11・神々の聖殿
みんなと話し合った翌日、私はサンタナさん、ファランスさん、そしてジェリエルさんの3人に連れられてメイン通りとつながる大きな広場に来ていた。
石畳の丸い広場には、その中央に10メートル以上はありそうな巨大なヤドリギが植えられている。
広場を囲うように飲食店やらお土産屋さんが並び、メイン通りから広場に入ればヤドリギの向こうに、その大樹よりも大きな真っ白い教会のような建物が聳え立っているのが見える。
シンメトリーの細長い青い三角屋根が左右にひとつづつと中央には大きな三角屋根がひとつ。正面に見える大きな両開きの扉は解放されていて、人々の出入りがここからでもよく見えた。
扉の横には美しいステンドクラスが左右に3枚づつ並び、中央の屋根の下部分にも綺麗なステンドグラスが真ん中に大きな一枚と、左右に1枚ずつ中央より小さめのモノが取り付けられている。
そして大きな中央の屋根の天辺には、翼を6枚背に生やした白い女性の像が取り付けられていた。
そのさらに奥、屋根の向こうに大きな塔も2つ見える。神殿の敷地って、一体どれだけ大きいのかと思わず口が開いてしまうが。
両開きの扉から神殿の中に入れば、外見と同じように中もかなり広かった。
中もシンメトリーな造りをしていて、中央には細長い赤い絨毯が、正面に見える祭壇のような場所まで続いていて、祭壇のような場所は他の場所より階段3個分ほど上にせり上がっている。舞台と言うのか、踊り場と言うのか、私にはちょっとわからにけど。
祭壇のような場所には教卓のようなものが置かれ、その上には金の刺繍が縁取りをしている青い布が教卓の足元まで垂れ下がっている。
教卓のその後ろには、太陽と月が合わさったような大きなオブジェがあり、その後ろの方には大きな3枚のステンドグラスがあって、中央に太陽のような絵柄のものがあり、右に稲穂と水瓶を持った白いベールをかぶる女性と、左に天秤と剣を持つ黒いベールをかぶった女性がそれぞれ描かれたものがあった。
そして、正面の祭壇から左右にいくつもの長椅子が綺麗に祭壇を向いた状態で並んでいる。
見上げれば天井は高く、金色の装飾された縁があり、縁の内部には綺麗な空の絵が描かれていた。横の壁にも大きな窓が綺麗に取り付けられていて、室内を明るく照らしているし、壁に等間隔で取り付けられている燭台にも、やわらかな火が灯っていた。
そして、様々な人が思い思いに座って、それぞれ祈りを捧げているその空間に、私は変な緊張感で口をぎゅっと引き結んでしまう。
あれだ。その静けさはまるで、図書館のあれに似てる。話しちゃダメな感じ。
あまりにも居心地が悪すぎて冷や汗が出そうな私ではあったが、ふと、ジェリエルさんが中央の赤い絨毯を歩きだしたと思えば。
「イリヤエル」
と声をかけて、1人の男性(?)に声をかけながら近づいていく。
そんなジェリエルさんの姿に、私たちも彼の後を追うように付いて行くと、イリヤエルと呼ばれたひとはこちらに顔を向けて、ジェリエルさんの姿に目を止めると、笑顔で右手を挙げた。
一瞬、見た目がスズメに見えたのだけど、なんか違うような気もする。と、私が悩んでいると。
「彼は鳥人でツグミ族のイリヤエル・アングストだ。よくスズメ族と間違えられるのだが、彼は間違ってもスズメではないので、どうか間違えないでやってほしい」
そうジェリエルさんが真剣に言うもので、どう答えていいものかわからず、私はこくりとひとつ頷いて見せる。きっと、すごく大事なことなのかもしれない。
「相変わらず大げさですね、ジェリエル。とは言え、正しく覚えてもらえるのは光栄です」
イリヤエルさんはそう言って、目を細めてくすくすと笑う。そして、いったん姿勢を正したと思えば、左胸に自分の手を当て、すっと私たちに頭を下げて見せると。
「神々を祀る『中央神殿』を預かります、神教長のイリヤエル・アングストと申します」
そう言って、優しい口調で挨拶をしてくれた。
私もそれに倣うように頭を下げて自己紹介をするが、サンタナさんとファランスさんが名のらないところを見ると、すでに見知った間柄なのかもしれない。
そしてお互いに頭を上げて、私は改めてイリヤエルさんの姿を見る。
白を基調にした足まで隠れるワンピースのような服装で、両肩から銀色で縁どられた青い布をたらしている。青い布は両肩から背中の中ほどを通り、両端が腰の下あたりまであって、先端には細かなクジャクの羽のような模様が、縁と同じ銀色の糸で刺繍されていた。
