エリアスティール ルール
何一つ、深く考えてはいない。
相手の男を見て、ハクアはそう思う。
オーナーであるアンナの大立ち回りがネット上で密かな話題となり、こういった手合は多くなった。
カジノへの挑戦という、そうそう目にする事のない劇的な体験が目の前で実際に起こったのだ。自らもと息を巻く者が出ても仕方がない。
そして、男が言うように『この店は挑戦を受ける』という評判も広がってしまった。
事実、一度受けているのだから。
しかし、それをアテにして挑戦されても困る。
アンナとカラスのようにある程度勝負ができる人材などそうそういないし、何より上の許可なしに勝負などできるはずもない。
ハクアは、あくまで従業員としての役割に徹しているだけなのだから。
なので、いきなりラックラックが交戦的な対応をした時はどうしようかと思った。
別にこの店のスタッフでも何でもない人間が、まさか店の命運を握ってしまうなどと思うはずがない。
だが、意外にも上手く事を運んでいる。
相手が愚かしく、容易く、滑稽である事を差し引いても、それは評価すべき点だ。
少なくとも、ハクアが同じ事をしようとしても、同じようにできる保証はない。
(意外……)
この舌戦は拙く、決して褒められたものではない。しかし、それでいてやはり驚愕に値する。
つい先日まで……いや、つい先程まではごく普通の少女だったラックラックが、まさかこの場に立っていられるなど。
ごく普通の少女らしく怖がりで、ごく普通の少女らしく正義感があり、ごく普通の少女らしく非日常に憧れ、ごく普通の少女らしく優柔不断だった。
そんな普通の少女に、できるはずなどないのだ。
まず間違いなく恐れている。
まず間違いなく慄いている。
まず間違いなく震えている。
それでいて立ち向かうなど、できるはずがない。
今ならば、ハクアにも分かる。アンナが、何故ラックラックを重宝しているのか。
カラスから伝え聞いたアンナの計画に、必要となる人材となるかもしれない。
「どうぞ、ご確認下さい」
「…………」
ラックラックが、男にゲームの申請を送る。ルールの確認のためである。
(どんな……)
どんな、ゲームなのか。ハクアには皆目見当もつかない。
相手に確認を取るようなゲームという事は、つまりオリジナルゲームに他ならない。相手が知っているような既存ゲームならば、そんな事は必要ないだろうからだ。
「ラックさん、私にも見せてくれますか……?」
例えばカラスであれば、先日に勝負が行われた『ハーツ』のように、あらかじめアンナから与えられたゲームを持っている。ハクアはその詳細まで知らされているわけではないが、万が一という事で同じようなゲームが複数個用意されているらしい。
勝負は勝ったり負けたりが信条であるアンナは、運否天賦の勝負を望まないのだ。負けられない勝負に対して、負けない策を練る。
万に一つも失うわけにはいかない。アンナが計画する思惑に、このカジノは不可欠なのだから。
あちらこちらのカジノでの勝負など遊びだ。勝ったり、負けたり。それを楽しんでいるに過ぎない。
だが、ラックラックに対してはそんなゲームを用意しているはずもない。
勝負に勝っていいとも負けていいとも思ってはいない。そもそも、勝負などしないと考えていたのだから。
そのラックラックの提示したゲーム。
まず間違いなく、ラックラック自身が用意したものである。自分で考え、自分で作り、自分でデザインした。
本当に、大丈夫なのだろうか。
この店を賭けた大勝負に対するハクアの不安は、言いようもないほどに膨らんでいた。
「ど、どうぞ」
(不安そう……)
相手に対しては取り繕っていたラックラックも、ハクアに対しては本音が漏れたのだろうか。やや言い淀み、表情も硬いものとなる。
ラックラックからデータを受け取り、恐る恐る確認する。彼女の変化は目に見えて明らかだが、それだけで勝利を確信するには至らない。
確認しなくてはならないのだ。その勝負が勝てるものなのか。
「これ、は……」
「おいおい! これじゃ俺の勝ちだぜ!」
男が叫ぶ。
ハクアが困惑する。
事実、男の言葉は正しいのだ。
(どうやって勝つの……?)
