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3.亀の歩み


 朝日と一緒に目覚めた私たちは、グライブの案内で森を進んでいた。

 彼の足を引きずるような動きに、彼の体の見えていない場所の被害もきっとひどいのだろうと容易にわかる。ただ歩くという行為が、彼にとってはきっと大変な作業に違いない。それでも、彼は私を森の外まで連れて行こうとしてくれているのだ。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 そう、心から、マジで本当に感謝しております。だけどね。


「――なんで、グライブのほうが、足が速いのっ。ゼィ、ハァ」


 歩き出してたぶん2時間もたってないはずだが、すでに彼において行かれそうなほど彼の歩みは早い。


「っ! す、すまんっ! 大丈夫か?」


 そう言って、グライブが慌ててこちらに戻ってこようとするものだから、私は手の平を前に突き出して、『待て』と言うジェスチャーをして見せた。


「私が追いつくまで、そこで待ってて」


 一人旅をしていたというのもあるだろうが、彼はそもそも『獣人』だ。もとより、人間とはバネが違うのかもしれない。おまけに、やはり彼は背が大きくて、身長は何でも2メートル半くらいあるそうだ。デカすぎて草生えたわ。

 やっとのことで彼に追いつき、はぁっと息をつくと、グライブが心配そうに私の顔をのぞき込んでくる。明るくなったことでゾンビ顔の怖さがマジでやばいが、心配そうに揺れる金色の瞳は、信じられないくらい暖かな光を宿していて、もう怖いという感情は私の心や頭に湧き上がってはこないようだった。


「少し休むか?」


 とグライブに聞かれたので。


「のー!」


 と拒んでおいた。

 休んでいたらいつ森を出られるかわかったものじゃないし、まだ歩き始めて半日もたってやしないのだ。体力がないにもほどがあるでしょ自分。


「そうか。じゃあ、もう少しゆっくり歩こう」


 そう言うと、グライブは私に合わせてゆっくりと歩きはじめるが。


「私に合わせたらグライブのほうが疲れちゃうでしょ?」


 そう思って、私の横をまるで亀のようにのろのろと歩くグライブを見上げれば、彼はおかしそうにクスクスと両肩を揺らした。


「俺の体に負担が来なくて丁度いいくらいだから、気にするな」


 本当っぽくも聞こえるが、私に気を使っているようにも思える。けど、ゾンビ顔の彼の顔からは表情なんてものは読み取れないのだ。あ、でもこれでまともな狼顔だったとしても、よく分からないかもしれない。

 それにしても……と、私は空を見上げる。やけに蒸す空気の中、日差しはさほど強くもないのに、汗が滲む。べたつく気持ちの悪い汗だ。

 この世界にはそもそも季節はあるのだろうか? あるとすれば今はどの時期になるのだろう。

 そんなことを考えながら、私はただ黙々と前に足を進める。口を開くと余計な体力を使ってしまうからと言う理由もあるが、歩きにくい足元のせいでもあった。

 脈打つようにほんのりと温かさを持つ木々がひしめくこの森は、その木の根だって無秩序に大地から根を出し、土を盛り上げてデコボコしているし、土も軽い坂道と下り坂を繰り返し、歩くだけで疲れるったらない。だというのに、人が歩くにはこの不向きな森の中を、歩きにくい体のはずのグライブが平然と歩いているのを見ると、私が早々に泣き言なんて言えるはずもなく、『疲れた』や『足痛い』を吐き出さないように必死なのだ。

 気を抜くと。


「あ」


 と思った時には、まるでわざと足を引っかけるような場所にあった木の根に、思惑通りに足を取られて無様に転ぶ私。痛い。


「大丈夫か?」


 転んだ私にそう優しく声をかけてくれるグライブだが、どうやら手を差し伸べてはくれないようだ。

 別にそれはいいのだが、助け起こしてくれてもいいのに。なんて、少しだけすねた気持ちがわいてしまう。

 そんな私の気持ちを知ってかはわからないが、グライブは腰掛に丁度よさそうな木の根を見つけると、そちらを指さし。


「あのあたりで少し休憩しよう」


 そう言って、私が立ち上がるのを待ってくれていた。そして。


「ひとつ大事な話をし忘れていた」


 そう言うと、グライブはゆっくりとではあるが、自分が指さした方へと一人で歩きだした。私も仕方なく、膝に付いた土を払い落してから彼のそばにより、椅子代わりの根っこに私たちは腰を下ろす。


