配信者
ゲーム配信。
ゲームに興味を持つ者の中で、その存在に触れた事がない者はいないだろう。
あらゆるゲームアカウントがSNSや配信サイトのアカウントと紐付けられる時代において、ゲームのプレイと配信の関係は密接だ。現在販売されている全てのゲームには配信機能が標準で備えられてなおり、正しく誰でも自らのプレイを全世界に発信する事が可能である。
そして、その中でもごく一部の配信者は多くのファンを抱える事になる。
「ヤホヤホみんな。今日も楽しくガマさんだよ」
天ヶ原ミツキ。通称ガマ。
配信歴2年1ヶ月。チャンネル登録者数9,200人。最近になって知名度を増やしつつあるゲーム配信者である。
すこぶるゲームが上手いというわけではないものの、リスナーを巻き込んだ喋りと落ち着いた声で『面白くなくとも楽しい動画』をモットーにして配信している。
「あぁはい、そうだね今日は突発配信。現実でちょいと時間ができたからね、折角だから前からやりたかったゲームをやってみようかと」
配信への接続数が多くなってきた事を確認しつつ、ガマはコメントを読み上げる。時折流れる馴れ馴れし過ぎたり口が悪かったりする言葉を適当にあしらいながらの会話は、なんとも人気配信者気分になれるので嫌いではなかった。
ガマのチャンネル登録者のほとんどは、ここ一年ほどでの新規である。去年の今頃は、まだ登録者数1,000にも満たない小規模チャンネルだった。
それが、1人のリスナーにより拡散され、今に至る。
いわゆる、バズるというやつだ。
ガマ自身ですら驚くほどに奇跡的に噛み合った偶然の連続によって、酷くアクロバットなゲームオーバーを晒した。それがSNS上で拡散され、瞬く間に登録者数が増えた。
最近では配信に顔を出さなくなってしまったそのリスナーには、感謝しても仕切れない。
少し寂しい気になりながら、ガマは新規のリスナーに話しかける。
自分がより有名になる事が、恩返しであると信じて。
「突発でも結構来てくれるね。あぁ、そっか今日は祝日だ」
他愛無い会話だろうと、間を置かずに話す。静かな時間というものはつまらないので、リスナーが離れてしまう原因となるのだ。
些細な事ではあるものの、ガマが配信を続ける中で培った技術である。
「シフトの仕事だとね、日付感覚がどうもね……おっとこれ以上はNGだ。身バレが怖いからな。んじゃ、そろそろ始めますか」
ある程度人が集まった事を確認し、ようやくゲームを開始する。
水晶記憶媒体が一般となった現代において珍しいディスク形式のそのゲームは、黒々とした背景に下品な金色の文字でタイトルが特徴のパッケージに包まれている。
最新ハードの多くでは遊ぶ事もできないほどの旧世代方式であるため、ガマは汎用機器を購入しなくてはならなかった。
(ま、そろそろ買い替えようと思ってたからいいんだけど)
まるでアタッシェケースのような形をしたハードを開くと、内側はフワフワとした物体で埋め尽くされているようだった。公式の情報によると、その柔らかい物体がソフトを隙間なく包み込み、それに対応した読み取り環境を再現する事によってあらゆるソフトウェアに対応するのだそうだ。
フロッピーなどという、ガマではお目にかかった事もない骨董品にすら対応するというのだから驚きである。
「えぇー、タイトルは『ゴールドラッシュ・オンライン』。VRMMOなんだけど、聞いたところによると随分特殊なゲーム設計らしくてね」
配信画面に映像が表示された事を確認し、ガマはベッドに横になる。かつて、配信画面が映っていないままにゲームインしてしまって慌てた経験からの習慣である。
「やりながら説明しよっか。ガマさんも初めてやるから詳しくないんだけどね」
ゲーム初めに降りるのは、やはり噴水広場だ。空は星も見えないほどに真っ暗であるものの、MMOの始まりはこうであると相場が決まっている。
配信者という立場上、多くのゲームに触れた事のあるガマには見慣れた景色であると言えるだろう。
「キャラメイクは例によって終わらせてあるよ。時間かかるからね。どうも凝り性でいかんね」
配信を滞らせないというのも、一つのコツである。多少の不手際が味となってリスナーの心を掴む大手人気配信者と違い、ガマ程度の配信者は細かいところに気を使わなくてはならない。
多少は熱心なファンもいるだろうが、新規層の獲得は死活問題だからだ。
ガマのキャラクターは、中性的な見た目の白髪美少年とでもいうべきだろうか。一見して病弱な、あるいはひ弱な、脆弱な、貧弱な、そんな見た目である。
