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話術

 ゴールドラッシュにおけるギャンブルの強さとは、勝負強さによるもののみではない。

 それは、相手を誘導する力。手品師(マジシャン)にも、販売師(セールスマン)にも、詐欺師(コンフィディンスマン)にも必要な、腕力の一切伴わない剛力。


 すなわち、話術である。


 ラックラックは、相手の男を誘導しなくてはならない。

 自らの望む形に、不満など出ないように。

 正直に言えば、これが最も難しい。明らかに、露骨に、見るからに有利すぎる状況であれば、間違いなく相手が断ってしまうだろうからだ。


 このくらいが妥当だろうという落とし所を探り、互いに納得し、それでいて明確にラックラックが有利。

 そんな状況を、言葉のみで作らなくてはならない。


 困難である。


 しかし、不可能ではないように思える。

 なにせ、今この状況は、ラックラックが主導権を握っているのだから。


「では、ゲームをご用意……」


「おい待ちな。そっちの用意したゲームは信用ならんぜ」


 このゲームをする上では、当然の考えだ。事実、ライラックショットは元々イカサマカジノだったし、野良ゲームでもイカサマを仕掛けるプレイヤーがいる。

 その警戒なのだろう。ニヤニヤと笑い、してやったりといった感情が見て取れる。


 好きにはさせないと。主導権は握らせないと。

 ハクアも、心配そうな表情でラックラックを見ている。


 だが、この時点で既にラックラックの手中である。


 そもそも、一番の問題はラックラックとの勝負を受けるかどうかである。

 いきなり現れた少女を怪しいと思い、勝負を敬遠される事が最も避けるべき事態なのだ。そうなれば、どれほど用意周到にしていようとも、どれほど勝利を確信していようとも、どれほど覚悟を決めていようとも関係がない。


 なので、そもそも問答を拒絶した。

 まず間違いなく不満が出る言葉を発し、相手から拒絶を誘う。本当ならば問答になりかねない事よりもあとで別の問答が発生するならば、人間の意識はそちらに誘導されるのだ。


(……って、なんかの漫画で言ってた!)


 拙い記憶、知識、知恵。

 しかし、それによって結果を得られるのなら、何一つ問題にはならない。


「信用……ですか?」


 内心ほくそ笑んでいながら、そんな事はおくびにも出さない。

 あとは、ただ滑稽な男を上手く言いくるめるだけだ。


「そうだ、信用できない。この店でオーナーが勝負してる動画をYouTubeで見たぜ。とんだイカサマ野郎だ」


 ラックラックは、ハクアを見る。アンナがこの店で勝負をしたという話は初めて聞いたが、ハクアが反論しないあたり本当の事らしい。


「変なゲームをやらされたらたまったもんじゃねえぜ」


「はぁ、そうですか……」


 得意げに、自信ありげに、男は言う。

 ともすれば、誇るかのように。

 しかし、その様子はあまりにも滑稽だ。何より、ラックラックの手中である事に気が付いておらず、むしろ見下そうとすらしているのだから。


 そもそも、この問答はラックラック自らが始めた事である。

 つまり、問答があっても問題にはならないと判断したのだ。


 そんな事も分からずにいる男には、ラックラックも呆れてしまう。

 当然そんな事を口に出したりはしないが、態度に現れてしまってもそれは無理からぬ事だろう。


「では、ゲームはどうしましょう?」


「そうだな……対等な、フェアな、平等なゲームが良いな……」


 そこから、考える素振り。どうせあらかじめ用意したゲームを提案するのだろうという事が見え見えだ。


「つまり、貴方がゲームを提案すると。そういう事でよろしいですか?」


「あぁ? まあ、そうなるな」


「…………」


 ため息を出さなかったのは、ラックラックにしては上出来と言える。それほどに、男の言い分は馬鹿馬鹿しいのだ。


 既に周知ではあるものの、改めて、相手が用意するゲームを警戒するなど当然の考えだ。しかし、実際にそれを指摘する者は少ない。ラックラックが出会った中には、たった一人もいなかったくらいだ。

 それは何故か。

 簡単な事だ。そもそも、自らが用意したゲームも、相手に信用されないだろうからだ。


 そうなれば、結局はどちらかが信用のできないゲームをする事になる。どちらかが相手の考えを読む側となり、後手に回ってしまうのだ。

 信用ができないと口にする事は、つまり後手に回りたくないという宣言に他ならない。そうなっては勝てないと思っていなければ、出ない言葉なのだから。


 そんな弱気を相手に見せ、あまつさえ優位に立っているかのような態度でいる。

 とてもではないが、利口とは言えないだろう。


 そして、何よりも自分の立場を分かっていない。


「オーナー不在という状況で挑戦を受け入れ、更には相手が用意したゲームで勝負しろと、つまりそう仰っているのですか?」


「そ、そうだ……」


 言葉にされて、ようやく自らの態度に気が付いたらしい。


 ゲームへの不満ならまだしも、完全な拒否。

 ゲームの提案ならまだしも、用意している。

 対等な勝負ならまだしも、挑戦者の立場で。


 全てが、あまりに厚かましい要求である。

 まさか、これを全て許容する事などできるはずもない。脅すでもなく、交換条件をつけるでもなく。


「だ、だが信用でき……」


「確認しますか? ゲームの内容」


「……っ!」


 これを言えば、返す言葉などなくなる。

 内容の確認とはすなわち、その正当性の確認である。これをして許容する事はつまり不正をないと自分自身で保障したに等しく、これを断る事はつまり不正を看破できないと告白したに等しい。


(できれば、もっと強い人が良かった……)


 相手への不遜を鑑みず、ラックラックはそう思った。


 ラックラックがゲームを提案する際、男がゲームを提案する際、そのどちらか片方でも繊細な交渉を試みていれば、これ程たやすく御しきれなかったかもしれない。

 信用できないなどと口にしなければ、自分が提案するなど言わなければ。


 ラックラックが望む舌戦とは、そういうものだった。

 相手に自らの条件をどれだけ飲ませられるか。自分ならどれだけ譲歩しても勝てるか。そういうものだ。


 だが、どうやらそんな事をする必要はない。

 ラックラックの要求は、ほぼ完璧に通ってしまうだろう。


「……あぁ、っと……ええと」


 しどろもどろ。


 ある程度間をおけば、愚かしい男にも状況が理解できる。

 周りには、どうやら何かあったらしいと気が付き始めたお客が野次馬として集まりつつある。

 この中では、横暴な態度で正当性を無視する事はできないだろう。そんな事をすれば、たちまち晒し上げられてしまう。

 オンラインゲームを遊ぶ上で、最も避けなくてはならない事のうちの一つだ。


「い、いいだろう! だが、中身を見てからだ!」


「御意に」


 ラックラックは、落ち着き払った態度で申請を飛ばす。

 この時点で、ラックラックの勝利は確定した。

【本編と関係ない話するコーナー】

『なんかの漫画で言ってた』


 とある漫画で登場した詐欺師が『主題を逸らして相手の意識を誘導する』といった類の事を話していた。

 しかし、本筋に関わりが薄い部分だったため記憶が朧げであり、細かい事は覚えていなかった。

 だからちょっと話の逸らし方が拙い。

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