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みのりと申します。


短いお話ですが、楽しんで頂けると嬉しいです。


どうぞよろしくお願い致します。

 にじむ視界の先に見える青い瞳が、こちらを切なげに見下ろし揺れている。短いライトブラウンの髪を乱し、逞しい身体は汗に濡れ、抱き締められて重なる胸からはドクドクと激しい音が伝わってきた。


 「愛してる、ミラーナ。」

 「レディック様…。」

 「もう行かないと…あぁ、離れたくない。」


 レディックはミラーナを抱き寄せ、長い亜麻色の髪に頬擦りした。髪の柔らかさを確かめるように匂いを嗅ぎ、口付けを落とす。いつまで経っても離れようとしないレディックに、ミラーナはクスリと笑ってそっと身体を離した。


 「フフ、私もです。でもお仕事は待ってくれませんよ?」

 「分かってるさ。はぁ、仕方ない。用意するよ。」


 レディックはベッドから降りて床に落ちている服を拾い、ノロノロと袖を通した。少しでも二人の時間を引き延ばそうとしているのだろう。規律や秩序の厳しい騎士団に所属しているレディックは、どのような動作も迅速かつ的確に行うことができるはずだ。

 案の定、レディックはチラチラとミラーナの方に視線を向けていた。もう少し一緒にいて下さい、と言われるのを待っているのがひしひしと伝わってくる。時間的に叶えられない願いでも、そう言って甘えてほしいのだ。


 ミラーナはその視線を背中で受けながら、複雑な思いで服を着た。


 互いに一目惚れで、魂が共鳴するように惹かれ合い、出逢ってすぐに肌を重ねた。レディックとは決して結ばれないとは分かっていても、この男に初めてを捧げたかった。それが今のミラーナがレディックに差し出せる全てだったから。それほどに惹かれてしまった。


 ----今日限りだと割り切らなくちゃ。この気持ちが愛に変わってしまう前に。今ならまだ…


 身支度を整えて部屋を出る前に、レディックはミラーナを抱き締めた。甘える言葉を言わなかったことに対するお仕置きだと言わんばかりに腕に力を込めている。その決してつらくはない甘い締め付けに涙が出そうになり、ミラーナは慌てて優しく身体を押し退けた。


 「レディック様ったら、早く行かないと怒られますよ?」

 「分かってるが、君と離れるぐらいなら怒られた方がマシだ。」

 「あら、勇敢ですね。」


 ミラーナはフフッと笑って青い瞳を見上げた。精悍な顔立ちに相応しい澄んだ瞳が、真っ直ぐにミラーナに向けられている。ミラーナは少し目を伏せ、その眼差しから逃げた。そこへレディックの声が追いかける。


 「なぁ、ミラーナ。」

 「はい?」

 「その…様っていうのと敬語はやめてくれないか。君には普通に話してもらいたい。その話し方だと壁を感じるんだ。」

 「でも…。」

 「男と女だとか、身分がどうとかじゃない。俺がそうしてほしい。レディックと呼んでくれ。いいね?」


 ミラーナは少し戸惑っている仕草を見せてから小さく頷き、ニコリと微笑んだ。


 「…分かったわ。さすがに人前ではできないから、二人の時だけ普通に話すようにするわね。それでいい?レディック。」

 「俺は気にしないが、君がその方がいいと言うならそうしよう。ありがとう。それじゃ、今度こそ行くよ。」

 「気を付けてね。」

 「そうだ、明後日も同じ時間にまたあの場所に行くんだが、仕事の後会えないか?」


 あの場所とは、ガレオン・バロイド伯爵が治める広大なイーヴェル領内にある農地のうちの一つだ。ミラーナが働いている糸つむぎ小屋の近くにある領主直営農地に、今日から臨時監督官としてやって来たのがレディックだった。

 どこまでも延ばそうとするレディックに、ミラーナは半ば呆れつつ微笑みながら頷いた。


 「えぇ、大丈夫よ。」

 「よかった!それじゃ…行ってきます。」

 「行ってらっしゃい。」


 レディックはミラーナの頬にキスをしてから部屋を後にした。パタンと静かに扉が閉まる。ミラーナは見送りに振っていた手を止めて、ドサリとベッドに座った。


 ----これでもう悔いはない。


 今朝までは、これも仕方のないことだと諦めていた。弱い者から犠牲になるのは世の理だ。まだ行き先が決まっているだけ幸運だと思っていたのに、こうして妙に脱力するのはなぜだろうか。


