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救い 1

 呆然と、立ち尽くしていた。


 手元には50万の近い負債を抱え、目の前にはおそらく起こされるだろう訴訟が控え、ダックラックにできる事といえば特にこれといって何もなかった。どうにか噴水広場までその足で戻ったはいいものの、しかしこれからどうしようかというあてもない。ログアウトをして現実に逃げようにも、そもそも問題の依頼主は現実にいるのだ。

 そんなわけで、ダックラックは途方に暮れていた。途方に暮れるくらいで解決する問題などあろうはずもないと分かってはいても、途方に暮れるしかなかったのだ。


 ともすれば、このまま依頼の期日が来てしまうのだろうか。一応、依頼者と受託者双方の納得があれば延期ができるシステムではあるものの、当然先方はそんな事を許可しないだろう。

 そうなれば、愛生は犯罪者だ。ただの小遣い稼ぎのつもりが、とんでもない事になってしまった。


「はあ……」


「どうしたの?」


「ッ!?」


 不意に、声がかけられた。

 呆然としていて、意識はなくて、目を開いていても何も見ていなかったダックラックは、目の前に立つ少女に全く気がつかなかったのだ。おそらく相手からしてみれば驚かすつもりなどなかったのだろうが、ダックラックは声も出せないほどに驚愕した。


「お、驚かせないでよ……!」


「え? ごめん。でも一応用事があったから」


「用事……?」


 ダックラックは眉間にシワを寄せる。今日始めたばかりのこのゲームに、知り合いと言える相手は一人もいない。そんな自分に、まさか用事だなどと。


 ……いや、一人だけいた。確かにその少女の声には、聞き覚えがあった。


「アナタもしかして……」


「え? うん。多分そう。お金返しに来ました」


 チュートリアルの選択をしようかとしていた直前、不躾にも金を貸してほしいと声をかけてきたあの少女である。たった500円とはいえ初対面の人間に金貸しを要求するその態度は、ダックラックの記憶に深く刻み付けられていた。なにせ、悪びれる様子もない。


「いや、まさか返してくれるなんて……」


「何で? 返すって言ったじゃん」


「や、まあ……そうだけど……」


 それでも、概ね帰ってくるはずなどないと思っていた。もしももっと高額であったならば、絶対に取り付く島もなくつっぱねていた。なくなって痛くないだけの金額であったために、渋々とはいえ了承したのだ。

 どうせ帰ってくるなど露ほども思っていなかったため、すっかりと忘れてしまっていた。この広場にいたのも、単なる偶然でしかない。


「お姉さんのお陰で、私はちょっとした勝負に勝てたんだよ。はいこれ、500円」


「ああ、うん……えっと……」


 受け取ろうとして、悩んでしまう。

 負債によって所持金がマイナスとなっている自分がお金を受け取っても、その瞬間に返済へと回されてしまうためだ。

 その500円を受け取れば、目の前で瞬く間に失せてしまう。500円程度では到底返済の足しになどならないのだから、少女に持っていてもらった方がいいのではないか。

 そう考えたのだ。


「どうしたの? 足りない?」


「いや、そうじゃあなくて……」


 本当ならあまり話したいような事ではないが、仕方なしに説明をする事にした。自らの恥を事細かに口にするのは、顔から火が出そうな気分だった。(さと)いつもりで見切りをつけて、大した事なしと括った。自らの愚かさに気がつかないという最大の愚行であったと、今になってようやく知ったのだ。

 見ず知らずの相手に(さら)けさせるには、少々の抵抗感を覚えた。


 しかし、少女は大した反応を示さなかった。

 ただ目を見て黙々としているのみで、相槌もなければ合いの手もない。浅い息遣いのみが聞こえる程度で、ちゃんと聞いているのか、話しているダックラックが不安に思えてしまうくらいだ。