「大事な話って?」


 私がそう聞いて彼を見上げれば、彼は困ったような顔で。


「俺が呪われているのは話しただろ?」


 そう言うと、彼は私の少しだけ擦りむいた膝に触れないように手をかざす。


「覚えてるよ。もちろん」


 彼のかざした手をじっと見つめながら返事をすれば、私の横で彼が何事かを呟いたと思えば、彼の手から何やらあたたかな光が溢れて、私の膝を包み込む。すると、少しヒリヒリと痛んでいた膝から痛みがすっと消えた。

 おおっ。これは、魔法と言うやつではっ!? なんて、感動と好奇心で自分の膝を見ている私に。


「この呪いは、普通の腐敗とは違って、触れたものにも移るんだ」


 移るのかぁ。と、どこか他人事のように聞いていた私は、その意味を飲み込んで慌ててグライブに顔を向けた。


「う、移る? その呪いが?」


 事の重大さに気が付いた私の態度に、どこかほっとするような息を吐きながら、グライブは静かに頷いて見せた。


「この両手の分厚いグローブ、ローブや装備品の上からなら、多分、大丈夫だとは思うんだが。試したことはないし、試したいとも思わない。だから、出来るだけ俺には触れないほうがいい。というか、むしろ触れないでくれ。俺は君を傷つけたくない」


 そう言うと、グライブはグローブ越しの自分の手を睨みながら、両手をきつく握りしめていた。

 だからさっき、私が転んだ時に手を貸してくれなかったのかと、いや、言い方が悪い。貸したくても貸せなかったのだと、私は納得した。そんな理由があるなら、確かに怖くて触れるはずがない。

 そして、改めて思う。


「呪い、だね」


 大好きな人と触れ合うこともできないなんて。まさに呪いそのものだ。


「俺だけなら、それはただの罰でしかないさ」


 グライブのその言葉に、自分の呪いをだれか他人に移すようなことでもあったら、きっとこの優しい狼はもっと苦しむんだろうと。なんだかやるせない気持ちになってしまう。

 こんなに優しいひとが、なぜこんな罰を受けなければいけないのだろうかと。この世界の神様とやらに怒鳴り散らしてやりたいくらいだ。


「十分、注意するから」


 グライブを傷つけないためにも、絶対に。





 休憩を十分に取り、彼の少し後ろをゆっくりと歩きながら、私は彼の背にある私よりも大きな黒い剣をぼうっと眺めていた。ちなみに私の身長は160センチちょっとだ。

 ゲームでの情報くらいしか知らないが、所謂、グレートソードか、或いはクレイモアなんて呼ばれる大剣だとは思うが、実物なんて見たことないので私の想像の域を出ない。


「重くない?」


 わけないのだが、背負いながら平気で歩いているグライブを見ていると、そう聞きたくなってしまう。

 すると、グライブは前を向いたまま、慣れたよ。と、フフッと笑う。


「これは、俺専用に作ってもらった特注品なんだが、分類するならクレイモアの部類に入る。一応両手武器だな」


「一応?」


「今はもう手放してしまったが、俺は盾を使わない代わりに、右手にはシミターを持っていることが多かったんだ」


「シミター? って、聞いたことはあるような、ないような?」


「曲刀というものだな」


「二刀流?」


「いや、完全にシミターは俺にとっての盾代わりだったから、二刀流を使いこなしていた仲間からは、おとなしく盾を使えと言われていたよ」


「たしかにそうかも」


 想像したら絵面がスゴかった。


「だが、こいつがとにかくデカいだろ?」


 とグライブは自分の背中を親指で指し。


「振り回そうとすれば、盾はどうしたって邪魔になる。かと言って軽い剣を2本持つのは俺には合わなかったんだ。獣人と言うやつは、どいつもこいつもバカ力があって、ロングソードなんて力任せにすぐに壊してしまう。俺も何本ダメにしたか覚えていないくらいだ」


「ははっ。なんか、グライブがロングソードとか持ってても、ナイフみたいに見えちゃいそう」


 想像するとちょっと面白かった。


「あながち間違ってもいないな。そこで、二刀流や盾を使うことを諦めて、俺なりにいろいろ考えた結果。俺は面での防御ではなく、点と線での防御に切り替えたというわけだ」


 言うは易し。ともいうが、その点と線の防御がどれだけ異様な技術と言えるだろうか。と、思ってしまった。ゲームでの知識と経験しかない私にだって、難しいことや神がかり的な技術や才能が要求されるだろうことは容易に分かる。