 ミラーナは小さな窓の側に立ち、空を見上げた。昼から夜に移ろう美しい空が広がっている。レディックもこの空を見ているだろうかと考えながら、頬に伝わる温い水を手で拭った。


*


 チチチ、と遠くから小鳥のさえずりが耳に触れ、ふと顔を上げる。見渡す限りに広がる農地には、今日も朝から子供たちが大人に混ざって畑仕事に精を出している。ミラーナはすっかり見慣れた風景に目を細め、カゴの中の洗いたてのシーツに手を伸ばした。


 物干しに掛けた布をピンと伸ばして両手でパンパンと叩く。今日は朝から良い天気だからと、溜まっていたシーツ類を全部洗った。おかげで腰がしびれて固まってしまったが、バタバタと風に煽られて気持ち良さそうに泳いでいるのを見ると、疲れも達成感に変わるから不思議だ。


 ミラーナがイーヴェル領の片田舎にある孤児院に来てから六年が過ぎた。路頭に迷いかけたところを孤児院の院長であるシュナード・サイラーに助けられて以来、この孤児院で住み込みで下働きをしている。続く戦で孤児の数は増加の一途を辿っていて、戦が終わって一年が経った今でもまだ減ることはない。そして人数が増えれば増えただけ、生活する上での様々な雑用も増える。食料には限りがあるので今いる人数で仕事をこなさなければならないが、それでもミラーナは充実した日々を送っていた。


 ----うーっ、腰が痛い!さて、ご飯の用意しなくちゃ。


 ミラーナが腰に手を当ててグッと背を伸ばした時、今度は遠くから聞き慣れない音が耳に触れた。


 ----これ、馬?それも結構いるわね。


 「いた!ミラーナ!」


 その音が馬の蹄の音だと気が付いたと同時に、建物の角から仕事仲間のオッズが慌てて飛び出してきた。なぜか顔を真っ青にしてミラーナを見つめている。窪んだ目を見開き、ヒョロッとした身体を震わせる男に向けて、ミラーナは首を傾げた。


 「どうしたのよ、そんなに慌てて。」

 「大変なんだよ!君、何かやったのか!?」

 「はぁ?」

 「この音が聞こえるだろ?さっきお城からの使いの方がいらっしゃって、もうすぐあるお方がここに到着なさるから、ミラーナを呼んでおけって言われたんだよ!」

 「お城からの使い…」


 まさか、とミラーナは目を見開き、オッズを見返した。ミラーナに心当たりがある様子に、オッズの表情がさらに青ざめていく。


 六年前に始まった戦は昨年まで続き、様々な情報が噂となって伝わってきた。とはいえ、ミラーナのいる田舎にまで届くようなものは大抵が口伝ゆえに事実からかけ離れたものだったりするのだが、そんな噂話の中にミラーナが耳を疑うものがあった。それは、かつて一度だけ身体を重ねた男がイーヴェルの英雄と讃えられていること、そしてその男はこの地の領主ガレオン・バロイド伯爵の三人いる息子のうちの一人だということだった。


 ----お城からの使い…私を名指しで呼ぶって、まさか!


 ミラーナの心臓がドクリと動く。ミラーナはハッとして、オッズに向き直った。彼女の存在を知られるわけにはいかない。


 「オッズ、あの子はどこ!?」

 「え?ナデッタのことか?ナデッタならさっき部屋にいたぞ。」

 「部屋ね、分かった!あり…」

 「どこへ行くんだ?ミラーナ。」


 不意に後ろから声をかけられて再びミラーナの心臓が動く。しかし先ほどとは違う、恐怖と期待が混ざった複雑な胸の痛みにミラーナは身を強張らせた。


 「また隠れるつもりか?」


 声のした方にゆっくりと振り向き、期待が現実と絶望に変わる。かつての温かい眼差しは見る影もなく、代わりに冷たい空気をまとった男がミラーナをじっと見据えていた。


 「レディック…様」

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