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解雇

 今回も、やたらと簡単な仕事だった。

 素人(トーシロ)のガキが来ると連絡を受け、そいつに数十万程度の負債を被せるだけ。今まで何度も行なってきた事であり、失敗した事はただの一度もない。

 当然の事だ。口を開けて待っているだけで獲物が飛び込んでくるチョウチンアンコウのように、俺はいつも広場でゆっくり待っていればいい。あらかじめ聞いていた名前のプレイヤーが来れば、そいつに向かって勝負の申し込みをするだけだ。


 それ自体は、決して規約違反なんかじゃあない。確かに俺は不正アクセスをしているが、それとこれとは全くの別件だ。このほぼ無法地帯であるゴールドラッシュの世界で、まさか今更取り締まられたりはしないだろう。

 そう、ならば、俺は何も違反などしていない。ギャンブルに名前をつける事も、初対面の人間に勝負を申し込むのも、このゲームで初めから想定されている事だ。それは、何一つ咎められるような事じゃあない。

 そもそも、勝負の前には詳細が確認できるのだ。それを怠るのは、間違いなく相手側の落ち度だろう。まあ、詳細にはギャンブルのルールが記載されているだけなので、それだけで謀られているのだと気付けない者も多いのだが。


 しかし、今日はどうしたと言うのだろうか。突然依頼主に呼び出しをくらい、普段は使わないエリアへと足を運ばされた。いつもの連絡はメッセージで済ませてしまうし、依頼金も仕事が終わり次第送金されるシステムだ。なので、顔を突き合わせて(VR空間とはいえ)話した事はほとんどない。直接話さなくてはならない事なのだろうが、イマイチその中身が想像できないでいた。


 場所は、一見して波止場の倉庫群。無骨な建物とコンテナが立ち並び、中にはよく分からない木箱なんかが置かれている。これで海があれば紛れもなく港町と言えたのだろうが、惜しい事に目の前にあるのは時代劇で見るような江戸の町並みである。

 そんな場所の、倉庫の一角。まるで麻薬の取引かのような場所に呼び出されたのだった。


「来たぜ、大将」


 灯りをつけない倉庫の中は暗いが、ゲームの補正がかかって見通しは悪くない。しかし、相手の姿はないようだった。その代わりに——


「なんで呼ばれたのか、分かってるよな?」


 声だけが、だだっ広い空間に反響する。


「いや……なんかあったのかい?」


 本当に、まるで思い当たるところがない。仕事は今まで通りにこなしており、問題も起きなかった。

 もしかしたら、仕事の善し悪しとは違うところの話だろうか。金遣いが荒い事を注意するだとか、この仕事から手を引こうだとか。

 前者ならば目立つ行動は自粛しようと思うが、後者は困る。現実での生活すらままならなくなってしまうからだ。


 だが、どうにもそんな風ではない。

 俺が分からないと分かった途端、なんとため息をついたのだ。つまり、俺は事態を把握している必要がある。把握している事が、何より自然であったはずなのだ。


「そうか……分からないか……」


 声を張り上げたわけでもないのに、その言葉は酷く恐ろしいものだった。


「お、俺が何かしたのか……? 不手際か? 何か言ってくれよ!」


「分からないのなら、それまでだ。まんまとしてやられてくれたというわけだな」


 突き放す言葉は、あまりにも一方的だった。何かを責めているようではあるが、俺には皆目見当もつかない。

 俺は、一体どんなミスをしたのだろうか。


「挽回の余地はないのか!? 何があったのか分かれば、俺にもチャンスがあるだろう!!」


「無駄だ、もう終わった事だ。お前にはもう仕事を回さないし、後の事は追って知らせる。どう転んでも、私と話すのはこれが最後になるがな」


「あまりにも一方的じゃないか! お、俺の借金はどうなるんだよ!!」


 借金。

 俺が馬鹿なのだと言われればそれまでだが、この組織には少なくない借金がある。例えば報酬の前借りや、ギャンブルで負けた時の建て替え。俺への報酬の七割がその返済に当てられているのだ。そして、その返済残高は10万や20万では収まらない。

 とても、この仕事なくしては返せる額ではないのだ。


「取り立てるさ。そもそも、私たちはその方が得意なんだから」


「……っ!!」


 その宣言は、俺の人生が終わった事を意味している。今にも足元がなくなり、悪魔が口を開けている中に落っこちてしまいそうだ。

 そんな感覚。寒気とか、恐ろしいとか、全然そんなんじゃなかった。


 ◆


 癖というものは、中々どうして御し難い。

 眼帯に指が伸びる。取るわけではないが、撫でる事が癖になってしまっているのだった。このゲームで、詐欺紛いの事をするようになってからの癖だ。最近では、現実でも目蓋に触れてしまう。


 もう仕事などないのに、いつもの場所に来てしまった。

 つまりは噴水広場。ついこの前まで、カモを待っていた場所。


 今では何一つ用もない筈なのに、それでも足が伸びてしまった。本当ならゲームなどしている場合ではないにもかかわらず、オーガリィはまだ未練がましくこの場にとどまっている。

