氏。きっと配信見ながら泣いているよ』
ん? 私の彼氏? そんな人はいないよ。と言うかそんな余裕もないし。
『見ているか!俺はお前の味方だ』
『俺もだ』
『彼氏。きっと良いことある』
どうしよう。リスナーさん達が幻の彼氏を励ましてる。もしかして私は二百万人の前で彼氏はいないと言わなきゃいけないの? 恥ずかしい。
「安心して下さい。ちゃんと僕の他に配偶者の候補が居ないことは記憶を見て確認済みです。ねっ。真白」
その瞬間コメントが止まる。少ししてから『ごめん』『ごめんなさい』と謝罪の言葉が流れた。とてもいたたまれない。
「いえ。あの。その。気にしないで下さい」
笑って誤魔化すしかなかった。柳井先生の方を見るとなんとも苦い顔をしていた。
『何とも言えない空気』
『真白ちゃん、好みのタイプ晒しあげられたあげく、彼氏一生出来ないって宣言されたようなもんだしな』
『っらい』
『ガードマンさん、配信を切ってもええんやで』
『元々終了だしな』
『今切れても恨むやついないでしょ』
『これからの予定も聞いたし』
コメント欄がお通夜状態で、杉村さんも少し困惑していた。
ってこのままだと私に彼氏がいないから配信終了? 嫌すぎる。
「ふふ。では今度の土曜日。ミノタウロス耐久でお待ちしております」
リンドヴルムさんが勝手に締めの挨拶しているし、このままじゃ本当に終わりそう。
『了解』
『明後日じゃん』
『ミノタウロスファイト!』
『応援なら任せろ!』
コメントも終了する雰囲気だ。これ以上伸ばしても話題はないし、寧ろリンドヴルムさんが何か口を滑らす可能性もあるし、ここで配信を終わらせるのは妥当かもしれない。彼氏の話題は切り抜きでカットして貰おう。
「皆さん。今日もありがとうございました」
私が言い終えるとミュートにして待機画面にする。待機画面に『お疲れ様』や『おつ』と言う言葉が流れているのを見ながら、リンドヴルムさんが配信を切った。
無事に終わったのかはわからない。それでもリスナーの皆さんにリンドヴルムさんの事を少しでも話せたことは安心した。




