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ヨット 勝負1

「配信? いいねぇ」


 リスナーの反応を気にするガマを見て気がついたらしいアンナが、ニコニコとした表情で問い掛ける。


「そうだよ。あぁ、もしかして嫌い? 最初に断っておくべきだったね」


「いやいや、別にいいんだよ〜」


 出会ってからずっと笑っているアンナは、ひどく不気味に思えた。例えば、今この場で顔を殴りつけても笑って対応しそうな雰囲気とでも言えばいいのか。いくらそれが極端な話であるとはいえ、アンナが纏う雰囲気はまさしくそれなのだった。


 警戒。

 負けるはずはないにしても、恐ろしいという感覚は拭えない。



 ◆



「まずは、五つのサイコロを使う。持っていなければお貸しするけど?」


「じゃあ、一応お借りしようかな」


 ガマは、イベントリからサイコロを五つ、アンナに譲渡する。


「ゲームが終わったら返してね」


「オッケー、悪いねわざわざ」


 自らのイベントリに移ったサイコロを取り出して、アンナは試しに転がす。

 出目は6、3、1、3、4。二度三度と同じような事を繰り返し、どうやら五度目で満足がいったらしい。


 問題がない事を確認すると、システムボイスがゲームの開始を宣言した。


『オープン・ザ・ゲーム』


『ターン1、アマガハラ・ハイシンチュー』


 先行はガマ。

 二人の間に半透明な器が現れる。この中に、サイコロを振り入れるという事である。


「配信中だから、冗長かもしれないけど説明しながらやるね」


「りょーかい」


 ガマの視界には、リスナーの反応がいくつも流れる。視界を阻害しないように設定をしているが、やはり気にはなるものである。

 その反応の中に、『ルールが理解できるか不安』だという類のものが見て取れた。勿論、意味がわからないままに話を進めるつもりは毛頭ない。


「ありがと。じゃあ、まずは、この器の中に五つのサイコロを転がすんだ」


 リスナーからは、『助かる』『理解あるお相手みたいで安心した』『アンナちゃん可愛い』といった反応が窺える。

 概ね、掴みは悪くない。


「サイコロは二回まで振り直しができて、出目が決まったら次は役を決める。本当ならたくさんの役があるけど、今回は簡易版という事で三つだけにしておこう」


 ガマの出目は1、2、5、5、5。

 二度の振り直しで、5を三つまで揃えた。


「今回は『マッチ』にしておこうかな。この三つの役は一回ずつしか使えなくて、全部使うとゲーム終了だ。最後に点数を比較して、勝ち負けを決定する」


 三つの役。

 出目の合計が得点となる『トータル』。

 同じ出目が出た場合、その最も大きな数字のサイコロの合計が得点となる『マッチ』。

 連番となっているサイコロの合計が得点となる『ナンバーズ』。


 ガマの出目は『マッチ』の他にも、『トータル』と『ナンバーズ』に当てはまるが、今回は『マッチ』を選択した。

 この場合は5の合計である15点が加算される。


 『トータル』ならば18点なのでその方が高いが、3点程度の加算では利が少ないと判断した結果である。


「じゃあ、次はそっちの番だね」


 器の中からガマのサイコロが消え、イベントリに移動する。


「あと一個で20点だったね。大台だ。惜しかったんじゃない?」


「? まあ、そうだね。でも、仕方ない事だよ。運だからね」


「そうね……運、よね。さて、今日の私はツイてるかしら?」


 アンナが、サイコロを転がす。

 一つずつ、ゆったりと、とても優しく。


 サイコロ同士がぶつかる事すらなく、一つずつ転がって静かに止まった。出目は3、3、1、4、6。


「……ツイてないようだね」


「さぁ? まだ分からないよ」


 アンナは3のサイコロを残して振り直す。一度目は2が二つと1が一つだったが、二度目の振り直しでは3と4と5を出した。これで出目は3、3、3、4、5である。


「『ナンバーズ』にしておこうかな」


 連番の出目の合計が得点になるので12点だ。

 今一歩、ガマに出遅れた形となる。


「ふぅ……あっぶない。もうちょっとで負けちゃうところだ」


「負けるところ?」


 わざとらしく額を拭うガマに対し、アンナは笑いながら問い掛ける。全く崩れない少女の微笑みは美しくありながら、しかしそれでいて恐ろしくも見えた。


「まるで、もう勝ったみないな言い方ね」


「あぁ、そっか。言ってなかったね」


 今度は、ガマが笑う番である。

 このルールも、このゲームも、この配信も、全ては勝利を確信していたがために行なっているのだ。


「僕はね、()()()()()()()()んだ」


「……へぇ」


 初めて、アンナの目が細められた。

 口元には未だに笑みが湛えられているものの、しかしその実態が単なる微笑みでない事は明らかである。

 ようやく、この瞬間から勝負が始まるのだ。ただ楽しもうとしていた今までとは、ただ遊んでいた程度の今までとは、全く変わってしまった。


「この為にすっごく練習したんだ」


「ほほう、そりゃ凄いね」


 肩を竦め、アンナはやはり笑う。

 ガマのリスナーからは、『驚いた』という類の反応が見られる。『努力家だ』『必勝法じゃん』。

 なるほど、それができるのなら、確かにこの勝負は必勝だろう。


 もちろん、できるのならの話だが。


 アンナの反応は、そんな感情が如実に現れた結果である。


「証拠に、次の出目は2から6までの連番を出すよ」


 なんの事はないという風に、ごく当たり前だというように、ガマはサイコロを取り出す。

 一つ、一つ、見せつけるように。


 手の中に落とされた五つを握り、手の平を下に向けた。第一関節から逆順に広げていった指は、最後にその先を伸ばした事によってようやく開かれ、五つのサイコロを器の中へと落とす。

 カラカラという小気味のいい音を立て、五つのサイコロは器の中を転がった。しかし、正方形という形状である以上、永遠に転がり続けるはずなどない。サイコロは、すぐに止まった。


 出目は、2、3、4、5、6。

 紛れもなく、宣言した通りの結果である。


「ほらね」


 得意げに笑うガマの視界の端には、盛り上がるリスナーからの反応が見て取れた。

 ヨット。

 互いにサイコロを振り合い、最終的な得点を競うゲームである。


 五つのサイコロを振って出目を確定する。

 確定した出目に役を付ける。

 一度付けた役はそのゲーム中ではもう使えない。

 そして、全ての役がなくなった時、その合計点数で勝敗が決定するのだ。


 本来ならば多くの役が存在するが、今回は道端で行う簡易版という事で、より単純で手早く終わるように役は三つというルールとなっている。


 出目の合計が得点となる『トータル』。

 同じ出目のサイコロの合計が得点となる『マッチ』。

 連番となっているサイコロの合計が得点となる『ナンバーズ』。


 サイコロは二度まで振り直しができ、その際は必ずしも全てのサイコロを振り直す必要はない。

 また、二度目の振り直しの際、一度目で振り直さなかったサイコロを改めて振り直す事も可能である。

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