第三話
ローガンが出て行った後、今だ涙を流し続けているロゼリアの目尻に、ルーカスは軽い口付けを落とした。
「ねえ、ロゼリア。僕は…僕が一番愛するロゼリアと、唯一の理解者であるルドルフ。この二人さえ側に居てくれれば、あとは何もいらないんだ。」
そう言ってルーカスは、私の頬に手を滑らせた。
それはまるで私の存在を確かめているかのように。
そして先程の狂気がまるで嘘だったかのように、私を慰める彼の手つきは妙に優しかった。
「...……ロゼリア。」
その言葉が合図だったかのように、ルーカスは私にキスをした。
最初は唇が触れるだけの優しいキスだったが、そこから下唇を軽く噛まれて、吸われて、その後すぐに舌で唇をこじ開けられる。
そうして息つく間もなく彼の舌に私の舌が絡め取られた。
私はそれに抵抗することもなく、全てを受け入れた。
その態度がお気に召したのか、機嫌が良くなったルーカスの動きは次第に大胆に、そして深く濃厚なモノになっていった。
やっと濃厚すぎる口付けが終わり、私は肩を震わせながらハァハァ、と息をした。
対したルーカスの顔は少し赤らんではいるものの、その顔付きには余裕があるようだった。
そしてまだ息が整っていない私の唇に、もう一度だけ軽くキスをした。
「……今日のところはここまでにしよう。君に無理はさせたくないからね。……だけどその身体の全てに口付けを落とせる日も、そう遠くはなさそうだな。」
この人は本当に私が知っている幼馴染のルーカスなんだろうか。
紳士的で、誠実で、腹黒で、偉そうで……だけど心配性で。
本当は優しい心を持っていると、幼馴染である私とルドルフだけはちゃんと知っていた。
だけどそんな過去が嘘みたいに、今のルーカスは別人のようになってしまっている。
何でこんなことになったのだろう。
私はどこで間違えてしまったんだろう。
そんな事を今更考えても後の祭りで。
これから起こり得る未来を想像することが、私にはとても怖かった。
そして向かい合うルーカスの欲と狂気に染まったその瞳は何故だか一瞬だけ、この国の古代竜と同じ、金色に輝いていたような気がして見えた。
ロゼリアのおかげでどうにか皇宮を抜け出したローガンはルーカスが言っていた通り、魔塔の前まで転移魔法で移動させられた。
そのあと皇太子の護衛騎士達は、自身が仕える主君に言われた通り、魔塔に着いた後すぐに俺に魔流剤を飲ませ、任務をきっちり遂行した彼らは皇宮勤めの魔法使いと共にすぐさま、また皇宮へと帰っていった。
そしてローガンは魔塔の異変を感じ魔塔の前で待機していた魔法使い達に抱えられ、無事、魔塔の中へと帰還することができた。
先程まで魔塔主であるローガンは、"魔封剤"の影響で魔力を封じられていた。
魔塔とは、本来なら魔塔主がその膨大な魔力で宙に浮くように支え続けなければならない。
しかし現在、その魔塔は地に足をつけている状態だった。
魔塔は塔を支える中心の石である"大魔力石"に魔塔主が自分の波動をリンクさせて、常にこの石に魔力を注いでる状態にしなければならない。
注がれている魔力の状態が良好だと"大魔力石"は通常は金色に輝く。
それが今は黒に近い色をしていた。
つまり色が黒に近づくほど魔力が枯渇しているという証拠であり、今のこの色から見ると魔塔は崩壊の一歩手前という、とんでもない状態に陥っていた。
それを知っている魔法使い達は、魔塔の空中高度が下がって来たこと、"大魔力石"の色が黒に近づいた事に、魔塔主に何かあったのだと悟った。そして支えを失いつつある魔塔に身の危険を感じ、急いで外に出て来ていたらしい。
魔法使い達はローガンがどこに、何をしにいっていたのか全く知らなかった。
しかし先程、皇宮の騎士達に連れられ帰還した主を見て、彼が皇宮に出向いていたことを知った。
そこで何かあったことは一目瞭然で、今すぐにでもカチ込みに行きたかったが、如何せん、皇宮にはそう簡単に手を出せないと知っている魔法使い達はとても歯痒い思いをした。
魔塔主になった当時、ローガンは魔法使い達にこう言っていた。
「俺や魔塔に何か異変が起こっても構うな。俺は必ずここへ帰ってくる。だからそれまで信じて待っていてくれ」
そう言っていたローガンの最初の言葉を魔法使い達は信じ、今か今かと魔塔主の帰還を魔塔の前で待ち侘びていた末に、自身の主が毒を盛られたのを目の当たりにし、激怒したのだ。
皇宮に一斉に乗り込もうと皆でローガンを諭していたのだが、当の本人がそれを拒否し、こう言った。
「毒は盛られていない。俺の不手際が原因だ。現に俺をここまで運んできてくれたのは皇太子殿下の護衛騎士だったろ?」
しかし魔法使い達はあまり納得せず、不信感を表にしていた。けれど、ローガンはそこは魔塔主らしく上手くその場を収めた。
魔塔は強さによって序列が決まる。
ここに所属している以上、魔塔主の発言は絶対なので、主がそうと決めたら、それ以上誰も何も言わなかった。
ローガンがそう決めたのは、何より自分を犠牲にしてまで自身を逃がし、恐怖と闘いながら守ってくれたロゼリアのためだった。
今、この彼女が軟禁された状況で自分側が動いて仕舞えば、ロゼリアが危険に晒される。恋人として好きな相手を傷つけること、それだけはどうしても避けたかった。
自室に戻ったローガンはまだ微かに残る"魔封剤"の影響に舌打ちしながら、今日の出来事で自分の不甲斐なさを痛感していた。
そしてこの世界で一番愛する恋人、ロゼリアの事を想った。
(素直で、真っ直ぐで、笑顔が可愛くて、人が傷つくことを嫌う、そんな誰よりも優しい、俺の愛するロゼリア…。)
その檻から今すぐお前を助け出したい。
(だが今はまだ、"その時"じゃない。)
ローガンは愛するロゼリアのために諦めずに"その時"が来るまで粘り強く待つことを決意した。
「ロゼリア、愛している。」
「お前は俺が必ず助けるから…。」
「…待っていてくれ。」