腰には細い革紐を何本も束ねたような物が腰に巻かれていて、右側に結び目があって、そこから少し長めに紐の先が垂れ下がり、紐の先端には紐をまとめるように綺麗な緑色の石と青色の石がくっ付いていた。
首元には、祭壇の奥にあった太陽と月が合わさったようなオブジェと同じ形のネックレスが光っている。
「本日はどのようなご用件でいらしたのですか?」
顔に笑みをたたえたまま、見た目がそのまま鳥のイリヤエルさんはクイっと首を横に倒して見せる。そのしぐさが、なんかかわいくて、ちょっとキュンとしてしまった。不可抗力だ。許して。
「実は『生命の犠牲の儀式』について、少し話したいことがある」
一瞬、私はイリヤエルさんの愛らしさに目を奪われそうになったが、ジェリエルさんがイリヤエルさんに近付いて、声のトーンを落とし、静かにそう告げるのを聞き、私は慌てて身を引き締める。
すると、それを聞いたイリヤエルさんはすっと両目を細めて。
「こちらに」
そういうと、祭壇の裏に隠れるようにあった扉の方へと私たちを誘導しはじめ、私たちは大人しくイリヤエルさんの後に続く。
扉の向こうには何の変哲もない廊下があった。
向かって右側には窓が並び、左側には3つの扉が壁に並んでいて、そのさらに奥にはまだ老化が続いていそうだった。窓からは手入れのされた地場府や花壇が見えて、その奥には少し高めの白い石壁の塀が見える。
イリヤエルさんに連れられて足を進めれば、廊下から入って最初の扉の前でイリヤエルさんは立ち止まり、扉を開けると、私たちを中へとすすめた。
そして、室内はと言うと、文句の付けようがないほど応接室だった。
大きな机と、向き合うような配置の3人掛けのソファーが2つ。テーブルには赤や白、オレンジなどの色とりどりの小ぶりな花が活けられている花瓶が置かれ、部屋の奥には大きな窓が一つ。その窓の外には庭らしきものが見える。
むしろ、他には余計なものは一切なく、本当に『応接室』という一言で済む簡素ではあるが、綺麗な部屋だった。あ、でも、一応、窓には淡いクリーム色のカーテンがたたまれた状態で取り付けられてはいたかな。
イリヤエルさんに促されるまま、私たちは奥の席に腰を下ろす。真ん中に私、右側にジェリエルさん、そして左側にサンタナさん、そのサンタナさんの横の樋掛に寄り掛かるようにしてファランスさんいる。
そして、私たちがそれぞれ腰を落ち着けたのを確認すると、向かい側にイリヤエルさんも腰を下ろすと。
「3人でそろって『神殿』に来るなど、珍しいこともあるものだなと思っていたのですが、まさか『生命の犠牲の儀式』のことを聞かれるとは思いませんでした。もしや、グライブに関係することですか?」
そう言って、両手を組みテーブルに置いた。
そして、イリヤエルさんの言葉に答えるように口を開いたのはファランスさんだった。
「そうだね。はじめから説明するよ」
ファランスさんそう言うと、私と会ったことを含め、今までのことをかいつまんで説明し始めた。
机に並べられた人数分の紅茶のカップからは、暖かな湯気が立ち上っていた。
カップを持ちその中身を飲み込むと、紅茶の中にほんのりとリンゴのような甘みと香りがする。
(アップルティー。おいしいなぁ)
なんて、一通りの話が終わるのを待っていると。
「――まあ、そう言うわけでね」
ファランスさんはそう話を締めくくり、紅茶を一口。
「話は分かりましたが、まさか、本気で彼女に儀式をさせるつもりなのですか?」
ファランスさんの説明を聞き終わって、イリヤエルさんそう言うと難しい顔で自分の額に手を置いて見せる。
「本人がそれを望んでいるんだもの。やめさせるなんて出来ないでしょ? 何よりも、本人が納得できないと思うわ」
難しい顔を見せるイリヤエルさんに、サンタナさんがそう答えると、イリヤエルさんは改めて私に顔を向ける。その瞳には心配だと言いたげな心情が色濃くにじみ出ていた。
「あの儀式は、人の身では本当に辛いのですよ?」
そう言われるけど。
「それでも、やりたいんです」
私の身を心配してくれるのはありがたいが、サンタナさんの言う通り、私が納得したいのだ。これはただの自己満足でしかない。
私がそう答えれば、しばらくじっと私を見つめていたイリヤエルさんは、『はぁ~』と大きく息を吐き出して。
「決心は固いようですね」
そう言った。
「分かりました。では、儀式の許可を出しましょう。すぐに儀式の準備に取り掛かりますので、ついてきてください」
