火葬に雪解け
部屋に戻ると、先程と同じ台も戻ってきていた。
立ち並ぶ大小の黒い背中の隙間から空間の中心を眺める。
「まだ熱いですのでお手を触れないようにお願いします」と注意を促す男性の低い声がした。
台の上にまばらに配置された、灰色やくすんだ白色、クリーム色だったりする不揃いな固形物。
長さのあるトングで指し示しながら、焼き場の職員が残った骨の部位を解説し、骨壺への納め方を説明する。
台の周りをくるりと囲む親族達でトングを順に回していき、各々が慎重に、丁寧な動作で、人の顔と同じくらいの大きさの壺に詰めていく。
大き過ぎる塊はトングで上からザクッと突き刺したり、コンコンッと叩き割ったりする。
心臓が握り潰されるようで、痛い、と思った。
頭の奥からガンガンと音がして、口の中には唾が溜まってくるのに喉が苦しくて飲み込めず、吐き気がする。
これが必要な作業で、この場所では当たり前な行為であっても、これ以上、彼女の形を崩したくないと思った。
友人で、彼女の兄である男が振り向いてきて、どうする?と視線を送ってくれたが、俺は緩く首を振って断った。
「四十九日、お前はどうする?」
彼女にとっての俺は、兄の友人、という関係以上ではあっても、きっと恋人未満だったろうと思う。恋人らしいことをろくにしてやれていない。感じ取ってくれていたとは思うが、はっきり告げることさえできていなかった。
ヘタレ、煮え切らない男、意気地無し……彼女の兄でもある友人から、残念なモノを見る目をよく向けられていた。
家族を失った悔しい気持ちを抱えながらも、俺に気遣いを見せてくれる友人は心底優しいと思う。
法要の前日である土曜の朝は、視界が真っ白に染まる、と言うのが言い過ぎでは無いくらいに、辺り一面、うっすらと積もって雪景色だった。
日が高くなる頃になって、徒歩二分の場所にあるコンビニに買い物に出掛けた。気温と日差しとで随分溶けてしまっていたが、陰にはまだ僅かに雪が残っていた。
そういえば二つ入りの大福アイスを一緒に食べたなぁと思い出し、なんとなく、コーポの敷地の隅に植わっている南天の木から赤い実を二つ取って、目にして、手の平に乗る大きさの雪兎を作ってみた。
いい年した大人が何してんだか、と心の中で独りごちて、「馬鹿らし」と声にしてみて、でも投げ捨てることも陰に置いて去ることもできなくなって、やや途方に暮れて、手の平の上の兎を部屋に連れ帰って皿に乗せ、冷凍庫に入れた。自分の行動に「ガキかよ」と呟いて、引き出しをそろっと閉めた。
翌日、法要自体には不参加で、それでも気持ちだけはと思い、黒いスーツを着て寺まで行き、外からぼんやり眺めていた。やがて親族がぞろぞろと出てきた。ぼんやりしているうちに友人に見つかってしまい、友人の車に同乗させられ、一緒に墓まで付いて行った。
納骨が済むと、目に見える彼女の形が完全に無くなった、と思った。墓や遺影写真や位牌が、今後の彼女の形、ということなのだろう。
帰宅して、スーツの上下を座椅子の背に掛け、ご飯よりも先にひとっ風呂浴びた。
タオルで髪をガシガシ拭いて、白い紙袋から立派な弁当を取り出す。不参加を伝えていたから香典も持って行かなかったのだが、「どうせ余っても腐らせるだけだから」と友人に押し付けられた。
味が濃いのに味のしない摩訶不思議な弁当を噛み締めながら空にしていく。
弁当の蓋を留めていた黄色と白のリボンを指に巻き付け、ほどいて、また指に巻き付けて、弁当のゴミを紙袋の中に戻した。
ビールでも飲むかと冷蔵庫の扉を開け、なんとなく冷凍庫も引っ張って開けると、凍って変形した兎と目が合った。
指からリボンをしゅるりと解いて、「土産」と言ってリボンをやった。
兎はもう兎とは言い難い形だけれど、俺には兎で、大福アイスで、大福を食べる彼女の横顔が大福のすぐ側に見える気がした。冷凍庫から出して放置すれば赤い実だけが残ることが容易想像でき、それが恐怖に思え、これ以上何も失いたくなくて、彼女を俺の近くにずっと閉じ込めておきたくて、俺はそのまま、冷凍庫の引き出しをそっと元に戻した。