 もしかしたら、食い入っているのだろうか。

 一瞬そう思ったが、話終わって間髪入れずに発せられた言葉によってそれも否定された。


「よくある事だよ」


 月並みの、それでいて無体ともいえる言葉。頭を悩ませるダックラックに対して、あまりにバッサリとし過ぎていた。


「ていうか、お姉さんやっぱり初心者だったんだね」


「え、まあ、そうだけど」


「ふぅ〜ん」


 ジロジロと、ダックラックの上から下までを見回す少女。あまり良い気分ではない。値踏みされているようで。

 しかし、あまりに真剣なものだから、ダックラックも口を挟めないでいた。そして、それはどうやら正しい事のようだったのだ。


「手伝おうか、借金返すの」


「で、できるの!?」


 思いもよらない言葉。それはまさしく、天から降りた蜘蛛の糸だ。涙を流しそうな気持ちで、ダックラックは目の前の小さな少女にすがった。


「できるなら、どうかお願い……! 私じゃあどうする事もできない……」


「どうどう、落ち着いて。お姉さんには助けて貰ったからね、もちろんお手伝いするよ。ただ……」


 少女は微笑む。ただ、それは天使のようではなかった。片目を瞑り、舌を出し、悪戯っぽく笑うのだ。小さくとも、悪魔のようであると思えた。


「一枚、噛ませてもらうよ」



 ◆



 そこは、巨大なカジノ施設。

 円柱状の建物にいくつものネオンを後付けしたような見た目をした、このゲームのランドマークである。煌びやかではあっても美しくはない騒がしい見た目は、開発者が言うには人の欲を表現した芸術。そういう意味では、このゲームにこれ以上相応しい物は他に存在しない。

 世界一強固な保障を持つカジノであるとうたわれるこのゲームの中にある最大のカジノ。更にその内に、より上客のみが入れる空間がある。

 あたかもロシア人形。より内側の人形が、より高価な勝負をする場所という事になる。


『さあ賭けた! もうないか!? もういないか!!』


 そのカジノ——『スカイレス』の中央、一階から三階までに及ぶ吹き抜けの広場には、所狭しと観客が押し寄せている。これから行われるメインイベントを、今か今かと心待ちにしているのだ。あまりにも客が多いために、場所をとってしまう座席などという物は一つも用意されていない。一階から三階までを全て立ち見としていてなお、まるで隙間のないすし詰め状態なのだった。


『モニターを見ろ! 両名のオッズが出たぞ! これを見て新たに賭ける者はいないか!!』


 スカイレスのあらゆる場所に設置されているモニターに、これから争う両名の名前が並ぶ。

「champion カナタ」

「challenger フフル・フル」

 この後すぐ訪れる勝敗を予測し、それを当てる。これは、単純なギャンブルだった。


 さながら闘鶏のようではあるものの、この場所は非暴力のゲーム、ゴールド・ラッシュ。当然彼らも蹴る殴るによって腕節を競うわけではない。そんなものは、巷に溢れたアクションゲームが飽きるほどにやっている。


 カジノで行われる勝負など、たった一つ。

 言うまでもなく、それはギャンブル。


 すなわちこれは、賭けを対象とした賭け。

 このゲームのチュートリアルにも使われる、最もポピュラーなギャンブルである。


 まもなく賭けへの参加時間が終了する。プレイヤーは、手元に映し出される画面に表示された数値を選択する事によって賭け金を決定する。

 このギリギリまで選択できない優柔不断な者は多く、いつも終了間際までオッズは揺れる。

 だが、今日この時ばかりはそうではない。

 今日賭けをするのは、このカジノNo. 1ギャンブラーであるカナタだからだ。彼の神がかりな勝負強さを目にして、大穴を狙える者はそうそういない。せいぜいが夢みがちな子供か、典型的な破産者。あるいは金が有り余る成金といったところか。


