初心者
「ヤホヤホ、今日も楽しくガマさんだよ。じゃあ、今日もゴールドラッシュ・オンライン。やっていきましょうかね」
ガマがゴールドラッシュの配信を始めて一週間。
今はまだ、健全にゲームを遊んでいるのだった。
……そう、今はまだ。
「えー『昨日2万すった人チーッス』。勝率は六割くらいだから実質勝ちだよ。『賭け金の足しにしてください』。お捻りありがとうございます! 『一回デカく負けたら勝ちは全部チャラなんだよなぁ』。うっせ」
早速流れるコメントに適当な反応を返し、ガマはゴールドラッシュの世界に降りる。
ほんの一週間だが、ガマはこのゲームの本質を既に理解していた。
MMOでありながらRPGではないこのゲームは、ゲームとはいうもののクリアを目的としているわけではない。ストーリーはなく、クエストなどのシステムも存在していないのだ。
あるのは、プレイヤー間で行われるギャンブル勝負。いわば、PvPを前提とした対戦ゲームである。
端的に説明するのなら、オンラインカジノだ。
もちろんVRという性質上、自由度が従来の比ではないが、本質的には変わらない。
「んじゃま、そろそろやっていきますか。今日はちょこっとやりたい事があるんだよね」
◆
ゴールドラッシュでのギャンブルは、なにも店でしか行えないわけではない。
むしろプレイヤー間の野良対戦の方がメジャーであり、ある程度スカイレスから離れれば対戦を募集しているプレイヤーを多く見かけるようになる。
今回ガマが狙うのは、そういった者達である。
課金によって手に入れたゲーム内データ量を使用した看板を持ち、声がかけられるのを待つ。看板の内容は、『求ム、挑戦者』。
基本的に待ちというものは、配信では求められない。
何もしない時間など、リスナーには退屈でしかないからだ。
ただ、トークスキルに自信があるのならばその限りではない。空いた時間は小粋なジョークやコメント返しなどに当てるのだ。
そもそも、ゲームなどをせずにただ話すだけの配信をする配信者もいる事を思えば、これ自体はなにも珍しい事とは言えない。
むしろ、ゲームの腕よりもトークによってリスナーを集めているガマの本領とすら言える。
「んー? そう、ちょっと珍しいかもね。ゲーム配信って言えばもっとアクティブに『何々に挑戦!』って感じのやつが主流に思えるし」
流れるリスナーの反応を見ながら、適当に幾つかを拾い上げる。
そこから膨らませる形で、リスナーの興味を惹きそうな話をするのだ。
「でもリスナーのみんなには是非見せたくてね。一週間でこのゲームの真理を見つけた僕を応援してよ」
もちろん、言葉の通りではない。
真理を見つけたなどと大それた事は思っていないし、リスナーを楽しませる事が主目的でもない。
ただたんに、その方がウケが良いから言っているに過ぎない。
言ってしまえば、ビッグマウス。
しかし、だからと言って自信がないのかと言われればそうではない。ガマ自身、勝利は揺るぎないと思っているからこその言動である。
「ねぇ、勝負いいかな?」
「あぁ、はいはい。よろしくお願いします」
ようやく、挑戦者が現れる。見れば、赤い髪の少女が立っていた。
キャラクター名は、アンナレスト。天真爛漫、天衣無縫、唯我独尊。そんな子供らしさを感じさせるような女の子である。
身長から見ると、恐らくは12か3歳くらいといったところか。キャラクターメイクによって調整されているとしても、17は超えないだろう。
しかし、このゴールドラッシュにおいては見た目などなんの意味もない。
不正利用が幅を利かせるこのゲームでは、見た目の偽装など茶飯事だからだ。ガマがかつて遊んでいたMMOでも姿の偽装は存在したが、このゲームほど大幅にまるっきり姿形を変えてしまう様な事はなかった。
ならば、目の前の少女が見た目通りであるなどなぜ言えるだろうか。
あるいは歴戦の猛者。ともすれば凄腕の博徒。少なくともそのつもりで、ガマは心構えをする。
無論、それでも勝てるだけの策を用意しているからだ。
「ルールはこちらで用意したモノを使用させてもらうけど、問題ないかな?」
「ん〜、それは内容を見てからでないと」
「あぁ! それもそうだね! ごめんごめん」
この言動は、明らかに不慣れである。つまりは絶好のカモであり、今後狙われてしまいかねないという事に他ならない。
当然、侮られる事で起こるメリットもあるだろうが、仮に“粘着行為”にまでなっては困るのだ。
つまり、ガマはこの相手を完膚無きまでに叩きのめす必要ができた。
カモではないのだと、完全勝利によって知らしめるのだ。
そして、そのための手立ては既に用意してある。
「このゲームの名前は、『ヨット』。簡単なダイスゲームさ」
微笑み、柔らかな口調で、ゲーム申請を飛ばす。
そのインフォメーションから、ゲームの詳細が確認できるはずだ。
それを読むアンナレストは、随分と熱心な様だった。それもそうだろう。なにせ、このゲームでは不正が横行しているのだから。
たった一週間。それだけの期間ではあるものの、ガマが謀られた事は一度や二度ではない。
例えば路上で、時には店ぐるみで、何をしてでも相手から金を取ろうという姿勢が垣間見えるのだ。
そして何より、それが間違っているという認識がない。このゴールドラッシュは金を稼ぐゲームであり、騙し合い化かし合いは行われて当然。そういった認識が、このゲーム内の常識として存在しているのだ。
対等な勝負を行うのなら、名の知れた店で。しかしその店というのも、そもそもからして不正が見つかっていないだけという可能性を排除できないのだ。
ならば、やはり自分で気をつけるしかない。
カモにされないために、謀られないために、それが唯一の対策なのだ。
だから、アンナレストが注意する事は仕方がないと言える。このゲームで生きていく上では、当然の行いだ。
だが、それでなお足りない。
意味がないのだ。穴の空くほど見つめようと、目を皿のようにしようと、不正など見つかるはずはない。
なにせ、ルールに不備はないのだから。これをそのまま運用する限りにおいては、不正など起こり得ないごく当たり前のゲームにしかならない。
「オッケー、ありがと」
アンナレストは、そう言って申請を受ける。
やはり、不正は見つけられなかったのだ。
「じゃあ、始めようか」
これから起こるのは、対等な勝負ではない。
一方的な、金の搾取である。
【本編と関係ない話するコーナー】
『YouTuberをスコップするアカウント』
ガマの動画をSNSで紹介してバズらせたアカウント『ナガル』。
彼(あるいは彼女)は、YouTuberの紹介以外何も発信しない事で有名なスコッパーである。
定期的に気に入った底辺YouTuberの配信の切り抜きを紹介し、そのYouTuberが有名となった後はまた別のYouTuberを探しに行くストイックなスコップが人気となり、一部では有名な人物である。
傾向として、ゲームの上手さ、声の良さ、話の面白さのうち、どれか一つが“欠けている”者をスコップする。
ナガルが掘り当てた者は多くの場合有名となるので、幾らかの配信のうちにそれらの欠点は克服される。言ってしまえば、“欠点をいずれ克服できるだろうと予想される者”を見つける才能である。
実は愛生の友人である奈美子のサブアカウントであり、彼女は全くエゴサをしないので自分がそんなに有名である事を知らない。
気に入ったYouTuberを紹介する事によって有名になってしまう事は、有名でない事に魅力を感じる奈美子にとってある意味では不幸と言えるのかもしれない。




