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エリアスティール 勝負5

 足元を見られた。

 少なくとも、ラックラックはそう感じていた。


 店を賭けから外せば乗ってくるだろうと、高を括られたのだ。


 この時点で勝てると判断されたのであれば、それは仕方のない事だ。

 事実、ラックラックでは、ナイフを持った程度で男に勝てるとは思えなかった。

 分厚い胸板、太い腕。何らかの格闘経験者だとしても不思議ではない。


 当然、武器を制圧できるほどの熟練者などそうそういるものではない。

 しかし、確実に怪我を負わないゲームの中であれば、武器が持つ殺傷力というアドバンテージが失われてしまうように思われたのだ。


 だから、男の判断は正しい。

 ただ普通に要求されれば、ラックラックが意地を張ってしまうことはなかったかもしれない。


 だが、提示された条件は『店を賭けから外す事』。これが、ラックラックには我慢ならなかった。


 息の詰まるような勝負を望むラックラックに対して、あまりにも非礼である。

 どうせその程度の人間であると判断された事が、どうしても我慢ならなかった。


 これから変わろうという少女に、お前はどうせその程度なのだと突きつけたのだ。


 なにより、これを受けてしまえば元の木阿弥である。

 変わろうというラックラックの意思に反する行為だ。もう二度と、彼女は同じ場所に立てなくなるかもしれない。


 だから、ラックラックは叫んだのである。

 勝負を今すぐ始める事にではなく、店を賭けの対象から外す事に対して。


「『無条件で勝負を始める』!!」


 先ほどまで取り繕っていた雰囲気も、店側の人間であるのだという態度も、全てをかなぐり捨てての宣言である。


 現状では相手の戦力の方が上回っていると分かっていながら、それでも引き下がる事を許容できない。

 交渉フェイズの敗北を受け入れてでも、宣言する必要があったのだ。


「ら、ラックさん!?」


 普段は冷静なハクアも、ラックラックの奇行を見て驚愕を隠せないでいる。

 一見すれば自滅行為であり、この店が賭かる以上見過ごす事などできないからだ。


「撤回して下さい! 無茶苦茶ですよ! 何をそんな……!!」


「いいえ、今すぐ始めるわ! 店を賭けて!」


 何よりも勝利したかった交渉フェイズを投げ打ってでも下した決断である。

 当然はいそうですかと覆す事などできはしない。


「俺は別に構わないぜ。負ける気しねえし」


「何だと吠え面かかせてやらぁ脳筋野郎!!!」


「落ち着きなさい!!」



 ◆



 ハクアは、今にも噛みつきそうになるラックラックをどうにか引き摺り、男から引き離す。


「失礼! 作戦会議です!」


「ふん、好きにしな。説得は無理そうだがな」


「ガルルルルルル!!」


「落ち着きなさいって言ってるでしょう!!」


 二人は男から離れ、ホールの隅に移動する。

 いくらラックラックが小柄といっても、暴れる人間を引きずるのは大変な重労働であった。


「聞きなさいラック……! この勝負は負けられないんです! 貴女の感情で不意にしていいものじゃあないんですよ……!」


 周りには誰もいない。

 暴れる少女を遠巻きに眺めているだけだ。


 そんな時、ラックラックがボソリと一言呟いた。


「……勝つわよ」


「え……?」


 その顔は、いつものラックラックだった。

 怒りに震えるものなどではなく、どこにでもいる普通の少女のもの。

 しかし唯一、自信に満ちるその目だけが違っている。年頃の少女が抱える悩みも、将来への不安も、単なる楽観とも違う。ただこの勝負のみを見据えた、勝利を確信している瞳だった。


「貴女……」


「やってやるわよ!! 離してよハクアさん!! 私はこの変な色のジャケット男をぶちのめさないといけないの!」


 一瞬後には、もうそんな様子はなくなっていた。

 わがままを通そうとしている少女だ。とてもではないが、店の運命を任せられるはずがない。


 しかし——


「分かり、ました……」


 ——ハクアは手を離す。


 一瞬だけ垣間見たその瞳に、説かれてしまったのだ。

 一体どのように勝利するのか、皆目検討もつかない。しかし、勝利する事だけは確信している。


「行ってきて下さい」


「言われなくても!」


 全身で怒りを表しているラックラックには、頼もしさの欠片もない。このまま戦えば、見るも無惨な様子で玉砕してしまうだろうと誰もが確信するような出立ちである。

 しかし、ハクアはそう思っていない。それ程までに、あの目には力があった。


「さあ、始めるわよ!」


「待ちくたびれるところだったぜ!」


 怒りのままに、ラックラックは男を指差す。

 どう転ぼうとも、後一時間もせずに決着がつく。


 ライラックショットの命運が、たったそれだけの時間で決まってしまうのだった。



 ◆



(馬鹿が……!)


 男はほくそ笑んでいた。

 この状況で、負けるはずがない。


(ナイフ、手袋、防刃ベスト……これだけなら、充分対応できる! 後少し何か足されたら分からないが、これなら何も問題はない!!)


 自信があった。現実では受けを失敗するだけで出血は免れない刃物も、このゲーム内では訳が違う。怪我をしないと定められている以上、それは現実と同じような脅威とはなり得ないのだ。


 初めは、ラックラックが卓越したナイフ使いである可能性を拭えなかったために勝負には出られなかったが、そうでないのならば何も問題はない。


(黒チップを蹴った理由が手袋の方なら、ナイフはカモフラージュだろう。素人のナイフなんか怖いもんか)


 何故ラックラックがあれほど怒ったのかは分からないが、しかし勝負に乗ったのならば問題はない。

 金だけもらえれば構わないと思って店を賭けから外そうとしたが、結局店も手に入るというだけの事でしかないのだから。


「今から、私達はフィールドに転送されます……!」


(めっちゃキレてる……)


 辛うじて敬語は元に戻ったラックラックだが、その口調は男への敵意を隠そうともしない。


「転送された時点からもうゲーム開始です! ゆっくりする時間はありませんからね!」


「オッケーオッケー、早く始めようぜ!」


「瞬殺してやるからなカエルジャケット!!」


「落ち着きなさいラックさん!」


「覚悟を……!!」


 賑やかな会話を待つ事なく、ゴールドラッシュのシステムは転送を開始した。

 まるで動画を途中で停止するかのようにプツリと切れた言葉を聞き、男はあらかじめ説明のあった空間へと移動した。


 勝負、開始である。



 ◆



「……っと、まずは現状確認」


 男は、周りを見回す。

 なにせ、全く正方形の部屋なのだ。一眼見ただけでは方向も分からず、どちらが相手の陣地なのかすら把握できない。


「えぇっと正面と右と左は壁で、後ろは……?」


 違和感。

 四方全てが壁にしか見えないのである。このままでは、進む事ができない。


(あ? ゲームの不備か? いや、でもマップデータは確かに正常だったしな……)


 ゴールドラッシュのAIが判断した以上、ルールに矛盾は起こらない。

 例えば、記載されているマップデータと実際に転送されるマップに差異などできようはずもないのだ。


 しかし、男が見る限り四方は完全な壁である。データではこの中のどこか一方の壁が半分だけ通れるようになっているはずなのだが、そういった様子は全く見受けられない。


「一体、どういう……?」


「あんたの負けってことよ!」


「——!?」


 振り向けば、そこにはラックラックが立っていた。

 そして、驚愕して硬直する男の顔目掛けて、渾身の拳を振り抜いたのである。


試合終了(ゲームセット)。勝者、ラックラック』


 ゴールドラッシュの機会音声が響く。

 疑う余地もない、男の敗北である。

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