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エリアスティール 勝負1

 相手に許可された物のみを持ち込める。


 このルールによって、このゲームは単純な肉体勝負ではなくなる。

 一見して無意味に思えるこの取り決めは、まさしくラックラックが望んだ舌戦を生むための仕掛けなのだ。運など、気合など、根性など絡まない、完全な実力勝負である。


(これは……)


 攻めた。


 ハクアは知っている。

 まるで歴戦のギャンブラーのような顔をしているラックラックだが、アンナの助けなくしての勝負はほとんど経験がないはずである。


 それでいての、実力勝負。

 自信などあるはずはなく、冷や汗が出ていない事が不思議なくらいだ。


 わざわざこんなルールにする必要はないというのに、あえてそうしている。これは攻めだ。

 ぬるま湯の勝利など必要ないという、意志の現れだ。


「相手にぃ? そりゃおかしいぜ。許可なんて出すわけねぇだろうがよ」


「ええ、そうでしょう。なので、交渉フェイズです」


「? ……ほう?」


 男は、まだ分かっていない。

 だが、その認識は別に間違っていない。この勝負を肉体勝負とするならば、それが最適解なのだから。


「交渉フェイズとして、私たち二人は互いに条件を出し合います。例えば、『この勝負に白チップを1枚賭けるので、代わりにナイフの持ち込み』を要求します」


「あー……なるほど」


 これが、ラックラックが望んでいた舌戦。


 自らが勝てる塩梅の武器、相手が飲みそうな額の賭け金。それらの匙加減を調節しながら、相手から有利な条件を引き出す。


 ここまでくれば、男もその意味を理解した。

 そもそも、このゲームには賭け金の取り決めがなかったのだ。こうして交渉材料にするのだから、敢えて前提から排除していたのだろう。


「いいぜ、飲もう。じゃあ、俺からは『白チップを2枚賭ける代わりに、白チップをもう1枚賭けて貰おう』か」


「分かりました。では、『そちらに防弾ベストを与える代わりに、こちらは手袋の持ち込み』を要求します。握力補助付きの物を」


「……なるほど、そういうのもあるか」


 交渉材料は、なにも賭け金のみではない。

 あらゆる条件、物品、行動、約束。全てのものが交渉の対象である。


 ラックラックが望む舌戦。

 ラックラックが行う舌戦。

 ラックラックが震える舌戦。

 ラックラックが賭ける舌戦。


 この勝負を終了して初めて、ラックラックは真にギャンブラーとしての一歩目を踏む。


 覚悟を、感じた。

 側から見ているだけのハクアが感じるほどの覚悟が、確かにあるのだ。


 ハクアは見守る。

 ディーラーとしてではなく、仲間として。友人として。

 見ていたいと、確かに思った。



 ◆



(めんどくせぇ……)


 男が思ったよりも、面倒な勝負になってしまった。


 考える事は嫌いである。考えても、正しい答えを出せるとは限らないから。正しい答えが出せているか分からないから。

 1+1が2であるように、たった一つの明らかな答えがあるならばどれほど楽だったろうか。しかし、そんなものが存在する事などそうそうあるものではない。


 だから、ギャンブルが好きだ。

 金が増えれば正解であり、金が減れば不正解だ。

 単純である。明らかである。


 そういうわけで、ゴールドラッシュは男の理想とする世界だ。

 どのカジノに入っても、必ず単純な答えが用意されている。


 だが、マンネリを感じて最近の流行に乗ってしまったのはあまりにも考えなしだった。

 たまには変わった事をしてみようかと思ったのは間違いだ。思っていたよりも、遥かにめんどくさいゲームをする事になってしまった。


「そうだな……」


 ラックラックの要求は、握力補助付きの手袋。

 握力補助機能付きの手袋は、この時代においてはそれほど珍しい物ではない。日用品とは言えないものの、充分に馴染みのある物だと言えるだろう。


 ナイフの持ち込みを思えば、恐らく並行使用を想定している。取り落とせば、逆に奪われてしまう危険性があるからだ。


 ナイフを十全に使えるとなれば、男にとっても油断ならない相手となる。身体能力ならば負ける気はしないが、武器の有無はそれ程の脅威となる。

 刃渡り分のリーチ、触れるだけで発生する損傷。これは、素手には存在しない圧倒的なアドバンテージになる。


 だが、ある程度の損害を許容すれば奪えると判断した。ゲーム内においては痛みを伴わないため、多少傷つけられる事を覚悟すれば取り落とさせる事が可能だろうと。

 これが、手袋によって奪う事が困難となれば、脅威と判断せざるを得ない。


 だから、敢えて防具を許可している。

 防御方法を与える事によって、脅威度を下げようと考えているのだ。

 防具があるのなら脅威ではないと男が判断するように。このくらいの防具ならば渡しても問題はない部分との重なりを攻めている。


(いや、違うか……?)


 違和感。

 ようやくではあるものの、確かに気がついた。

 そもそも、この考え自体が罠である。この要求をこのまま受け入れてしまえば、勝利は大きく遠のく事になる。


「防()ベストだ。それなら許可する」


「……おおぅ」


 繊維や造りについては分からないが、防弾ベストでは刃物を防げない可能性に思い至った。

 そもそも、システム的な補助で銃弾を防ぐように設定されているのならば、当然刃物は素通りとなってしまうだろう。


 つまり、ナイフに対する防御性能は皆無だ。

 この要求は、相手に何も与えていないのに一方的な利を得ようとしたものに他ならない。


「分かりました、そうしましょう」


「ったく、油断も隙もありゃしねぇぜ」


 舌戦。

 それは、男が最も嫌うもののうちの一つだ。

 人の思惑など、明確となる事などないのだから。


 しかし、苦手だと思った事はなかった。

 嫌いであるために避け続けたという意味では下手であると言えるかもしれないが、自分が生まれ持って知能が低いなどと考えた事は一度もない。


 しばらく使っていなかった頭が、今日この時に久々の疲労を感じた。

 彼の人生の中でも、現在は指折りの窮地であるために。


「『黒チップ一枚を賭ける』ッ!」


「……!」


 だから、ここで攻めるべきであると判断した。


「『その代わり、ここまでの交渉でお前が得た持ち込み物を全てなかった事』にしろ!」


「……お断りします」


 男は、笑う。

 確証が欲しかったのだ。


 これで、男が勝っている事が明確となった。

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