プロローグ
突然だが、私はゲームの世界に転生した。
私の名前は渡辺エリカ。
前世の私は新卒のごくごく普通の会社員だった。
しかしある日の仕事からの帰り道、車に轢かれた。
それ以降の記憶は全くなく、気づいたらこの世界の貴族の赤子として産声をあげていた。
私はこのオリファント帝国で3本の指に入るほど格式の高い貴族、リトマン公爵家の長女、ロゼリア・リトマンとして産まれていた。
父と母は公爵家の人間とは思えないほど欲に薄く、父は凛々しく、母は優しく穏やかな性格だった。
そして4つ歳の離れた兄は普段こそ意地悪でクソ生意気な性格だけど、私をちゃんと妹として扱ってくれた。
前世で一人っ子だった私にとって、その兄の存在はとても嬉しく、幼い頃はそれはもう兄が嫌がるほどベッタベタに甘えまくった。
こうしてそれぞれに愛情をたっぷり注がれて育った私は、環境に恵まれすくすく成長した。
公爵家だから勿論、そんじょそこらの貴族よりも遥かに金はあるし、この世界には現代日本には存在しなかった魔法や剣術、神聖力など、他にも漫画の世界にしかなかった色々なファンタジー要素を実体験できた。
正直、前世と比べると不便なところも多々あるが、それを凌ぐほどの"楽しみ"がこの世界には溢れ返っていた。
しかしこんな素晴らしい世界にも1つだけ私は不満を抱いていることがある。
それはここが普通のファンタジーゲームの世界などではなく、
『The prince's choice(ザ プリンスズ チョイス)』
略して『プリチョイ』
つまり……乙女ゲームの世界であるということに不満を抱いている。
しかも普通の乙女ゲームではなく、攻略キャラによっては過激なルートや、残酷なルートなんかもある。
それにそんな中でよりにもよって私が転生したのは、ヒロインではなくまさかの悪役令嬢!
(最悪だ…。)
そもそもまず、なぜ私が乙女ゲームなんかやっていたのかというと、このゲームの攻略キャラの1人である魔塔主ローガン・アトラスという男にパッケージを見た瞬間、一目惚れしたからだ。
乙女ゲームどころか、他のゲームすらほとんど興味のなかった私が、その場でゲームを即買いしたくらいだ。
前世で彼のルートを攻略し終えた後、他のルートにも攻略対象キャラが脇役として登場すると知った私は、彼がどのルートのどこで登場するのかわからなかったので、とりあえず全てのルートを攻略し、裏ルートまでやり込んだ。
その結果、どのルートの話も細かく覚え尽くしたのだが、ちょうどその後に私は交通事故に見舞われ、呆気なくこの世界に飛ばされることになった。
でも逆に言えば、この時の前世の知識があるおかげですぐこの状況に適応できたし、ここでどう立ち回ればいいのかもわかった。
しかし自分がこの『プリチョイ』の悪役令嬢、ロゼリア・リトマンに転生していると自覚した最初の頃、不安だった事に変わりはない。
何故ならこの『プリチョイ』の世界の攻略対象者達は、普通の乙女ゲームの恋を楽しむだけのゲームとは違い、恋に盲目になるが故に血気盛んになる者が多いため、それぞれのルートに危ないエンドが多いからだ。
ついでに言っておくと、私はこの乙女ゲームの"そういうところ"がすごく"嫌い"だった。
だから悪役令嬢である私も、一歩間違えれば御家断絶どころか、首斬りの刑に処される可能性があるということだ。
正直言って、めちゃくちゃ怖い。
しかし私は前世で攻略キャラ全てのルートと分岐のルートも攻略済みなので、一番安全な選択肢も熟知している。
因みにこの世界のヒロインであるリリアーナ・ブランチェは大神官レナードと結ばれてから聖女として覚醒した。
今や2人共ラブラブ平和エンドだ。
(((よかったね、お二人さん…。)))
しかし私は心に引っかかることがひとつだけあった。
それは最後の隠しルートだけ、交通事故に遭う前に攻略できなかったことだ。
そのルートの最初のタイトルが"ティーカップと毒"だったこと以外、私は何も知らない。
だからその"隠しルート"だけは絶対に避けたかった。