イリヤエルさんはそう言うと席を立ち、足早に部屋を出る。私たちもすぐに彼の後を追った。
イリヤエルさんの後について廊下を進み、最初の廊下からさらに奥へと進むと、また扉があった。その扉を出ると連絡通路のような、外に面した廊下があり、そこを通ってさらに別の扉へ、その扉の先にはまたも廊下が左右にのび、私たちは底を右に進み、また扉をくぐって広い部屋に出てきた。
その室内は円形で、きっと外から見た塔の1つなのだろうと思った。
扉から入って向かい側の奥には階段が見える。もしかすれば、塔をぐるりと囲むようにらせん状の階段が上に向かっているのかもしれない。
扉の横には長机と椅子が一つずつと、机にはインク瓶とそのインク瓶に刺さったままの羽ペンが1つ、そして冊子のようなノートがあり、イリヤエルさんはそこに何かを書き込んでいた。
書き込みが終わると、イリヤエルさんは私のほうへと振り返り。
「では、これから儀式についての説明をいたします」
そう言って話し出し、私に綺麗な空の小瓶を手渡した。
「難しいことはありません。あなたはこのまま、この塔の最上階に行き、夜の女神に祈るだけです」
確かに、イリヤエルさんの言葉を聞く限りは、特に難しいことはないようだった。
手渡された小瓶を見つめ、本当にそれだけなのかと、イリヤエルさんへと顔を戻す。
「あの、身を清めるとか、何か捧げものをするとか、そう言うのはやらなくていいんですか?」
そう私が聞けば、イリヤエルさんはひとつ頷いて。
「何もいりません。この儀式において、神に捧げられるのは『あなた自身』であり、神がどんな対価を望んでおられるのかは、神に問うより他ないでしょう」
イリヤエルさんはそう言うと、またひとつ頷いて見せ。
「執り行われる儀式によって手順が違います。今回の儀式については、特にこれと言った道具や前準備は必要ないのですが、ひとつ。この儀式は厳しい決まりごとがあるのです」
イリヤエルさんのその言葉に、私は思わず身構える。
「塔の最上階は特殊な空間になっているのですが、『生命の犠牲の儀式』は、祈りを捧げることで開始され、神が『終わった』と囁いてくださるまで続きます」
ここでも、囁くんだ……と、私は小瓶を少しだけ握りしめる。
「この儀式が終わるとき、リオさんにお渡しした小瓶に液体が満たされます」
もしかすれば、それが奇跡の水? と一瞬、楽観的に考えてしまったけど、神殿の歴史が始まって以来、残された成功例は2つしかないって、そう言ってたことを思い出し。
「その液体って、何なんですか?」
と、私はイリヤエルさんに聞いてみる。
「中身については、色々なものが記録されていますよ。例えば、回復ポーションであったり、ワインであったり、何かの果物を絞ったジュースであったり、様々です」
そして、一拍置くとイリヤエルさんはどこか寂しそうに目を細め。
「ですが、果たして小瓶の中身と、祈りを捧げた方々の払った対価は釣り合っていたのかと、思うときはあります」
そう言って、長めのため息を吐き出して見せた。
「対価って……」
一体、何を差し出すんだろう? そう思った、これは犠牲を前提にしている儀式だから、当然、祈る側は何かの願いがあって、それを叶えてもらうために、どれだけの犠牲を払えるか。多分、そう言うことなんだとは思うのだけど。
「対価は目に見えるものだけではない。心の一部や、時間、或いは人とのつながり、そういうものも対価になりえる」
対価について、少し考え込んでしまった私に、ジェリエルさんがそう答えてくれた。
目に見えるものだけが全てではないと、それなら、私は一体何を差し出すことになるんだろうか。
「イリヤもジェリも、リオを脅かすようなことをいうものじゃないわ」
自分の何がとられるのかと少しだけ不安に思っていた私の頭をなでながら、サンタナさんが呆れたようにイリヤエルさんとジェリエルさんに向かってそう言った。
「すみません。脅かすつもりはなかったのですが……最後にひとつだけ。この儀式が終わるまでの間、あなたは部屋から出ることができません。そして、数週間、或いはひと月の間、水や食べ物を口にすることも許されていません」
真剣な顔でそう話イリヤエルさんの言葉に、私だけではなく、サンタナさんも同じように『え?』と声を上げた。
「軽く死ねるやつじゃないですか、それ」
なんて冷や汗の出る私に。
