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救い 2

 スカイレスの中央スペースを見下ろすというのは、実は生半(なまなか)な実力者ではなし得ない。中央に近いというのは、それだけVIP待遇であるという事の証左だからだ。多くの者は(チュートリアルでも)、入り口近くのモニターでしかこの勝負を見る事はできないのだ。

 ダックラックがこんな場所にいられるのは、(ひとえ)に少女のお陰である。彼女がこのカジノの上客であったために、その連れとしてこの場に入る事ができた。スカイレスは中央へ近づく程に賭け金が吊り上げられるため、一手に負債を返すためにはここまで来る必要があったのだ。


「あれは何をしているの?」


「ポーカーだよ、見たら分かるじゃん」


 いや、分からない。少なくとも、ダックラックの知るそれとは異なるようだった。

 まず、手札が二枚しかない。これでは、役などままならないのではないか。

 そして、目の前にカードが並べられている。これは二人の間、ちょうど中央に表向きで置いてあり、ギャンブルの進行に従って一枚ずつ増えていくようだった。


「お姉さん、ホールデムルールは初めて?」


「ホールデム……?」


 しきりに首を傾げるダックラックを見て、少女は問いかけてきた。そして、その言葉はダックラックには聞き覚えのないものだった。


「これはテキサスホールデム。多分一番ありふれたルールだと思うよ。ポーカーの世界大会なんかはこのルールでやってるし」


 テキサスホールデムとは、二枚の手札ポケットカードと五枚の公開札コミュニティカードを使って行われるポーカーだ。公開札は全員の手札として扱い、都合七枚の中から一番強い五枚を使って役を作る。

 公開札は少しずつ開示され、増えるごとに賭け金を提示する事になる。

 日本で一般的なクローズドポーカーと比べて手札が多い分、役を作る事はそれだけ容易となり、五枚も共通の札を使うのだからそれだけ接戦だ。さらに、相手の手札がほとんど見えているのだから読み合いも激しくなる。

 これが、ポーカーを単なる運で片付けられない理由である。


「ふぅん、難しい事してるんだ」


「いや、今回は難しくないと思うよ。簡単な事。読みとか経験とか全然関係なく、きっとカナタが勝つ。お姉さんラッキーだね。チャンピオンは万に一つも負けないよ。今回の引きも完璧だ」


「……?」


 その言葉は、どうにも引っかかるものだった。しかし、勝てるというのならそれに越した事はない。二人が賭けたのは、まさしくチャンピオンの方だったのだから。


「この勝負は五回やって獲得金額を競うものだけど、まず間違いなく五回とも勝つ。今までもそうだったし、きっとこれからもそう。実際、彼が勝ち損ねたところなんて、このゲームをやってる全員に聞いたって知ってるわけないんだよ」


 カナタの勝利に対して全幅の信頼があるようでありながら、彼女の言葉にはトゲがある。酷く不機嫌のようであり、表情に至っては侮蔑すら垣間見える。

 今にも、噛みついてしまいそうだった。


「……そこからよく見えるね、結構遠いのに」


 なんとなく不穏な雰囲気を感じたダックラックは、話題を変える事にした。多少不自然でも、嫌そうに振る舞われるよりはマシだろうと考えたのだ。

 それに、実際勝負を見下ろしている少女を気にしてはいたのだ。至る所にあるモニターで勝負の状況は見る事ができるというのに、少女はガラス張りの向こう側にいる対戦者を肉眼で見下ろしている。


「うん、まあね」


「…………」


 話が続かない。

 結局、そこからはほとんど何も話さなかった。ダックラックが疑問符を浮かべているのを見て時折勝負の解説をするが、その言葉がイマイチ伝わっていないと分かるとまた話さなくなった。

 どうやら、カナタという男に思うところがあるようだ。

 ダックラックは、とりあえずもう何も言うまいと口をつぐむ。


 ◆


 勝負は、なるほど確かに少女の言った通りになった。

 ダックラックにはギャンブルにおける細やかな駆け引きなど分からないが、それでも今モニターに映されているものはそんな次元ではないと理解できる。カナタと呼ばれるあの男は、何を考えるでもなく脅威の行動を取っているのだ。


 一見して強くは見えない手札であっても、必ず勝負に出る。何があっても、どんな時でも。そして、いざ公開札(コミュニティカード)が場に出されると、状況は一変する。

 必ず、高役を成立させるのだ。全く色気のない紙束であった手札は、瞬く間に彩りを帯びるのだ。いや、それだけにとどまらず、公開札は相手の手札にも程よくかかる。自らの手が大きいと感じるほどに、当然賭けられる金額は高くなるだろうからだ。しかし、その上でカナタの手札にはおよばない。素人であるダックラックの目から見ても、真に理想的と言える状況なのだった。


 それを鋭敏に感じ取ったか、対戦相手は五回連続降参(ドロップ)。とてもではないが、まるで相手になっているようには見えなかった。


「チャンピオン凄いわね……」


「……そうだね」


 思わず口に出た言葉に、少女は再び不機嫌になる。


「勝負は勝ったり負けたりが基本なのに、あの人はいつも勝ってる。きっといつか落っこちるはずなのに、ずっと勝ってる」


「そ、そうなんだ。相手の人、全然良いところなかったもんね」


「いや、そうでもないよ」


 不機嫌に顔をしかめたまま、ダックラックの方を向かずに少女は続ける。今の一方的なギャンブルは中に、一体どれほどの事が起こったというのか。ダックラックは解らないでいるのだ。