ガマが作るキャラクターは毎回見た目が違うが、概ねの方向性は華奢な男子という事で統一されている。ガマの声は男性にしてはやや高めであるため、自分に合ったビジュアルを模索した結果だ。
ガマの視界上に表示されたインフォメーションを見て、リスナーはその古臭さに驚いたような反応を示す。
これも、ガマがこのゲームを配信しようと思った理由の一つだ。見るからに奇怪な特徴を持つこのゲームは、きっと積極的な反応が望めるだろう。コメントが賑わいを見せる配信というものは、閑古鳥が鳴いているようなそれと違って新規層も獲得しやすくなるだろうと考えての事だった。
「えー、まずこのゲームの面白いところは、キャラクターには一切のステータスがないところなんだよね。ヒットポイントもマジックポイントもないし、アビリティもスキルも存在しない」
視界上にそれらがない事を指し示してから、ガマはチュートリアルのインフォメーションを操作する。
コメント欄には『変わったゲームだ』という類の反応が多く流れ、その中に一つ『初見です』というモノが見られた。
「はい、初見さんいらっしゃい」
見逃さず、無視をせず、初見のものには必ず反応する。こうして反応を示されたリスナーは、比較的長く配信を見ていくのだ。
「うぅ〜ん、そうだよね、不思議なゲームだよね。でもね、このゲームの一番不思議なところはそこじゃあないんだよね」
ゲーム自体の知名度のためか、あるいはガマのファン層とこのゲームの購買層が被っていないためか、知っているというコメントは一つも見受けられなかった。
「このゲームの面白いところは、『ゲームの中でゲームをする』って事なんだよね」
ゴールドラッシュ・オンライン。
様々なゲームが発売されている昨今でも珍しい、金銭のやり取りのみを目的としたマネーゲーム。ある者は一攫千金の大勝負に心を躍らせ、ある者は二束三文の勝利でその日を食いつなぐ。
あるいは恐ろしいゲームであると、もしくは夢のゲームであると、その二つは間違いなくこのゴールドラッシュを遊んだ者の言葉だ。二つともに何一つ嘘偽りもなく、それでいてこのゲームの本質を如実に言い表している。
このゲームで死ぬ者は、決して悲鳴をあげたりしない。
涙を流し、肩を震わせ、そして膝を折る。嗚咽を漏らすかもしれない、目を見開くかもしれない、しかしそれでも、恐怖のあまり叫び出す事はないのだ。
「じゃあ、さっそくチュートリアルをやってみようか!」
そんなゲームにまた一人、新たなプレイヤーが立ち入った。
果たして彼は、生きるか死ぬか。少なくとも今は、街灯に誘われた蛾に違いない。
汚泥のような黒の背景に浮かぶ下品な金色のロゴが目印のパッケージだとは、公式自身の言葉だ。
ゴールドラッシュ最大のカジノ“スカイレス”への道は、新たな獲物を怪しく誘っている。
【本編と関係ない話するコーナー】
『天ヶ原ミツキ』
ここ一年の間に勢力を伸ばしつつあるゲーム配信者。通称はガマ。
Union Chronicleというゲームの対人戦を配信している時、違法プレイヤーとマッチングしてしまった事が転機となる。
当時ユニクロでは、姿を違えてキャラクター性能を偽る不正が多発していた。
ガマがマッチングしたのもその類いのプレイヤーであり、やはり姿に対してあまりにも不自然なスキル構成をしていた。
具体的に言うのなら、姿は魔法使いのものであるというのに拳闘士のスキルを使用したのだ。
本来、装備などの制限で使用できないはずのスキルが発動されたわけだが、ガマは辛うじてそれを避けた。あまりにも違法キャラクターが横行していたため、その様な対応も身についてしまったのだ。
そして、その一瞬後に随分と間抜けな死に様を晒す事となる。
対戦相手はガマに懐へと入られた事を嫌い、『ステップバック』というスキルを発動したのだ。
これは、予備動作を必要とせずに相手から一歩分離れる事ができる拳闘士のスキルであり、一時的に距離を離したい際に多用される基礎的なものだ。
ただ一つ拙かったのは、この時ガマは相手のローブを踏んでしまっていた。
足元のローブが急に引かれ、ガマはド派手にこける事となる。
スキルによって補助された動作で引かれたわけだから、それはもう盛大なものだ。体が腰の辺りを軸にして、180°ぐるりと回転した。
VR特有のリアリティによって、頸椎を損傷したガマは即死判定が適用されたのだった。
後日、この配信を見ていたリスナーが、この死亡シーンの切り抜きをSNSに投稿。
有名ゲームであった事とあまりにシュールな死に様であった事によって瞬く間に拡散され、ガマの知名度は飛躍的に上がったのだった。




