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アンナがラックラックに話すはずだった話

 アンナレスト。

 それは、西条アカネが真に自分であると自信を持って言える名前である。


 何の皮も被らず、取らず、繕わず、自らが自らの為にいられる場所で名乗る名前だ。


 お忍び。誰にも知られずにこの場にいるというのに、いついかなる時よりも自らを曝けている。

 チグハグとしたものを感じていながら、アカネはアンナである事に充実を感じていた。


 そして、その充実は今、最高潮と言える。


 打ちのめされ、打ちひしがれ、ただ静かに泣いていたアカネはもういない。この場にいるのはどうしようもないお嬢様などではなく、自信に満ち溢れるギャンブラーなのだから。

 一度落ちた自分は、今上り調子にいる。人生は勝ったり負けたりであるという事は、次は勝利する番だ。


 そんな拙く、単純で、下らない言い分を、天才の才覚のみでなし得ているのが今の彼女だった。


 初めは、下らないお遊びのつもりだったのだ。


 叔父に紹介された新鋭の会社が出しているゲームが、どうやら面白そうだという程度。

 雀の涙のような小遣いをドブに捨てるには丁度いいかと、そんな風に思っていた。


 しかし、結局そんな事にはならなかった。


 捨て金のつもりで挑んだ勝負で、思わず勝ってしまう。

 なんとなく、何気なく、うっかりと、相手の思惑が分かってしまったのだ。それに合わせ自分の行動を対応させれば、自然と勝利してしまう。


 才能である。


 アカネは、今まで自らに備わる才覚に、全く気がついていなかったのだ。

 それは、平たく言えば視覚。相手の思惑を見分ける、天性の観察眼である。


 そこが、彼女の転機であった。


 勝負は勝ったり負けたりである。その信念に基づき、程よく敗北を経験する。ただ、全体で見た時は必ず利益になるように立ち回ったのだ。


 天性の才覚によって敗色を見分け、より小さな敗北で抑えた。

 天性の才覚によって勝機を察知し、より大きく勝利を迎えた。


 現実では叔父の仕事道具の中の一つに過ぎないアカネが、この世界では凄腕のギャンブラーである。彼女がこの世界にのめり込んでしまう事は、仕方がないと言えるのかもしれない。


 そうして、西条アカネはアンナレストとなった。


 勝ち続けるギャンブラーなどいない。しかし、最も勝利するギャンブラーは自分である。そう思い、疑わなかった。

 誰と戦おうと、なにで戦おうと、何を賭けていようと、それは変わらない。


 なにせ、自分は既に落ちるところまで落ちたのだから。


 だからだろう。思い違ったのは。

 必ず勝てる勝負が存在するなどと、思い上がっていたのは。


 勝ったり負けたりであるという意識が、次の一度は勝てるなどという思い上がりに繋がった。

 必勝などありはしないのだと、知っていたはずだというのに。


 勝負の場所は、スカイレス。

 誰もが必ず一度は立ち寄るその場所の、必ず立ち寄るその一度目に行われるイベントである。


 当時、ゴールドラッシュ内でも指折りのギャンブラーであったアンナは、スカイレスのお抱えとして重用されていた。お忍びである為に西条アカネである事実を隠しながらでありながら、その実力で運営の懐に入り込んでいたのである。

 例えば、もっと名が売れてから正体を明かせば驚くだろうか。

 アンナは、これから行われる勝負を前にしてそんな事を考えていた。


 スカイレスの最奥である、中央テーブル。その、運営関係者のみが使用する特別卓に、アンナは呼ばれた。

 言うまでもなく、チュートリアル用の対戦のためである。

 これまでに二度の勝利を収めているアンナは、当然その日も勝利するつもりであった。そのためのルーティーンも済ませ、歓声を迎え入れる準備は万端であったと言える。事実、このゲームのほとんどのプレイヤーに勝てるだけの用意はあったのだ。


 相手が、チャンピオン・カナタでなかったならば。


 負ける事なく、策もなく、ただ運だけで勝ち残る異物。

 およそ許容できるものではないイレギュラー。

 あってはならない絶対勝利者。

 そのどれもが、アンナの信念に反するものである。


 顔を合わせたのはその時が初めてであるというのに、アンナは言いようもない嫌悪感に見舞われた。必ず倒すと、無言のままに誓ってしまうほど。


 今になってみれば、自分でもやはり思い上がっていたのだと感じる。しかし当時は、勝てるつもりでいた。

 だから、なのだ。馬鹿みたいに、所持金をほとんどこの一度に賭けてしまった。


 アンナが用意した策は、パウダーマーキング。

 手に付着させた粉末でカードを汚し、それを記憶しようというものである。

 当然、触れるたびに形を変えるマーキングを覚えるのは至難だ。しかし、アンナの観察眼を持ってすれば不可能ではなかった。


 行われたゲームは、いわゆるババ抜き。まさしく、お誂え向きの勝負である。


 勝負の直前、挨拶を装って握手を求める。

 アンナの手には既に粉末がつけられており、握手によってカナタの手にも付着させたのである。


 これで、両者が触ったカードは全てがマーキングされる。

 勝利は確実であると、アンナは信じていた。


 だが、アンナの思惑はあえなく砕ける事となった。


 手札に揃ったカードを捨て、また捨て、さらに捨て、最後に残ったのはジョーカー1枚だった。

 カナタは全てのカードを捨てており、どちらの番が来るまでもなく、勝負はついてしまったのだ。


 所持金は無くなり、信念は無為となり、策略は無意味となった。


 たった一度の勝負で、アンナがこの場所に求めたほんの少しばかりの安寧すら失ってしまったのだ。

 カナタは、勝ち続けている。そして、今日もいつものように勝った。


 アンナはひどく落ち込み、肩を落とし、とぼとぼとその場を後にする。背後には、カナタの連勝記録を喜ぶ歓声ばかりが聞こえている。


 誰もが、チャンピオンに下された可哀想な少女であると感じていた。見ず知らずの赤の他人を心配などするはずもないが、しかしその認識だけは共通であった。

 つまり、()()()()()()()()()()()など、誰一人知らなかったのである。


 アンナは見ていた。


 無敵のカナタを倒す可能性を、倒されながらも認識していた。


 その為には、もう一度資金を作る必要がある。

 アンナが行ったのは、通りがかりの少女に500円ばかり借りる事であった。

 まさか、この500円から、スカイレスへの革命が行われるなど思いもしまい。

 しかし、少なくともアンナレストというプレイヤーだけは、本気でそうしようと思っているのだった。

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