「イカサマ、だよ」


「…………!」


 目を、見開いた。

 それには、全く思い至らなかった。これほど大勢の前で、これほど大仰な舞台で、これほど多くのモニターで監視されながら、まさか不正を働くなどと考えもしなかった。一度(ひとたび)見咎められれば、きっと大変な大騒ぎになる事だろう。

 しかし、それも当然であるように思える。あの神憑りが何の備えもなしにやられたという方が、むしろ不自然というものだ。となれば、少女はこのギャンブルによって、あのカナタという男のトリックに気がついたのだろう。

 なるほどそれはあの挑戦者の大手柄と言えるのかもしれない。


 と、そこまで考えたところで——


「イカサマされても負けないなんてね」


 と、そのように言うのだ。


「え……?」


「あの男、時々上の空じゃなかった? ぼーっとしてるっていうか、心ここにあらずっていうか」


 言われてみれば、そんな気がしないでもない。しかし、ハッキリと指摘されたためにそう感じるだけかもしれないと、ダックラックには自信がなかった。もしも少女が「アレはすごい集中力だったからそう見えたんだろうね」と言えば、たちまち賛同してしまうだろうという程度の自信。

 つまりは、何一つ確信がなかった。


「そう……かな……?」


「そうだよ。あの人はきっと、現実で別のキャラクターを使ってる。もしかしたら協力者がいるのかも。半分起きている状態で、さらにゲームのキャラクター操作もやってたんだ」


「え、え? そんな事できるの?」


 少女の言う事が事実だとするならば、あの男は二つの肉体を操作していたようなものだ。仮に、ゲーム機材のセーフティを書き換えてそのような事を行ったとしても、おおよそそんな事ができるとは思えなかった。時として自らの体すらままならない人間が、同時に二つの体を操作する。そんな事は、にわかには信じられない。

 あの男は、カナタと普通に会話しているようだった。あくまで素人であるダックラックの視点ではあるが、その動作には何一つ不自然なところはない。本当に別の体と同時に操作していると言うのならば、単純な徒歩すらままならないはずなのだから。


「私ならできない。けど、練習次第では不可能ってほどじゃあないと思うよ」


「そうかな……?」


 ダックラックは首を傾げる。人間の脳で、果たしてそんな事が可能なのだろうか。ただ、続く少女の言葉で一応の納得を得る。


「手札を覗く程度でいいなら、難しい動作は必要ないもん」


「あ、そっか……」


 つまり、現実の体は寝たきりでいい。


 最初に少女が言ったように、協力者を一人置くのだ。協力者は観客に紛れ、モニターを通してカナタの手札を見る。あとはログアウトしようと構わない。そして、男がほんのわずかに意識を浮上させたのを見て、それを伝えるのだ。

 男は、現実の体を動かす必要はない。ただほんの僅かに意識を保ち、まるで夢を見ているように協力者の声を聞いていればいい。それも、ずっとそうしている必要はないのだ。このポーカーでは手札を交換しないので、一度でもカナタの手札を聞けばそれで事足りる。


「確かに、それならある程度の練習でできるかもしれないわ……」


「でしょ? で、何やっても勝てないから五回全部降参(ドロップ)したんだよ」


「それは……なるほど……」


 VR(バーチャルリアル)ならではのイカサマ。そして、それをものともしない豪運。なるほどそれは神憑りであり、むしろ不気味とも言える。勝負は勝ったり負けたりだと言う少女が嫌そうな顔をするのもうなづける。なにせ、彼はこの豪運で、何の裏も仕掛けもなく常勝の王者なのだから。


「でも、これで借金はなくなったわ!」


「ああ、うん。おめでとう、お姉さん」


 約束では、ダックラックの負債である50万を返した残りを少女が受け取る事となっている。カナタのオッズは1.1倍にも満たないが,それでも少女の全財産を賭けたというだけあって目が眩むような配当が手元の画面に表示されている。


「代わりに私は500円も負け」


 ダックラックから金を受け取りつつ、少女はほんの僅かな負け分を差し引かれていた。それは勝ち分から考えれば誤差というよりもほとんど全くないに等しいような金額だが、ダックラックはなぜそのような事をしているのか疑問に思った。

 勝つのはカナタだと豪語し、自分は勝てないのだと断定し、そのためにわざわざダックラックと協力した少女の言動と、どうにもちぐはぐな気がしてならないのだ。


「アナタも賭けてたの?」


「そう、ちょっとね、()()()()()()の」


「……??」


 奇怪な事を言う。

 ダックラックは、その意味が分からなかった。いや、分かるはずもない。拾った命に喜び、ただ安堵しているだけの者に。それ以外を全て差し置き、手放しで胸を撫で下ろしている者に。

 それは決して悪行などではないが、しかし本質として、ダックラックは未だにこのゲームになじむ事ができていない。


 怠惰。

 彼女は、結局のところ、オーガリィに50万を騙し取られた時点と何も変わってなどいないのだ。


 だから、首を傾げる。

 続く少女の言葉に、疑問符を浮かべる。


「勝負、しなくちゃいけないからね」


「? 誰と……?」

【本編と関係ない話をするコーナー】

『チャレンジャー フフル・フル』

 生まれつきVRゲームに適さない体質であり、大きな物音がすると半分ほど意識が覚醒してしまう。

 この体質によってアクション性の強い全てのVRゲームが満足に遊べないが、今回はそれを利用する事によって不正を働いた。

 妻子持ちであり、カナタとの不正のにおける協力者は妻である。


 名前を決定する時、娘が手を滑らせておもちゃを落とした音で意識が覚醒してしまい、思っていたのとは違う名前になってしまった。

 なお、元々はフランベルジュをもじった名前にするつもりだった。

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