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偽チュートリアル 勝負2

 結局、一回目の勝負は、オーガリィの勝利となる。手札を一枚も失わず、たった一度の手番でアンナの手札をすべて抜いた。

 実に、黒チップ22枚もの勝利である。

 途中、どのくらいまでなら勝負するのかと賭け金を上げたが、結局降りるような事はなかった。

 図らずも大勝。今この瞬間に勝負を降りても、借金など簡単に返せてしまう。

 だが……


「続けましょうか」


「……分かった」


 負けている方が、続行を決められるルールだ。


 いや、なによりも、この場で勝ち逃げなど許されるはずもない。

 アンナは、これほどに余裕を見せている。これでは、真の勝利とは言えない。オーガリィの目的はアンナを下す事であり、今の状況ではおよそ下したとは呼べないのだ。

 もしもこの時点で勝負を降りられたとしても、オーガリィにそのつもりはない。それはケチな勝ち逃げに過ぎず、真の意味でアンナを下した事にはならないのだから。


 もっと、もっと、泣き崩れるほどに。

 そう、初めて『チュートリアル』で騙した時のように。


「…………?」


「どうかしたかしら?」


 アンナが首を傾げる。

 オーガリィが、動きを止めたのだ。


(何か……見落としていないか……?)


 『チュートリアル』の時。その時の事を考えると、言いようもなく不安になるのだ。いや、正確に言うならば、その時と現在の違和感に不安になる。

 あの時は、たかだか50万程度の負けで崩れていたのではないだろうか。しかし今は、それを幾倍にもする金額の勝負の只中であるというのに、まるで焦る様子がない。


 ともすれば、それは現在の所持金からくる安堵によるものだろう。しかし、全く動じる様子もないというのはどうだろうか。

 まるで、初めから金銭に無頓着な人間であるような反応だ。あるいは、1600万程度の損失を気にしない程の金持ち。そんなはずは、ないというのに。


(……いや、もしや)


 思い当たる。あるいはと、ともすればと。

 いや、むしろ……


「違うのか……?」


「? 何が?」


「とぼけるなよ」


 ほぼ、確信した。

 なるほど、初めから謀られていたのだ。


「ダックラックじゃあないな? 雇われたか、そもそもの知人か、どちらにせよ本人じゃあない」


 本人でなど、あるはずがない。


「姿が違う事は、正直珍しい事じゃない。なにせ、ここはゲームなんだからな」


 だから、意識から抜けていた。確かに、アンナはただの一度もダックラックだなどと言っていなかったのだ。

 思い違ったのだ。思い違うように、差し向けられたのだ。

 ようやく、遅れて、合点が入った。

 あの愚鈍そうなダックラックが、何故生き残る事ができたのか。今目の前にいる者の入れ知恵ならば、なるほど納得もいく。


「つまり、俺が貶められたのはお前にってわけだ。ダックラックじゃあなかった」


 そうでなくては、辻褄が合わない。

 そうならば、辻褄が合う。

 これこそが真実。ようやく、手繰り寄せた。


 ならば、ますます油断ならない。

 今時点で遥かに勝っているとしても、それを理由に油断などできようはずもない。


 かつてたった一度だけ経験した、このゴールドラッシュの世界最大のカジノであるスカイレスでの勝負のように、気を引き締めなければならないだろう。

 それほどに、オーガリィは本気だ。


「続けるようか。まずは2枚」


 わざわざ音を鳴らし、チップをテーブルに置く。意志の現れだ。この勝負は、自らの意思によってなされるのだという。

 その覚悟を受け、アンナはなおも笑う。いや、会ってからのほとんど、アンナが笑っていなかった事などありはしない。


「オッケー、2枚。ゲーム開始だ」


 二人がチップを出した時点で、ゴールドラッシュのシステムがカードを配り始める。手札は変わらずに三枚。伏せ札は変わらずに六枚。

 手札を手に取り、確認する。ダイヤのJ(ジャック)K(キング)、ハートのK(キング)


「ベット5枚」


 来た。ようやく、勝負に。

 アンナは、この瞬間に決めに来る。オーガリィは確信した。この5枚は、やがてもっと大きな勝負を行うための布石だ。一度に10枚も賭ければ警戒するかもしれないが、少しずつならばあるいはそうではないかもしれない。降参(ドロップ)は、無条件で相手の手札を一枚減らす取り決めだ。相手が勝ちに近づいてしまう代わりに、賭け金を支払わず相手の手番を終わらせる事ができる。

