計画 3
これは、不測の事態である。
計画についてはほとんど何も聞いていないとはいえ、これが予定した通りの状態でない事くらいは理解できる。
(おそらく、要は私……)
ハクアは、そう見定めた。
初めは取り乱していたが(今もって落ち着いているとは言い難いものの)、ようやく持って冷静な思考ができる程度になった。
(私がカナタと戦っている以上、ここまで計画通りには進められていないはず。オーナーは『今日チュートリアルを起こす』という旨の話をしていたので、恐らくそのための仕込みはあるでしょう)
一つずつ、今わかっている事を整理していく。自らがやらなくてはならない事を、理解しなくてはならないからだ。
(私との勝負が終わればカナタが帰ってしまう以上、その仕込みの時間までにこのゲームを終わらせる事はできない。でも、その仕込みの時間までこのゲームが続いていたら、カナタが次のチュートリアルで戦う事はない)
計画の時間までに終わってしまったならば、カナタはログアウトしてしまう。今までの傾向からこれは間違い無いだろう。そうなれば、ラックラックが彼と戦う事はできなくなってしまう。
計画の時間の時点でこのゲームが続いていたならば、カナタは次のゲームで選ばれない。現在ギャンブル中のプレイヤーは、チュートリアルのランダム指定から外れてしまうからだ。
あるいは遅すぎた場合、次のゲームは始まらず、今行っているこのゲームがそのまま次のチュートリアルとして機能する可能性もあった。賭けの締め切りまでにプレイヤーがこの場に来さえすればいいのだ。その可能性は充分に考えられる。
(つまり、計画の時間ジャストピッタリにこのゲームを終わらせる必要がある! 無理では……?)
ハクアは、頭を抱えたくなるのを必死に抑えた。
計画の時間ピッタリ。
正確にいうならば、ゲームが終わってからカナタがログアウトするまでの間に計画の時間が来ればいいのだ。
言葉で言うのは簡単だが、それはおよそ現実的な事ではないように思える。
なにせ、ハクアはその時間がいつなのか知らないのだから。
「…………」
せめてもの救いを求めて、アンナに視線を向ける。
しかし、アンナがそれに応える事はない。ディーラーとは、対等な立場に立たなくてはならないのだから。
かつて、ディーラーを抱え込んでチュートリアルの勝負に勝ったプレイヤーがいた。
まだカナタがチャンピオンではなかった時の話だ。そんな方法でチャンピオンになったという事実と、今まで脅威的な実力で君臨していたチャンピオンが敗れたという事実が重なり、公式の会社は一時期酷く株価が暴落したのだという。
たかがゲーム内での出来事などと侮る事はできない。ここ数十年で発達したVR技術は、そこまで社会に浸透しているという事なのだ。
それからというもの、不正の対策はプレイヤーのみならずディーラーにも及ぶ。
個人同士のギャンブルであればわざとルールに穴を残したりするが、このスカイレスで行われるギャンブルは全てが公正に徹している。
ディーラーからプレイヤーへの情報提示など、もっての他である。
(詰みましかたね、これ)
ハクアにできる事といえば、取り敢えずの遅延行為。
しかしそれも、やはり有効な手とは言えない。
「では、お二人とも準備はよろしいでしょうか?」
「僕は大丈夫だよ、いつもやっているのと変わらないルールだ。お嬢さんは?」
「……え? あ、すみません、もう一度説明をお願いします」
ハクアは、軽く頭を下げる。
実の所、聞いていなかったわけではない。きちんと説明は聞いていたし、何なら知っていたゲームなので聞き直す必要すらない。
ただ、これも時間稼ぎの一環なのだ。実際にゲームが始まってからだと、露骨な遅延行為は咎められてしまう場合がある。それを考慮して、ゲームが始まる前から稼げるだけ稼いでおこうを考えたのだ。
「では失礼して……今回行うゲームは、セブンスタッドポーカー。現在世界で最もプレイされてるポーカールールはテキサスホールデムですが、テキサスホールデムが登場するまで、具体的には70年代まではこのルールが主流でした」
ハクアの考えを読んだのか、アンナはルール説明に必要のない事まで話し始めた。
そして、アンナが話している間に、ハクアは考えを巡らせる。
(ポーカー……割といい選択に思えますね。長考で時間稼ぎをしても怪しまれにくいし、逆に急ぎたい時は全てドロップしてしまえばいい)
長期にも短期にも対応できる、理想のゲーム選択と言えた。
(これなら、私でも多少は仕事ができそうですね)
無論、それは所持金の底が尽きない限りという前提ではあるが。
ただ、やはり時間がわからない事がネックである。
この部分にはハクアがかけられるアプローチがないため、誰か別の人間を頼る事となってしまう。
そして、そもそもどうやって知らされるのかという問題が解消されない。
ギャンブル中のプレイヤーは、無関係のプレイヤーとの連絡手段を持たない。これは、ゴールドラッシュで行われるギャンブルのテンプレートルールである。
ならば、ハクアが情報を得る手段は極端に限られる。
果たして、計画の時間までの間に都合よくルールを掻い潜った手段で情報を得られるだろうか。
(計画を知らされていない事がこんな弊害になるなんて……細かい事なんて聞きたくないなんて言うんじゃあなかった)
スカイレスを落とすなどと言う大胆な計画を前に、及び腰となってしまったのだ。その結果がこれであると言うのならば、多少はハクア自身のせいであると言えなくもない。
ただ、今更過去を嘆いても仕方がない。状況は好転せず、何より意味のない事である
誰かの助けが入るかどうかは賭けになるが、全てを天運に任せてしまうというのはいかにもギャンブラーらしい行動とも思える。
ここ一番でギャンブルの本質に気がつくというのも、皮肉な話である。
なにせ、さっきまで辞めたい辞めたいと心の中で喚いていたのだから。
「……?」
アンナの長たらしいルール説明を聞いていると、客席の中に見覚えのあるプレイヤーを目にした。
それだけならば何もおかしな事はない。そもそも、この計画の報酬の一部は、チュートリアルの賭けに確実に相乗りできるところにあるのだから。
ただ、それでも違和感を拭う事はできなかった。
その男が、オズだったからである。
(なんで、笑って……?)
ハクアがこの場で戦っている以上、計画が思った通りに動いていない事は明白である。
ならば、そんな風に笑うはずがないのだ。混乱するか、困惑するか、驚愕するか、激怒するか。
あるいはその全部。しかし、オズは間違い無く笑っている。遠目でもわかるほどに。
「……そうか」
「? どうかしたの?」
「ああ、いいえなんでも」
笑って、誤魔化す。他者に知られるわけにはいかないのだ。
オズの用意した人員。
それがどのように使われるのか、ハクアは知らされていなかった。しかし、ここまでこれば察する事は不可能ではない。
(オズが、裏切った……!)
この事態の真相。
その事実に最も早く気が付いたのは、意外にもハクアだった。




