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クライムリンク 勝負2

「カードを回収します」


 二人の手元から、確認していたトランプが回収される。

 全く同じ模様の山札である。データの複製によって同じ物を作ったわけだが、カナタが確認していた方は削除されてしまった。


「カードはテーブルに配られますが、まだ追う事は不可能です。それは、ゴールドラッシュのシステムが保証します」


 アンナの手の中にある山札が、僅かに動いた様に見えた。これは、デッキの中のカードが混ぜられる事による挙動である。カード同士が互いをすり抜け、山札の並びがランダムになる様動いたのだ。

 これならば、カードの並びは誰も知る事ができない。


 そして、それからカードが配られる。


 山札から、自動で、カードが飛び、テーブルの上へと整列していく。

 魔法の様だと、カナタが初めて見た時は思った。しかし、今では見慣れた光景だ。幾度となく誰かを下す過程で何度も見て、感慨などというものはもう忘れてしまった。


 アンナが言った様に、記憶する事は不可能に思える。

 たったそれだけ分かれば、カナタには充分だった。


「それでは、オープン・ザ・ゲーム。ラックラック様の先攻となります」


(様、ねぇ……)


 ラックラックがアンナの差金である事は明白だというのに、いまだに取り繕うとしている。それは建前として必要な事なのかもしれないが、カナタから見れば滑稽そのものだった。

 どんな事をしても勝てない勝負に策を凝らし、必死に取り繕っている。そんなものは、対等の勝負でしか意味をなさないというのに。


「し、失礼します」


「どうぞ」


 必死に目を凝らし、カードを識別しようとするラックラック。

 無意味である。例え全てを完璧に記憶していようとも、カナタの協力者が程よいタイミングで失敗させてしまうのだから。

 今までもそうしてきたし、これからもそうする。決して証明する事のできない、究極の不正である。


「ハートの3、クラブの3」


(まあ、何枚かは覚えているだろうな)


 ラックラックは最初の番で早速ペアを作る。普通なら恐ろしいほどの強運だが、このクライム・リンクならばそうではない。初めから、ある程度は記憶しているのだから。

 もしも普通にプレイすれば、互いが覚えている全てのカードを取ってからが勝負となるだろう。


 ただ、この勝負ではそうはいかない。

 次のカナタの番までに過半数を取らなくては、カナタの勝利である。そして、その過半数を取るという前提の時点で不可能である。

 カナタの勝利は、ゲームを決めた時点で決まっているのだ。


 ——そう、思っていた。


『おいカナタ! 聞こえるか!』


(? 聞こえるが、どうかしたのか?)


『もしかしたら、()()()()()()()()()……!』


(は……?)


 協力者からもたらされた言葉は、およそ信用できない様なものだった。


 相手が取ろうとしたカードを、ただ入れ替えるだけ。

 なにも、プログラムレベルで書き換えるわけではない。このゴールドラッシュないに存在する全てのデータは、初めから入れ替えるつもりで設定された物なのだ。ゲームマスターとして高い支配力を発揮する為、カナタをチャンピオンに据える時にその様な小細工がなされている。


 つまり、データの入れ替えなど容易いという事だ。


(なんで『負けるかもしれない』んだよ! カードを変えちまえば良いだろ!)


『それができないんだよ! できない理由がある!』


 カナタは、協力者の男の言葉が理解できなかった。

 まさか、ハッキングによるデータ改竄が行われたとでもいうのだろうか。


『いいか、よく聞けよ! これは巧妙な罠だ! 奴らは、初めからお前を嵌めるために策を練ってたんだよ!』


(コイツらが僕狙いの挑戦者だなんて見たら分かる! そんな事より、今何がどうなっているのか教えてくれ!)


 あるはずのない事が起きている。

 敗北の可能性などという、あり得ない事が。



 ◆



「カラス!」


「ああ、ハクア。お手柄だったな」


 慌ててのログアウトの後、間を置いて取って返したハクアを迎えたのは、カラスの呑気な言葉だった。

 カラスが何をしたのかを完全に理解しているわけではないハクアは、そもそも自分の行動が正解だったのかどうかの判断ができない。なので、その言葉を聞いてようやく胸を撫で下ろす事ができたのだった。


「ありがとうございます。助かりました」


「お前の実力だよ。俺はラックラックさんの指示で動いただけだ」


「……謙遜するな。完敗だ」


 すっかりと先程までの調子を失ったオズが、つまらなそうに会話に入る。

 ゲーム自体は勝利したものの、目的の達成には至らなかった。完敗というに相応しい有様である。


「謙遜なもんか。俺は何も意見を出さなかったし、結局ゲームにも負けてる。リベンジのつもりだったのによ」


「いいや、これは俺の負けだ。お前は望んだ通りの結果を得て、俺はそうじゃない。疑う余地なんてないじゃあないか」


 互いに譲らない。敗北をである。


 話しながら、三人はモニターを見る。

 これは、見逃す事などできない一戦である。この為に今日まで働かされてきたのだから。


「このモニター……それにこのカード……」


「ああ、そうなんだよ。ゲームが始まった瞬間こうなっちまってな」


 モニターは、明らかに色調がおかしかった。人肌は不気味な土気色となり、緑のシートの張られているはずのテーブルが黄ばんでいる様に見える。

 そして何より、トランプカードの変化が顕著である。何と、その裏面には数字が記されているのだ。


「特殊なフィルタをかける事によって、カードが識別できるようになっている。プレイヤーはカードを判別できないが、観客にはできるようにという気遣いだろう。……その意味はよく分からんが」


 カラスとオズは首を傾げている。

 しかし、ハクアにはその意味が分かった。カナタの不正の秘密を、偶然にも知っているハクアだから気が付いたのだ。


「なるほど、これなら……」


 少なくとも、カードの入れ替えは不可能だ。そんな事をすれば、たちまち不正が発覚してしまうのだから。


(勝てる可能性はある)


 今までうっすらとしかなかった希望が、現実味を帯びた。

 ハクアの握り拳には、汗が滲むのだった。

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