 楽しかった。

 弱者である自分が、自分よりもさらに弱い相手を蹂躙する事が。あたかも、自分が遥かな強者になったかのような錯覚ができる。そんな時間が大好きだった。

 誰かが膝を折る様が好きだった。嗚咽を漏らすところに笑みが溢れる。

 震えている様を見て笑い出しそうだった。すがり付く者など愛おしくて仕方ない。


 全部を全部地獄に落とし、彼はいつも笑っていた。


 ああ、きっと狂ってしまったのだろう。そんな快楽に酔って、二度と離れられなくなってしまった。

 本当ならばすぐにでも逃げ出し、どこか遠くに高飛びしなくてはならない筈だというのに、それでもオーガリィはここに座り込んでいるのだ。


「何をやってるんだ……」


 自分が自分でおかしくなる。

 そう、おかしくなっているのだから。


「ねえ、おじさん」


「は……?」


 驚いた。声をかけられたからだ。

 オーガリィは噴水の方を見ていた筈だが、目の前にいる少女が近づいてくるのに気がつかなかった。

 それほどまでに、滅入ってしまっているのだろう。視界に入っているものだろうと、見る事ができていないのだろう。


 相手は、オーガリィの肩程度も身長のない少女だ。

 真っ赤に燃えるような明るい色の髪をしていて、腰のあたりまで伸ばしている。くたびれたローブと、その下には真っ白なワンピースを着ており、しかしその裾や丈は身長に対してずいぶんと長いようだった。

 名前欄には、『アンナレスト』と表示されている。


 アンナレストは、髪と同じように真紅の瞳を真っ直ぐにオーガリィに向けて、顔には自信に満ち溢れた笑顔が浮かべられている。

 今の彼とは真逆の表情だ。


「……あっちへ行きな。俺はちびっこの相手をしてる暇はねえんだ」


 暇はない。本当の事だ。本当の事だが、それを言うならそもそもこの場にいる暇すらない筈である。

 自分は、何をしているんだ。

 そんな思いがまた湧いてきて、いっその事どこかかから飛び降りたくなってしまう。


「いや、そうもいかないのよ」


「……?」


 その言葉の意味が、イマイチ理解できない。

 一瞬、あまりしつこいようなら迷惑行為で運営に通報してやろうかと思ったが、そもそもこのゲームの運営はその辺りの対処をほとんどしないのだった。

 ゲームの運営としては酷い態度だが、そのお陰でオーガリィのような悪質プレイヤーが活動できているので文句は言えない。


 いっその事、彼女から巻き上げてしまおうか。

 ゲームの名前が『チュートリアル』のままでは怪しい事この上ないが、どうせこのゲームとはすぐにお別れなのだ。おかしな手法で初心者狩りをしていた事も、オーガリィが悪質プレイヤーだという事も、どうせバレたって構わない。


 そう、思っていたのだが……


「オーガリィさん、本当に分からない?」


「…………」


 アンナレストは、口元を大きく歪ませて問いかける。

 笑っている。ともすれば、このまま頬が裂けて頭が二つに割れてしまうのではないかというほどに。ただ笑っているだけでそこまで不気味な人間を、彼は一人として知らない(当然、人間とかけ離れた見た目のキャラは別だが)。


「私は貴方を探してたのよ? やっと見つけられたのに、随分つれないじゃないの」


 オーガリィの顔を下から覗き込み、その顔をマジマジを見せつける。どこかで見覚えがあるような気がするものの、いったいどこで見たのかまではわからなかった。


 ……いや、もしやと思うところはある。


 普段のほとんどをこの場で獲物を待つ彼には、このゲームの中に友人と呼べるような相手がいなかった。当然外部に繋がりはあるが、彼個人の事情もあって対人関係を避けているのだ。そんなオーガリィの顔を知っているような相手。さらに、名前まで知っているような相手。そればかりか、初めから彼に用があるような相手。

 それだけでもおおよその見当はつく。

 そして、彼が相手のキャラクターを見た事がないという事実もそれを裏付ける。薄らと見覚えがある気がするのも、そう考えれば不思議な事ではない。


「ダックラック11か」


「ようやくね。失礼しちゃうわ」


 それはつまり、オーガリィがカモにした中で最も新しい名前だ。彼に恨みがあるのなら探していたのもうなづけるし、何よりも別のキャラクターを使用しているのも納得がいく。あのキャラクターは、既に取引がなされているはずだからだ。

 このゲームに入るために、新しくアカウントを作ったという事だろう。


 あの借金まみれのアカウントを餌にして脅されているだろうに、よく新しくアカウントを作ってまでオーガリィを探すものだ。こんな奴を相手している暇などないのだから、適当にあしらっておさらばしよう。


 ——などと、彼はそんなに能天気ではない。

 これでも、普段から魑魅魍魎蔓延るようなこのゴールドラッシュ・オンラインで活動をしているのだ。確かに、初心者狩りなどという末端の仕事ではあったものの、それでもついこの間までは生き残っていた。

 卓越とまでは言わないものの、多少は小慣れているつもりだ。化かし合いと、騙し合いに。


 つまり……


「そうか……お前が……」


 原因と、いう事なのだ。


「遅いわ。にぶいのね」

【本編と関係ない話をするコーナー】

『海のない倉庫群』

 かつてマッスル・マックというプレイヤーが造ろうとしていた『この世で最も裏カジノ感のあるカジノ』の残骸。


 ゴールドラッシュにおいては、プレイヤー運営のカジノも少なくない。

 ゲーム内通貨で土地を買い、そこに建物を建設するのだ。

 この倉庫群もまたそういったプレイヤーにメイキングされた場所であり、そこら中に置かれているコンテナの中にはその時の残滓であるテーブルやトランプなどがある。


 本当ならば隣接する江戸の町まで買い取って海のロケーションを造るはずだったが、会社の金を横領していた事がバレて警察のお世話になってしまったのだった。

 それ以降マッスル・マックはログインしていないので、現在では誰の手が入る事もない無人地帯となっている。


 なお、プレイヤーがゲーム内の“土地”を購入する事は珍しいわけではなく、ゴールドラッシュ内のチグハグな街並みはそのようにして形成されている。

 ただ、『スカイレス』の近隣は物価も高く、そうそう広範囲を買い取って街並みごと変えてしまうような者がいないために、裏路地や遠方のようにおかしな風景はしていない。

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