「先ほども言いましたが、最上階の『祈りの間』は、特殊な空間なのです。特別な術式により時間の流れが通常とは少し違っていて、人の身であるなら、飲み物や食べ物を口にせずとも、ひと月は保つでしょう。ですが、それ以上は命にかかわります。ですので、儀式が途中であっても、ひと月を過ぎるようであれば、強制的に儀式を中断させますので、ご安心ください」
と、イリヤエルさんはにこりと笑う、が、それって、安心していいもの、なのかな? とは言え、今のところこの儀式をやる以外の手がかりはないし、時間は、あまりない。
それに、ここまで来てやっぱりやめます。なんて言えるはずがない。そもそも止めようも思ってはいないけど。
「私、祈り方とかよく分からないんですけど、どうやって祈るのがいいんですか? なにかこう、正しい祈り方? みたいなものってあるんですか?」
そう私がみんなに顔を向けると、ジェリエルさんがふわりと微笑み――まさに、天使の微笑!――私の肩に優しく手を置いた。
「心から祈る以外の決まりごとはない。思うように、女神にリオの気持ちを伝えるといい」
そんなジェリエルさんの言葉に、イリヤエルさんもひとつ頷いてい見せた。そして、サンタナさんが私の背中に手を添えて。
「大丈夫よ。ため口で『ハロー! 元気してる?』って祈ったって、神様たちは笑顔で応えてくれるわ。神様って寛大なのよ?」
そう言うと、私の顔をのぞき込むようにして、ウインクをパチンと私に飛ばして笑う。
大丈夫。そう、きっと大丈夫と、私自身も自分に言い聞かせるように心の中で呟いて。
「私、行ってきますね」
と、3人に笑顔を向け、小瓶をしっかりと握り、私は目の前のらせん状の階段を昇り始めた。
階段を上がる途中でいくつもの扉を通り過ぎ、最後の扉までたどり着くと、私はその扉を開けて中に入る。室内は一階と同じく丸く、天井もドーム状になっていた。
目の前には祭壇があり、祭壇には真っ白いクロスがかけられ、その上には空の白い深いお皿が乗っていて、そのお皿のさらに後ろには、金色の天秤が飾られていた。お皿の両脇には装飾の美しい銀色の短剣が並び、祭壇の両脇の壁には天秤が描かれているステンドグラスがはめ込まれている。
祭壇の前、丁度部屋の中央辺りには一畳分ほどの大きさの青いラグマットが敷いてあった。
(このラグに座っていいの、かな?)
私は戸惑いながらもラグの上に腰を下ろし、祈りを捧げようと、固まった。
具体的には、祈るってどうすればいいのだろうか? そう思って。
心から祈るって言うのは、多分、形とかどうでもいいんだとは思うけど、いざ、じゃあ祈るかって思ってみても、そもそも『祈る』ということがよく分からない。
ひとまず、小瓶を握り締めたまま、私は両手を組んで……。
(挨拶とか、した方がいいのかな?)
なんて、また考えてしまう。
はっきり言えば、慣れていないのだ。誰かに祈るということに。
だけど、言いたいことならあったことを思い出す。
グライブから『神が囁く』と言う言葉を教えられて、私とグライブの出会いも、まさに神の囁きにより導かれていたのだとしたら、素直に彼に会わせてくれた神様には感謝したいと思っていた。
傭兵ギルドでひどい目にあいかけて、ますますグライブの優しさが身に染みる気がしたのだ。彼の友人たちも優しい人たちばかりで、そんな彼らと出会うことができたのを『導き』だとするならば、感謝するしかない。
そして、その以上に、神様の与える罰に、私は憤りを感じている。
もう彼を許してもらえないだろうかと、私は思わずにはいられなかった。
彼を大事に思う仲間たちだって、きっと同じように、いや、私以上に彼を想って祈っているのではないかと思えるのだ。
(どうか、彼を許してあげてください)
私はこの世界の仕組みも、決まり事も、彼の犯した罪の重さも、何一つ正しく理解できていないだろうと思う。それでも、彼は十分に罰を受け、自分よりも私や彼の友人たち、そして、自分とは関係のない他人を気遣える優しいひとなのだ。
騙されたことよりも、自分を責める真面目なひとだ。
自分が死にかけているというのに、赤の他人である私を守ってくれるような、情に厚いひとなのだ。
だから、どうか。
私は、真剣に祈った。彼が私を助けてくれたように、私も彼を助けたい。私には何の力もないけど、私にできるせい一杯で祈るしかないけど。
私は彼に、生きていてほしいと心から願っている。
彼との時間をあれで終わらせたくないと。
彼の優しい友人たちだって悲しませたくないと。
私は、ただ、深く祈り続けていた。