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クライムリンク 勝負1

 チャンピオン。

 ゴールドラッシュの中でそう呼ばれる者は、決して何かの大会の優勝者というわけではない。


 初めのチャンピオンは、自然と呼ばれる様になった。

 著しい勝率によって、誰もが彼をチャンピオンと呼んだ。


 二代目のチャンピオンは、勝利によってそう呼ばれる様になった。

 幾度かあった初めのチャンピオンとの勝負で一度も負けなかった為に、幾度目かの勝利からそう呼ばれた。


 そんな事が何代か続き、ある時無敗のチャンピオンが誕生する。

 カナタよりも二代前の彼は、圧倒的な実力によってその地位を盤石とした。

 公式との広告塔契約も、彼から始まった事である。それ程までに、彼の人気は凄まじかった。


 だが、その分振り戻しはもっと大きい。


 無敗のチャンピオンに泥がついた時、公式の株価が暴落したのだ。

 ゲーマーの地位が上がった現代においては珍しくもない、ゲーミングロスである。


 さらに、チャンピオンに勝利したプレイヤーは、次の勝負であっさりと負けてしまった。

 新チャンピオンとして契約を結ぼうとしていた矢先である。


 そうして立てられたのが、カナタというプレイヤーだ。

 初めからチャンピオンになるべく用意された、公式プレイヤーである。


 だから、カナタに敗北は許されない。


 永遠に、このゲームがサービスを終了するまで、勝ち続けなくてはならないのだ。



 ◆



(まあ、どうでもいい事だけど)


 不敗の義務。

 その事に対して、カナタは何の重荷も感じていない。


 当然である。

 どうせ、負けるはずなどないのだから。


『おい、カナタ聞こえるか?』


(感度良好、問題なし)


 勝負中に、気が付かれない様に、カナタは外部の者と連絡をする。

 公式が用意した無敗のチャンピオン。その正体は、断じて常軌を逸した強運の持ち主などではないのだ。


 禁止されているはずの通信を行い、あり得ないはずの改竄を行い、知らないはずの情報を得る。

 カナタはあらゆるゲーム的ルールの外側に存在しており、ゴールドラッシュが保証する絶対性に一切縛られないプレイヤーなのだ。


 つまりは、公式が秘密裏に送り込んだチートプレイヤーである。

 この通信も、ゲームに搭載されたAIが感知しないように行われているものだ。


「神経衰弱の説明は必要ありませんね?」


「ああ、流石にね」


「私も平気です!」


 神経衰弱。

 伏せられたカードを順番にめくり、同じ数字を揃えるゲームである。

 ババ抜きと同じくらいポピュラーなトランプゲームであり、多くの家庭で親しまれているだろう。

 まさか、今更そんなものの説明が必要であるはずがない。


「今回行うクライム・リンクでは、その神経衰弱を三回行って頂きます。その三回で獲得されたカード2枚につき黒チップ1枚を賞金と致しましょう」


 つまり、最終的な賞金は相手との獲得枚数差の半分に等しい黒チップという事だ。

 点数差による賞金は、このゴールドラッシュにおいてかなりポピュラーなものである。これ自体に、何か特殊性が存在するわけではなさそうだ。


 聞く限り、特異なルールというわけではない。

 もちろん、特殊なトランプを使うという点を除けばだが。


「先攻と後攻はどう決めるんだい?」


「カナタ様はチャンピオンでいらっしゃるので、先攻はラックラック様を想定しております。もしも不都合がありましたらコイントスで決めようかと」


(嫌な言い方するな……)


 わざと、断り難い言い方をしている。チャンピオンという立場を考えれば、この言い分は受けなくてはならないだろう。

 明らかに罠だと分かっていてもだ。


「いいよ、相手先攻で」


「恐れ入ります。二回戦以降は、点数の低い方から先攻という事で」


「オッケー、それも了解」


 三回戦。

 これは、カナタにとって望ましくない条件に思えた。

 カナタは、何をしても必ず自分の番で全てのカードを取る。ならば、二回戦と三回戦も後攻になるのが自然だろう。

 そうなれば、ラックラックにチャンスが生まれる。非常に低い確率ではあるが、運良く全てのカードが取れてしまう可能性があるのだ。

 特にこのゲームでは、初めからカードにはある程度の見当がつけられる。不覚を取ってしまう事も、充分に考えられる。


(まあ、別にいいか)


 チュートリアルでオリジナルゲームを使う際、ディーラーは必ず『今回のログイン中に作ったゲーム』を出さなくてはならない。

 この時、公式が用意した専用サーバーに飛ばされる上、データの持ち出しも不可能という徹底ぶりだ。

 つまり、製作者以外がこのゲームに触れるのは、チュートリアルが初めてである。この特殊カードは、間違いなく今初めて見る物なのだ。


 いくら記憶力のいい人間でも、初めて見る模様と数字の関連付けなどそう完璧にできるわけがない。

 記憶力大会(メモリー・スポーツ)の選手などは時に千桁を超える数字を記憶するが、ただ羅列を覚えるそれとはわけが違う。それほど驚異的な記憶力を持つ人間でも、慣れないものの記憶には苦労するのだ。


 そして、それだけではない。

 仮に瞬間記憶の様な能力を持っていたとしても、カナタにはプログラムを支配する協力者がいるのだから。


 ラックラックが記憶したカードなど、全て入れ替えてしまえばいい。

 何を覚えても、何を企んでいても、全て無意味だ。全てを無に帰す力が、カナタの味方をしているのだから。


「記憶の時間が必要でしょう。勝負は90秒後と致します」


「分かった」


「私も了解です」


(どうせ意味なんてないけどな)


 無意味、無価値。

 この勝負もまた、何が起こるわけでもなくカナタが勝利する。その事はすでに決定しており、覆る事はない。

 カナタはそう確信し、事実今まではその通りだった。


 そう、()()()()

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