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計画 1

 アンナの話した計画には、意図的な穴が存在する。

 いや、厳密には、全ての人間に全ての内容を説明しているわけではないと言うべきか。


 例えば、どうやってラックラックをカナタにぶつけるかという内容はほとんど全員が知らない。

 これは最重要機密であり、知っているのはアンナの他にもう一人しかいないのだ。


 ただ、カナタと戦うのはラックラックであるという話は、ほぼ全員に通達してあった。

 だというのに……


(よよよよ、よりにもよってわ、私ががが……)


 ハクアは、不幸なプレイヤーであった。


 チュートリアル開始時にログインしている全ての公式マークプレイヤーからランダムに呼び出されるというシステムにより、なんとここ一番でカナタの対戦相手へと指名されてしまったのだ。

 意図しないタイミングで発生したチュートリアルによって、意図しない対戦が組まれたのである。


 指名メッセージが飛んできてから、瞬く間のように感じてしまう。実際には数十分の時間を有しているはずなのにだ。

 それほどの緊張であり、そしてそれは仕方がない事といえた。ハクアは今、スカイレス中央テーブルの側に立たされているのだから。


(ラックさんがやるって話だったじゃないですか!? なんで私が!? 死ぬでしょ私これ!!)


 混乱しようと、文句を言いたかろうと、それを言葉にする事はできない。

 多くのプレイヤーが見守る中、そこまで取り乱す姿を晒す事を恥じたのである。


 ただの一度も入った事のない中央テーブルに着いているというのに、緊張のあまり感慨も喜びも何も感じられない。


 目の前には、ゴールドラッシュに初めて来た時から知っている絶対王者。

 何をどうすれば勝てるのかも分からない現状では、ただ恐れる事のみが許されているのだ。


 手だろうと、足だろうと、出るはずがない。


「よろしく」


「よ、ろしくぅ……」


 声が裏返り、言葉を噛み、目が泳いだ。

 動揺を悟られない様にしなくてはならないと思いながらも、そんな声が出てしまう。ハクアの心中など、子供でもわかってしまう事だろう。


「そんなに怖がられると困るね」


「あ、はは……」


 この笑いは、随分と渇いていた。

 心からなど、笑えるわけもない。


 一見して、ただの優男。これといって特徴のない、黒髪の若い男のキャラクターだ。

 そんな様子だから、今まではその姿をよく記憶していなかった。薄ぼんやりと背格好が思い出せる程度という、そんな相手。

 目の前に立った事がない為でもあるだろう。その姿をまじまじとみた事がないのは、事実なのだから。

 しかし、あまりにも印象が薄い事もまた事実である。幾度となくその神懸かりを目撃し、幾度となく驚愕したというのに。


 キャラクターメイクに、力を入れていないのだ。

 勝利する事のみを重視して、それ以外に対して全くの無頓着。

 だから、ほとんど初期設定のままの大した個性のないキャラクターになっているのだろう。


 一眼では判別できないほどの脅威を、その身の内側に隠して。


(勝てるわけないですよぅ……)


 一眼見ただけでは侮られる事も多いカナタだが、ハクアは一眼見ただけの人間ではない。

 実際にその勝負を目にして、どんな相手なのか理解している。


 そして、()()()()()()()()()()のだ。


 勝てるはずはないと、このゲーム内の誰よりも知っている。


「それでは、御二方とも着席を」


 ディーラーの指示と同時に、二人の背後には椅子が現れる。それに座ると、一人でに机へと引かれた。


「こんなに若いディーラーさんは初めてだね」


 カナタが、ディーラーの少女に話し掛ける。

 それは、ハクアから見ても驚きの相手だ。当然、カナタとは違う意味でのものではあるが。


(何やってるのオーナー!)


 ライラックショットのオーナー、アンナレストである。


「えぇっと、前にどこかで会ったかな? 勘違いなら申し訳ないんだけど」


「スカイレス傘下のカジノで働いております。あるいはその関係かと」


(働いてるっていうか働かせてるって立場でしょ貴女は……)


 どうやら、アンナはその素性を細かく説明するつもりはないらしい。

 それを察したハクアは、あえて追求する様な真似はしなかった。


 一つ、深呼吸をする。


(……冷静に考えれば、私は負けてもいいのよ)


 アンナの作戦では、カナタに勝利するのはラックラックなのだ。ならば、ハクアは捨て石に徹すればいい。勝利を目指す必要がある様には思えない。

 この勝負で負けてしまうとそれなりの金額を要求されるが、それは実の所大した事はない。自らの意思でならば青天井に上げられるものの、ハクアはそんな自殺願望の様なものは持ち合わせていないのだから。


(ちょっと前にカナタに凄い額の勝負を挑んだ人はいたけれど、私はそんな事はしない。落ち着いて、負けを最小にする事はできるはずよ)


 乾いてしまった喉に唾を流し込み、辛うじて呼吸を楽にした。

 ほんの少しだけ、落ち着く事ができる。勝たなくていいのなら、いくらでもやりようはあるのだから。


 ハクアは覚悟を決める。

 負けてもいいと、死なない様にと。


(これ終わったらこのゲームやめよ……)



 ◆



「始まったな」


 アンナの指示で街に繰り出しているオズは、スカイレスでのゲームが始まった事を感じる。

 スカイレスからどれほど離れようとも、その歓声は届いてしまうからである。


「オラお前ら急げ! 死ぬ気で間に合わせろよ!」


 オズがかけたその声で、背後に待機していた数名が街の中に散っていった。

 通行人は訝しげな顔をしたが、スカイレスのチュートリアルへと急いでいるためか気に留めた様子はない。


 オズの役割。それは、人員確保に他ならない。

 オズが担うこの役割こそがアンナの計画の二番目の要であり、彼を取り込んだ一番の目的である。


 組織力。

 名前も知らないオズの組織を、平然と利用しようというのだ。


「大した度胸だよ、奴は」


 それは素直な賞賛。

 二十歳にも満たない小娘に対する、最大限の評価。


「ただ、ちょっと不快だな」


 オズの口元が、わずかに歪む。

 不気味な笑いである、恐ろしい笑みである。


 アンナが仕掛けたこの計画。それは、確実に荒れる事となる。


 他でもない、この男の手によって。

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