 なにしろゲームの中でさえ、シビアなパリィを要求されるものも少なくない。それを現実で、しかも盾ではなく剣でやっていたというのは、もうゲームの中のチートヒーローくらいにしかありえないのではないだろうか。とも思ってしまう。


「もう変態だよね。色々」


 なんて、思わず口から出てしまう私の言葉に、グライブはどこか腑に落ちないような声を出してひとつ唸り。


「うーん。俺の知っている『変態クラス』だと、100本の武器を入れ替えながら戦っていた狂戦士とかいたな。アイツとはできることなら絶対に敵対したくない。あとは、そうだな。目が悪いクセにアーチャーを続けているやつもいるんだが、百発百中なんて当たり前で、真後ろにも目があるのかと思う命中率はいっそ恐怖だった。あ。あと――」


 さすがに長く生きてるだけあって、同類の話が出るわ、出るわ。

 素手でドラゴンと喧嘩をしたモンクの話やら、魔族の軍勢に襲われたとある国のお城をたった一人で守り抜いた女性の剣士の話とか。そう言うのを聞くと。


「私の国では、そう言うのを類は友を呼ぶっていうよ」


 くらい言いたくもなる。


「え? 俺は彼らほど飛びぬけた才能はないと思うぞ?」


 とか何とか言ってやがりますが、私から見れば、グライブだってずば抜けた才能の持ち主だと思う。どうやら長い間、戦いながら生きてきたみたいだし。実戦経験がたくさんあって、生き残るからこそたくさんの出会いもあるのだろうから。


「まったく才能のない私から見れば、他の人とグライブの違いなんて分からないよ。まるで創作小説ファンタジーの物語の中にいるみたい」


 文字通り、ファンタジーな物語の世界に居るのだろうけど。まさにそういう気分だ。


「魔法もない世界だったのか?」


 と聞かれて、私は素直に頷いた。


「手品はあったけどね」


「手品というと、魔法を使わない曲芸の一種だろ?」


「大体そんな感じ」


 さすがに、いろんな世界から異世界人が来るというのは本当なようで、手品と言うものをグライブが知っていたことに多少の驚きはあったものの、本当に様々な情報がこの世界にはもたらされているのだなと納得した。


「と言うことは、リオのいた世界は科学の発展した世界だったんだな」


「そう。鉄の塊が空を自由に飛び回り、海を自由に泳ぎ回る世界だったよ」


「そうか。高度な文明だったんだろうな」


 グライブはそう言うと、いろんな世界が存在することを面白く思っているようで、自分が今まで出会ったことのある『異世界の稀人』の話しを教えてくれた。

 魔法を操る人間の話、魔法ではないかと思うほどに高度な科学力と知識を持った人間の話、中には、なぜか魔王に喧嘩を売りに行こうとする人間もいたらしい。


『俺は選ばれた勇者だ!』


 とか何とか騒ぎながら。

 ああ、痛い。その彼の黒歴史を穿るのはやめて差し上げて。

 とにかく、私を含め、グライブの出会った稀人は5人だったと教えてくれた。そして、グライブが出会っていない他の多くの稀人の話も残っていて、大きな町の図書館や本屋でもそう言った話が読めるとも教えてくれた。中には、私と同じ世界から来た者もいるかもしれないと。


「何かしらの手掛かりになるかもしれないだろ」


 町について落ち着いたら調べてみるといい。そう、グライブは言葉を付け足した。

 本当に、とんでもなく優しい狼だ。私のことばかり考えているじゃないか。一体どんな人に育ててもらえばこんなに優しい人になれるのだろうか?