 もちろん、そんな事がなくともオーガリィは逃げたりしないが。


賭け金に同意(コール)……っ!」


 10枚だろうと、20枚だろうと、引くつもりはない。仮にこの番で敗北しようとも、次の勝負で必ず勝利する自信があるからだ。ならば、オーガリィが及び腰になる事などあってはならない。

 それは、勝負どころか精神への敗北に他ならず、オーガリィの意思が今後の何者にも突き立てられない事の証左だからだ。


 故に、勝利が必要なのである。

 そうでなくては、ならないのである。


「ダイヤのK(キング)


正解(ヒット)


 全くのノータイムで、当ててきた。

 やはり、何かされているのだ。でなくては、ここまで強気になれるはずがない。


 この勝負、そもそも早い段階では最低値賭け(ミニマムベット)を繰り返すべきだ。なにせ、はじめのうちは当てられない確率の方が高いのだから。高い賭け金を出そうと、多くの場合は負けてしまう。何度か数字を宣言して、ある程度相手の手札を絞れたところでようやく勝負に出られるのだ。

 それを無視しての、高額勝負。

 間違いない。アンナはこの状況から当てられるという確かな自信があったのだ。


「ベット20枚」


「……っ!」


 いきなりの、四倍賭け。これには、オーガリィも息を飲む。

 見破ったのだ。どれほど賭け金を釣り上げようと、オーガリィが降りたりしない事を。たった一度のやり取りで、ほんの僅かな挙動から。

 分かっていた事ではあるものの、しかしこうも知らしめられれば慄きもする。


 これを下す事は、生半にはならない。

 それでいて、むしろ望ましいとすら思える。自らの力の証明として、これ以上の試金石は存在しないのだから。


「コールだ……っ」


 下がる事など、できるものか。

 ここで引かなかったという事実が、オーガリィの今後を左右する。前に進める。真っ直ぐと。


「ダイヤのJ(ジャック)


「…………っ!」


正解(ヒット)


 あまりにも淡々と、正解を言い当てる。これほどに気をすり減らすオーガリィとは、全くに裏腹だ。


 この時点で、合計25枚のチップがアンナに流れる。ほんの僅かではあるが、オーガリィが負けている。

 このままにいけば、オーガリィの敗北である。


 しかし、それ自体については焦っていない。敗北しているという事はすなわち、勝負の続行権を持つという事だからだ。

 ここで負けようとも、勝ち逃げを許す事はない。


 だから、ここは張るのだ。意地を。

 ドロップなどしない。この一度負けようとも、折れてなどいられない。


 そう思い、決し、誓った。


 一歩でも退けば、二度と進む事などできないのだから。


 しかし——


「ベット、2枚」


「……なに?」


 最後の最後に、たった2枚。

 残り手札一枚という詰めの場面にあって、あまりに消極的な行為。オーガリィは、思わず自らの耳を疑ってしまった。


「2枚だよ、2枚。どうするの?」


「…………」


 罠、だろうか。

 例えば20枚取るよりも、2枚を取る方がオーガリィに致命的な一手を与えられる可能性。オーガリィにはそんなもの思い浮かびはしないが、この相手を考えればもしもという事もあるかもしれない。

 あるいは、多く取る事ができない可能性。なんらかの理由で勝利に許容量があり、それを調節するためにたった2枚だけを賭けている。


 正直どちらも、現実的とは思えない。

 そんな朧げな可能性を恐れて、引き下がる事などできようものか。


「コールだ」


 なにより、考えなどないのかもしれない。アンナは間違いなくオーガリィの手札を知っているが、それは全てでない可能性もある。言い当てた二枚だけが判明しており、次の一枚に対する自信がなかったために僅かなチップを賭けた。

 そうすれば、充分に辻褄が合う。


 故のコールだ。直前の二回と比べて、遥かに安全であると言える。


「確認するよ」


「……?」


 場に伏せられた六枚のうち二枚を確認する宣言。これを行えば、賭け金は勝利時のチップに加算される。


「なにを……」


「? なにをもなにもないよ。普通にゲームの進行をしてるんだ」


 オーガリィは訝しむ。

 そんなはずはないのだ。確認では持ちチップが増えないために少なく賭けたというのなら話が繋がるように思えるが、今までの行為から考えればあまりにも消極的だ。確かに日和って2枚と宣言した可能性はあるものの、この相手に限ってはあり得ない。

 オーガリィは、直感的にそう感じている。


「早くしなよ。次はアナタの番なんだから」


「……分かった」


 どれほど疑おうと、答えは出ない。

 仕方なしに、オーガリィは勝負の進行を優先した。


「ベット10枚」


「ドロップ」


「…………は?」

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