そう、思えてしまうような内容なのだから。
◆
「では、改めてルールを説明させて頂きます」
緊張を隠し、ラックラックは笑顔を作る。
このゲーム。実のところ非常に単調単純なものである。
駆け引きも、頭脳戦も、ラックラックには作る事ができなかったのだ。
しかし、だからといって諦めれば、そこから何も変化しない。
頭が足りないのなら足りないなりに使った結果が、今回のゲームである。
「結論から言えば、相手の陣地に入った方の勝利です」
ラックラックが、話始める。
プレイヤー(今回はラックラックと相手の男)は、始めに別々の陣地へと転送される。この陣地は縦横高さそれぞれ10メートル程の正方形でできており、プレイヤーによる違いは全くない。
この始めの正方形がスタート地点であり、守るべき陣地である。
プレイヤーが戦うフィールドは、この陣地と同じ形をした正方形が連なる事で構成されている。
敵と自分の陣地は一直線に繋がっており、間にはどちらの陣地でもない部屋が三つである。
隣の部屋との境目は壁が左右半分だけとなっており、もう半分は通る事ができる。この通路を通る事によって、相手の陣地へと進む事になるだろう。
このフィールド内において、暴行は現実と同じ意味を持たない。肉体への全ての衝撃や外傷とは無効化される。
この時、肉体に与えられるはずだった衝撃や外傷の度合いをゴールドラッシュのAIが判断し、それに応じて後方への移動を強制する。後方とは、自らの陣地方向の事である。
この衝撃や外傷とは、相手プレイヤーから与えられたもののみを指す。自傷や不慮の事故によって起きたものについては後方への移動は発生しないものとする。
また、基本的にフィールド内に武器は存在しないものとする。
「長くなりましたが以上となります」
ラックラックの説明に、いつの間にやら集まりになっている周りの客がうなづく。
小難しい駆け引きも、小手先の技術も絡まない肉体勝負である。このゴールドラッシュの中においては、むしろ珍しい類のゲームと言えるだろう。
「面倒くせぇのがねぇのは嬉しいねぇ。俺そういうのは苦手だからよ」
(見たら分かるわ)
心の中で悪態を吐くも、笑顔は崩さない。
今、ラックラックは理想的なギャンブラーを演じていた。
ルールのインフォメーションに触れれば、マップデータをホログラムとして三次元的映し出す事ができる。
フワフワと空中で回るミニマップに触れる事で、自由な角度で確認するのだ。
一見してただ正方形が連なった長いだけのマップだが、何もない事を確認できるだけでもこれは必要な機能だった。
男はひとしきりマップを見た後、得意げにラックラックへと質問を始める。
「ただよ、“基本的に”ってところが気になりなっちまうな?」
(あ、気付くんだ)
それは、これから説明しようと思っていた事である。
ただ、先ほどから知性を感じさせない男がそれを指摘するとは思わなかった。
「『基本的に武器は存在しない』。お察しの通り、このフィールド内には武器を持ち込む事ができます」
「それが聞きたかった。一番重要だろうがよ」
「申し訳ありません。ややこしいルールは後に回した方が良いかと思いまして」
一番重要。当然その通りである。
素手と武器には大きな隔たりがある事など、考える必要もない事だ。武術の達人だからといって、包丁を持った素人を制圧できるわけではない。相手を下すという一点の話をするのなら、これ以上重要な事など何一つない。
「持ち込める条件はただ一つ。『相手に許可された物』です。それ以外に持ち込める物は、せいぜい衣類といったところでしょうか」
相手に、許可された物。
これこそが、ラックラックが最も望んでいる勝負の肝である。
極論してしまえば、ゲームの開始後などどうなっても構わないとすら思えるほどの。
「では、始めましょうか。交渉フェイズ」
ラックラックは笑う。
恐れている、震えている。
きっと全く楽しくはない。多分全く嬉しくはない。
しかし、この昂りは偽りのない事実なのだった。