 そんなことを思いながら、日が傾き始めたころ。私たちは今日の移動を終えた。





 グライブの指示に従い、薪になりそうな木を探して集めると、火の熾しかたを丁寧に私に教えながら、彼が火を熾してくれた。明日は私が挑戦することを約束もしたけど。

 カバンをあされば、奥底に細長い取っ手のついた小ぶりの鍋が現れて、何に使うのかと思っていたカバンの奥にあった鉄の輪っかだとか棒を、彼の丁寧な説明で組み立てて、やっと小ぶりの鍋をひっかけることができる三脚のようなものであることが分かる。

 三脚と鍋を焚火の上にセットして、グライブは魔法で鍋に水を入れ、水を温め始めた。


「飲めるんだ」


「この森の中ではあまりお勧めできないがな。今カバンの中に入っている透明な液体の入った小瓶があるだろ?」


 そう言われて、最初に見たカバンの中に、10本ほどのポーション瓶のようなものがあったのを思い出して頷いて見せる。確かに中にはすべて透明な水のようなものが入っていた。


「中身はすべて聖水なんだ」


「聖水? なんで10本も」


 そう首を横に倒して見せる私に、グライブは苦笑いを顔に浮かべる。


「もし万が一、俺の体に触れてしまった場合、即座にその聖水で洗い流せば軽いやけど程度で済むはずだ。それから、もしも胸や腹に不快なものを感じたら聖水を飲むといい。治療薬ではないから完全に治すことはできないが、腐敗の進行を遅らせ、ある程度の毒素は外に出してくれる効果がある」


 そう説明されて、私は自分の眉間にしわが寄るのを感じた。

 グライブの最初の説明では、すぐどうにかなるものではないと言っていたけど、私の体調でも毒の進行が変わったりするのは当たり前の話だろうと、納得もできた。今後、腐敗の毒に絶対にむしばまれずに行くのは難しいということなのだろう。

 つまり、いざと言うときのために、聖水を飲み水のように扱うべきではないということだ。

 そして、分かってはいたが切ない気分になるものだな。と、思わずにはいられなかった。

 自分のことであるはずなのに、彼が自分自身のことも含めて話す言葉が……とても、やるせない気分だ。

 そうしてお湯が沸き始めたころ、グライブにカバンの中からかさかさと枯草の入っているような音のする巾着袋を取り出し、中身を鍋に入れるように指示されて、私は言われた通り、丸々太った革袋を取り出すと、口を閉じていた革紐を解き、中身を見る。

 そこには、音からも分かるようにしっかりとカサカサに乾燥した草がぎっちりと詰め込まれていて、匂いは、少し青臭いような、でもどこか嗅ぎなれたような……ああ、お茶の匂いだ。緑茶。

 言われたように、草を少しだけ鍋に入れ、カバンの中から茶漉しとカップを取り出すと、鍋を火からどかしてカップに鍋の中身を注ぐ。

 見た目や匂いはまるで私の知る緑茶そのものだ。


「そのお茶にも解毒作用があるから、飲んでおくのがいい」


 そう促されるまま、私はそのお茶にそっと口を付ける。

 優しく香る青葉の香りに、ほのかな苦みと甘み、心を落ち着けてくれる暖かさに、どうしたって心は和んでしまう。間違いなく、これは私がよく知る緑茶の味だ。


「まさか、異世界でお茶が飲めるとは思わなかった」


「ああ、リオのいた世界にはグリーンティーがあったんだな。それは異世界人が教えてくれた物の一つらしい。解毒作用の強い葉をポーションの材料ではなくお茶にするという発想は、当時とても斬新でな。俺が子供のころには高級品だったんだが、原材料を安定して採取できるようになってからは、今では誰もが楽しめる紅茶と並んだ人気の飲み物だ」


 そんなこの世界のちょっとした情報に、私も面白さを感じていた。

 教えたほうは、きっとあまりの恋しさにどうにかならないかと思っただけかもしれない。そこには自分勝手な欲求があっただけなのかも。だけど、それを受け入れて広がってしまうあたり、好奇心こそが、新しいものを取り入れる原動力でもあるのかもしれない。なんて、妙に納得してしまう。

 新しいものって、何かワクワクするもの。仕方ない。

 そして、話しついでに、グライブの子供の時のことが出たことで、私の好奇心も刺激されてしまった。

 どんな家族と暮らしていたのか、子供の時の彼は今の彼とどう違うのか、そもそも、なんで彼がこんなに優しいのか。

 どうにも、彼のことが知りたくて仕方ない。

 これは、ただの好奇心だ。


「あのさ。グライブって、どんな子供だったの?」


 自分の好奇心に任せて、私はためらいもなくそう言葉を投げかけた。

 グライブは、ふと顔を上げて私をじっと見つめると、懐かしそうに目を細め、そうだなぁ。と、何かを思い出すように口を開きはじめたのだった。


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