 結果、挑戦者のオッズは約十倍。

 それだけ賭ける者がいなかった事の証明だ。


『さあ締め切った! 大方の予想通りではあるものの、凄い人気差だ!! さて、これから二人が行うゲームを決定するぞ!!』


 司会の男が、観客を煽る。事実、カナタの出ていない勝負ならオッズにこれほどの差が出る事はそうそうない。これから観客たちが見るものは、純粋な勝負などではなく王者の神懸りな強運なのだ。

 ある意味では見ものである一方、どうしても予定調和。

 故に煽り、場を沸かせる必要がある。


 その様子を見る少女が二人。二階部分から見下ろしているのだった。


「凄い熱気ね……」


「そりゃそうだよ〜、このゲームで一番繁盛してるところだもん」


 ダックラックは、その盛況ぶりに驚いていた。なにせ、このゲームはもっと陰鬱とした雰囲気のものであると思っていたのだから。煌びやかさとは程遠く、何があっても闇から闇へと流されてしまう無法地帯。事実、ダックラックはそのような目に合っている。

 しかし、今はどうだろう。このカジノは現実のそれと比べても遜色のない程に絢爛であり、どこに居ようとも音と色が渋滞を起こしている。裏通りを歩いた時はまるで継ぎ接ぎのような統一感のない街並みを見る事ができたが、さすがにこの場所ほどのギャップはなかった。


「これがホントのチュートリアル。マップに案内の光がついてたでしょ?」


「ああ、あれが案内だったのね……」


 確かに言われてみれば、そのようなものがあった気がする。

 自らの間抜けさに、ダックラックはため息をついた。しかし、それと同時に腹立たしくもあった。もっと分かりやすくあってくれれば、自分が騙される事はなかったのではないかと。


(いや、八つ当たりね……)


 例えばどのような作りであったとしても、誰かが悪知恵の働かせて上手い事不正を働くものだ。どれほど案内が明白であろうとも、また違う形の詐欺が横行するだけだろう。


「このチュートリアルではね、一番簡単なギャンブルをするの。勝つか、負けるかを予想するっていうね」


「競馬みたいな……」


「だいたいそうだけど、今日は一対一の勝負だからもっと簡単。それにお姉さんすごく運がいいよ。カナタって人に賭けとけば鉄板だから」


「ああ、うん……」


 ここに来るまでにもこのように(まく)し立てられ、あれよあれよという間に賭けていた。資金を全て用立ててもらい、賭け先まで指定してもらった上でだ。正直のところ、今更になって怪しく思えてきていた。


「勝負ってのは勝ったり負けたりだよ。お姉さんはもう負けたから、次は勝てる。私はさっき勝ってきちゃったから、ここはお姉さんにお任せしちゃう」


 つまり、自分の代わりに賭けて欲しいのだと、そう言っているのだ。自分は次に負けるだろうから、おそらく次に勝つと思われるダックラックに代理人をお願いしている。その代わりとして、ダックラックの負債を立て替える約束だ。

 もっとも、今回の賭けに勝ったならばその立替金すら端金となるわけだが。


「私の有り金全部、お姉さんに任せた!」


「…………」


 酷く、重い。しかし、この言葉に乗らざるを得ないのも事実。

 借金も、訴えられるのも、親に相談するのも、想像すると胃の中が沸騰しそうなくらい気分が悪くなる。賭けに負けた清算を賭けでするなど中毒者(ジャンキー)の考え方だと分かっていてなお、この話に乗らざるを得なかった。


「お願いします神様……」


 その呟きは切実であったが、どうやら隣の少女には聞こえていないようだった。

【本編と関係ない話をするコーナー】

カジノ『スカイレス』

 天井なしを意味するその名前は、すなわちゴールドラッシュの世界で最も巨大なカジノである事を意味する。

 しかし、スカイは天井でなく空の事なのでぶっちゃけ天井なしという意味にはならない。


 これは命名者のウッカリによるものであり、ゴールドラッシュを造る時に三徹ほどしたところで命名に当たったため、なんとなくの語感で決定された。


 この事実は命名者本人しか知らない事実であり、とてもダサいので誰にも言うつもりはない。

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