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 ゴールドラッシュ・オンラインにおけるギャンブルには、いくつかの特徴がある。

 第一に、申し込みの通知は視界に映り込むインフォメーションによって処理される。これは、実際の通貨を賭けて戦うこのゲームは、現実と明確に区別されなければならないという開発者の意向によるものである。

 第二に、オリジナルのギャンブルにはオリジナルの名前をつける事ができる。ギャンブラーのあらゆる要求に応えるための自由度によって、既知でないギャンブルを作る事すらできるためだ。通知にはその名前が表示され、そのインフォメーション内で詳細を確認する事ができる。


 ダックラックの迂闊は、このシステムを理解していなかった事だ。

 すなわち、オーガリィの作ったカードゲームの名前こそが『チュートリアル』。ゲーム内容の説明を目的とした固定イベントとは全く関係がない。


『敗北しました。賭け金が支払われます』


 インフォメーションに、そのような文字が映し出される。


「そ、そんな……それは……つ、つまり……っ」


 ダックラック——愛生(あき)は、決して頭の悪い少女ではない。今回に限って言えば、これ以上になく愚鈍で、あまりにも迂闊なカモの手本のような有様ではあったものの、しかし特別に察しが悪いわけではない。

 事ここに至ってようやくとはいえ、オーガリィの行為と態度の全容を、理解しないまでも大まかに把握する事はできていた。


 彼女は(たばか)られたのだ。


「い……一体……」


「は?」


「このチップは……」


 慌て、自らの所持金を確認する。相手に使うように言われたチップは、愚かにもそのレートを知らない物だった。そんな物を十枚も敗北してしまったのだ。一体どれほどの敗北なのか、恐ろしくて仕方がない。


「……ッ!」


「おやおや、気付いたか」


 当初10,500あったダックラックの所持金は、真っ赤に表示された489,500へと変貌していた。その頭には(マイナス)表記がなされており、それはすなわちダックラックの許容範囲をはるかに超えた負債であった。


「一枚につき5万円分の白チップが十枚だ。きっちり返済してもらう」


「50万の負け……っ」


 払えるはずなど、当然ない。思わず、手札を握ったままの手に力が入る。忠実にカードの感触を再現されたそれは、難なく簡単に握り潰せた。

 元々、遊ぶ小遣いを稼ぐためにキャラクターメイキングをしているような身分だ。そうそう膨大な余裕がある暮らしでもない。そうでなくとも、高校生になったばかりの身で、まさかそんなまとまった資金を用意できるわけなどない。


「む、無理です……払えません……」


 このゲームにおいて、死ぬ者は悲鳴などあげない。死の瞬間を理解などしておらず、気がついた時にはすでに事が済んだ後だからだ。

 自らがすでに命を落としているのだと知った者は、力なくその場で膝を折る。声を震わせ、涙を滲ませ。


 これが、ゴールドラッシュ・オンライン。

 腕力に依存しない強者が、暴力とは違う力を振るう。


「ああ、そうだろうとも。そうだろうとも」


「…………?」


 この時ダックラックの背筋を流れたものは、紛れもなく汗だった。発汗などしようもないメイキングされただけの身体だというのに、恐怖の感情が冷汗をかかせた。よく意識すれば、焦点が微妙にぶれている事にも気が付いただろう。

 この時感じたものは、それほどまでの動揺であった。


 許容量を超える負債が清算されなかった場合は、(しか)るのちに請求がなされる事になる。その時に取り立てた金額から、ようやく勝者へと清算がなされる。しかし、その請求というのも、まさか後ろ暗い者どもが行う金貸しのように、過度な取り立てをするわけではないのだ。知恵と知識と覚悟と、あとは恥を捨てるだけの根性さえあれば踏み倒せないという事もない。

 当然、ゴールドラッシュの運営も、ただ不利益を被る事は望ましい事ではない。あらゆる法的手段をもって、合法的な取り立てを行う事だろう。

 しかし、それでなお、不可能とはいかない。全く、あるいは僅かしか、取り立てられないという事は珍しい事ではないのだ。


 なので、者によっては、今回の一件は大した事なしと感じる事だろう。かかるのは精々、弁護士への相談料金くらいだと。


 ダックラックは、当然そんな事は知らない。助かる可能性が残されている事実を知らないのだから、当然恐れはあるだろう。

 しかし、今感じている感覚はそれとは関係のないものに思えてならない。オーガリィには、まだ何か思惑がある。ダックラックは、何故かそれを確信している。


 なにかある。

 例えば見落とし。何らかの違和があるはずなのだ。

 いや、探すまでもない。何故かと問われれば首を傾げてしまうものの、確かにおかしな点は多いのだ。それがオーガリィの思惑と関係しているのかどうかは分からないものの、確かに違和感はあった。


 例えば、過度なレーティング。

 このギャンブルは、相手がこのゲームを始めた瞬間にしか効果がない。『チュートリアル』という文字を見て、深く考えずに受けてしまう人間でなくてはならないからだ。このゲームに初めて入った人間でなければ、インフォメーションにそんな文字は現れない。

