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エリアスティール 勝負2

(バレたぁああ!)


 防弾ベストの罠。

 相手を侮り、たかを括り、調子に乗って弄した策がこの有様である。

 さらっと言えば、割と気が付かないと思っていた。


 表情が固まった事は幸運だろう。相手に、動揺を悟られる事がない。


 いくつか考えていた策の中の、最初の一つが覆らされた。無論、これだけで打ち止めというわけではないものの、考えた全てを試せるわけではないだろうという事を思えば、頭を抑えられた事は痛手であると言わざるを得ない。


(キレる! 特別頭がいいわけでも機転が効くわけでもないけれど、とにかくキレる!)


 そう、あるいは勘がいいとも言う。

 男は決して頭脳明晰というわけではないものの、その()()に関して言えばアンナレストにも引けを取らない。


 ラックラックが知る人物の誰とも異なるタイプのギャンブラーである。


(おお、落ち着け! 作戦はその四まで……その三まで? とにかくあといくつかある!)


 苦戦は、ラックラックの望むところである。

 ならば、この場でするべき事は慌てふためく事ではない。



 ◆



 黒チップ1枚という大金を蹴ってまで、ラックラックはナイフと手袋を手放さなかった。

 詰まるところ、ラックラックにとってはその二つは黒チップ1枚以上の価値があるという事だ。


(女狐め)


 それを、白チップ1枚だとか、役にも立たない防具なんかと引き換えにしようとしたのだ。

 釣り合いの取れない交換条件。それが判明してなお、すまし顔を崩しもしない。


(防弾ベストに気が付いたのは運が良かったな。昨日YouTubeの動画で見て助かった)


 サバイバル系の動画を投稿しているアカウントだが、刃物の扱いについての内容だった。

 「へぇ、防刃ベストなんてもんがあるのかぁ」と思ったものである。男は、そんな事すら知らなかった。


 もしも気が付かなかったのなら、不充分な金額で無意味な条件を付けられていたのだ。

 いくら肉体差があろうとも、勝利は難しかっただろう。


「じゃあ、『貴方は、一部屋分進んだ位置から始めてもいい』。そして、『その代わり、私を目撃して五秒間はその場所から動かない』。どうでしょう?」


「あぁー、なるほど。そうきたか」


 また、新しいパターンでの交渉だ。

 考える事が増え、だんだんと頭が痛くなってくる。

 しかし、既に白チップを2枚も賭けてしまった以上、敗北など許されるものではない。


 まず考えなくてはならないのは、ラックラックの実力である。

 このゴールドラッシュがゲームである以上、見た目からは判断がつかないものの、今までの言動から察する事は可能である。


(例えば、是が非でもナイフを使おうとしている)


 ナイフと手袋が、黒チップと引き換えになるほどの武器だろうか。交渉はまだ続くのだから、黒チップを取ってナイフを諦める手もあった筈なのだ。

 つまり、ナイフはラックラックにとって代え難い武器。

 これ一つを十全に使えるだけで、男を制圧できると判断しているという事だ。


(実際、ある程度慣れた短刀使いだとすれば厳しい。少なくとも、素手では辞めておきたいよなぁ)


 刑事ドラマや格闘漫画なんかでは武器を持った素人を素手で取り押さえるシーンも多いが、アレはかなりの誇張表現と言わざるを得ない。

 ゲーム上で考えればまた都合が違うのかもしれないが、それでも無策で制圧できるほど実力差があると考えるのは楽観視しすぎだろう。


 その上で、五秒の不利をとる。

 とてもではないが許容できるものではない。


「断る」



 ◆



(バレてるっぽいかなぁ……?)


 ラックラックに駆け引きというものの経験はない。

 なので、このゲームを考えた時点から様々な策を一緒に考え、どうにかこうにか読み合いの真似事をしているのだ。


 今の要求の中に含まれる罠は、『五秒の間に駆け抜けてしまう』という手段を意図的に伏せているという事。

 これもまた、代わりとして提示した条件が全く意味をなさないものである。


 部屋一つにつき、10メートルである。

 つまり、相手のいる空間を走り抜けるには、わずか10メートルだけで事足りるのだ。

 相手が五秒も身動きが取れないのならば、何の障害もなく通る事ができる。相手のスタートが陣地からだろうと、一つ進んでいようと、そこに違いなど生まれない。


 だが、どうやらその事も気がついたようである。


「五秒は長過ぎだぜ。なんなら一秒もやらん」


「そうですか。残念です」


 明らかに、看破している言動。

 ラックラックは、キレものであるという認識をより強める事となった。


「俺もそろそろ武器が欲しいな。『手を保護するアイアンナックル』、これを付ける。『代わりに、白チップを2枚賭ける』。どうだ?」


(……やはり、油断ならない)


 ここにきて、白チップでの交渉。

 これは、これ以上ラックラック側に有利を取らせないための策略だろう。


 チップを賭けさせるという行為は、交渉材料の中で唯一反故にできるのだ。

 もしも勝利する事が出来たならという前提付きではあるものの、しかし敗北しない限りは伴わないリスクだ。


 勝利する事を前提として考えるのならば、実質的にノーリスク。

 つまり、この要求は自信と計算高さの表れである。


 だが——


「分かりました」


 受ける。


 そこまで自信を表されれば、引く事などできない。

 ラックラックもまた、勝利するつもりで挑んでいるのだから。



 ◆



(めんどくせぇからチップ賭けでいいや)


 アレをして、コレを考慮して。

 男は今、疲れていた。


 考える事が増え、どんどんと頭が痛くなり、とうとう面倒になってしまった。

 求めるために何を代えさせるかなんかを考える事が嫌になり、結局一番簡単なチップ賭けを選んだ。


 それがいい、それでいい。


 一番当たり障りなく、一番利益が分かりやすい。

 先ほどから続く、自分の言動が正解なのか不正解なのか分からない事態。これを嫌った結果、チップ数という明確な数字が出る賭けに出る事としたのだ。


(いや、そもそもチップ賭けるのが普通じゃね?)


 それが、ギャンブルである筈だ。特に、この場はカジノなのだから。


 自らが店を賭けた勝負を仕掛けている事を棚に上げ、男は苛立たしげにラックラックを睨んだ。


(めんどくせぇ事しやがって)


 気持ちの良い大勝負に一発賭け、勝ちも負けもドカンと鳴る。

 男が好むのは、そんな勝負なのだ。


 だから、この勝負には乗り気ではなかった。

 適当にやって終わらせてしまおうと、そんな事を思い始めていた。

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