 ならば、オーガリィはダックラックの所持金を知っていたはずなのだ。なにせ初期金額は皆同じなのだから、まず間違いなく11,000円だろう。ダックラックは10,500円だったわけだが、それでも始めた瞬間で所持金に大きな違いなど出ようはずもない。

 オーガリィは、自分が提示した額が到底払えるようなものではないと分かっていたのだ。


 もう一つ言うならば、タイミングの良さ。

 ダックラックが初めて噴水広場に降り立ち、初めに来たインフォメーションが『チュートリアル』だ。まず間違いなく、見計っていなければ不可能なタイミングだ。一日中噴水の前で張り込みをしていたとしても、そもそも誰が初心者なのか判断がつくだろうか。よく観察していれば分かるのかもしれないが、オーガリィはそんな時間もなしにすぐメッセージを飛ばしてきた。

 もしも適当にやろうと思えば、効率が悪い。およそ労力に見合っているようには思えない。


 この、違和感。

 一体どういう事なのか。あるいは単なる偶然か。


(そんなわけない……)


 ダックラックは自答する。

 何かある。その確信を受けて、頭の中を様々な思考が駆ける。


 このゲームでは、死んだ者は叫んだりしない。死んだ瞬間に気がつかないからだ。しかし、さらに愚かしい者は死んだ後にすら気がつかない。ダックラックは、そんな風になるのはごめんだった。


(ダックラック……?)


 一瞬、何かが引っかかる。


(ダック)……ラック……っ)


 寒気がした。やはり自らは死んでいたのだと感じ、再び体を震わせた。


「どうかしたのか? 顔色が悪いぞ」


 わざとらしく、にやけ顔で、オーガリィは問いかける。


「初めから……知ってたの……?」


「はあ?」


 そう、オーガリィは初めから知っていた。恐らくは、こんな騙し討ちの初心者狩りをいつもしているわけではない。せいぜいが数週間程度の期間。その間にカモが来る事を事前に知っていたのだ。その上、名前まで分かっていたはずだ。誰がカモなのか知らなくては、こんな杜撰な計画もない。

 この条件ならば、充分現実的だ。数週間以内に、ダックラック11という名前の初心者がこのゲームに初ログインする。時間を割って何人かで持ち回れば、何日の何時にダックラックが現れても充分に罠にはめる事ができる。


 すなわち、この計画の始まりは——


「この仕事を受けた時から……」


 篠原愛生(しのはらあき)に出された、キャラクターメイキングの依頼。細かな容姿と名前を指定されたあの依頼は、初めからこのための罠だったのだ。それならば、オーガリィが待ち受けられていた事にも説明がつく。なにせ、「いつまでにできるか」と問い掛けるだけで愛生本人からログインする大まかな期間を聞き出せるのだから。

 そして、問題はそれだけではない。

 依頼者は、つまり負債を抱えさせられる事を知っていた。自らが受け取るはずのアカウントが、50万の負債を抱える事をわかっていたのだ。そうなれば、次なる行動は自ずと見えてくる。


 訴訟である。


 ダックラックのアカウントを譲渡するという事は、依頼主に50万の負債を与える事と変わらない。それは明らかな犯罪行為であり、訴えられれば言い逃れの余地はない。

 ともすれば、愛生が受ける損害は50万どころではなくなってしまう。それに加えて、前科がつく。学校も退学になるかもしれない。


「そんな……そんな……っ!」


 まだ持ったままだった手札を、ようやく捨てた。握っている場合などではない。ダックラックの手を離れたカードは、その折り目を目立たせて地面に転がった。

 ほんの少しの空気の流れに影響される、弱々しい紙切れだ。


「おいおい泣くなよ、めんどくせえな。お帰りはあちらだぜ」


 笑いながら、楽しみながら、オーガリィはダックラックを追い出した。暴力的ではなくとも、あまりに残酷な仕打ちだ。相手の名誉と人生を犠牲として、自らは泡銭(あぶくぜに)を掴もうというのだ。ダックラックではおよそ良心の呵責に耐えられないような悪辣な行為でも、何の気兼ねをせずに行える人間が世の中には多くいる。

 世間を知らぬ少女を陥れたのは、善意など塵芥(ちりあくた)程度にしか思わない悪辣漢なのだった。

【本編と関係ない話をするコーナー】

『ゴールドラッシュ・オンラインにおける課金要素』


 ゴールドラッシュのゲーム内通貨には、換金の他にも使用方法がある。

 システムメニューからいつでもアクセスできるマネーショップである。


 内容は、様々な装飾品や家具。多くはプレイヤーが自らのカジノを運営する際に必要になるだろう物だ。


 なお、アイテムとして定義されていないデータ量をそのまま購入する事もでき、キャラクターメイクをするのと同じ要領でオリジナルアイテムを作る事もできる。

 オリジナルのギャンブルをする際には、これらのデータを購入して予め道具を用意する必要があるのだ。


 トランプ、コイン、ダイス(四面から百面まで)は無料アイテムだが、課金によってオリジナルデザインにする事もできる。

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