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買い物

「見てこれ! 可愛っしょ!?」


「あー……んん??」


「何の反応!? アキは?? 可愛っしょ!!」


「私は嫌い」


「あれぇえええ!?」


 かなりリアルな赤色のカエルに翼を生やしたようなキャラクターのキーホルダーを持ち、奈美子が愛生と晴香に詰め寄る。

 三人は、ショッピングの最中である。


「マーちゃんが可愛いって言ってたのに……!」


「それYouTuberでしょうが。もっと自分を持ちなさい」


 友人二人にギャンブルで敗北した愛生は、一つだけいう事を聞く事になってしまった。

 ゴールドラッシュの実情を話す事すら覚悟した愛生だったが、実際に要求されたものはもっと遥かに些細なものだ。


 一緒に買い物をしよう。


 曰く、嫌がる友人の口を無理矢理に開かせる趣味はないのだと。そう言う晴香の横で驚いていた奈美子も、最後には無言で首を縦に振った。

 いい友人を持ったものだと、愛生はつくづく思う。


「……ありがとう」


「何のお礼か知らないけどさ! ありがとうって思うならこっちの味方してよハルカがいじめる!」


「人聞きぃ!」


「あははは!」


 二人はもっぱら、ウィンドウショッピングを楽しむようだった。お揃いのアクセサリーやオシャレな文房具などを見て回るのはいかにも女学生といった風だが、生憎金欠なのだという。

 愛生は数十万単位での小遣いがあるのでしばらく金欠とは程遠いが、見せびらかすようなものではないため二人に合わせて買い物は控える事とした。


「あ、これマーちゃんがやってたゲームじゃん」


「ミナ本当に舌の根乾かないね」


 ゲームショップ。

 かつては子供や熱心なゲームファン向けであったその店も、今では一般層に広く受け入れられている。

 特に、配信などによって日常的にゲームに触れる奈美子には、やはり親しみ深い場所であると言えるだろう。


 奈美子が手に取るタイトルは、『曰く、五月雨の土』。雨が止まない異常気象に見舞われた、五月原町という架空の土地が舞台のホラーゲームである。


「それすごい怖いやつじゃなかった?」


「うん、チョー怖かった。マーちゃんも叫ぶどころか絶句してたし」


「実況者としてどうなの?」


「黙れ、マーちゃんを悪く言うな」


「めっちゃ入れ込むじゃん……」


 店先には流行りの有名ゲームが並べられており、大いに客引き効果を発揮していた。そうして中に入り込んだお客は、知名度はないがコアな人気を持つタイトルへと誘われるのだ。

 愛生はそれほど熱心に様々なゲームをする方ではないため、煌びやかなパッケージを眺めて店内を歩く。キャラクタークリエイターという仕事柄多くのタイトルに触れはするものの、そもそも注文の来ないマイナータイトルには造詣がなかった。


 しかし、そんなマイナータイトルが置かれている棚に、よく知ったゲームを見つける。


「げっ……」


 辛うじて、声はそこで止める。

 しかし、友人二人は愛生の聴き慣れない反応に興味を示したようだった。


「どしたの? アキ」


「知ってるタイトル?」


 店の隅。ほとんど見向きもされないような場所にひっそりと置かれていたのは、『ゴールドラッシュ・オンライン』。

 知っているどころではない。


「あ、いや……なんかムカつく顔してるなってさ」


 愛生が指を刺したのは、パッケージの横に置かれた広告だ。暗くて醜くてどうのこうのと書かれたキャッチコピーの後ろにはスカイレスが写っており、その手前でチャンピオンのカナタというプレイヤーが笑っている。


 公式が運営するスカイレスのトップであるプレイヤーには、広告塔としてのオファーが来るらしい。

 そもそも、こんな違法行為の罷り通っているゲームを宣伝するなど正気の沙汰ではないが、少なくとも一見する限りではこのゲームの異質さなど分からないだろう。


「へぇ、広告塔プレイヤー? 確かにアキは嫌いそうだね」


「マーちゃんの方がカッコいいね」


「そういうの良いから」


 美奈子と晴香が再び言い合いを始め、ゴールドラッシュの話題が長く続く事はなかった。


 最近はギャンブルばかりで、二人と遊ぶ事がなくなっていた。

 確かにあのゲームは惹かれるものがあるが、しかし友人を蔑ろにしてまでするような事だろうか。

 愛生は、ようやくそう思い至った。


 所詮はゲームであり、それで生計を立てる訳でもない愛生が入れ込む理由などないのだ。


(いや、お金は稼いでるけど)


 せめて休日くらいは、学生らしく友人と時間を共有してもいいだろう。

 そんな当たり前の結論に、愛生はようやく辿り着いた。


「マーちゃんを悪く言うなよ!!」


「言ってないでしょ!? 友達の話くらいちゃんと聞け!!」


「…………」


 何より、愛生がいなくてはこの二人がどうなってしまうのかが不安だった。


「ちょっとアキ! 聞いてよハルカがさぁ!」


「私何も言ってないでしょ!? 言ってないからね! アキ!」


「あぁ、はいはい分かったから」


 暫く振りの友人との時間が、面倒でありながら随分と心地いい。

 喧嘩をしていても仲の良い二人の友人の話を半分ほどに聞いて、愛生はその愛おしさを改めて認識するのだった。

【本編と関係ない話するコーナー】

『曰く、五月雨の土』


 物語上に存在する架空の町、五月原町を舞台とするホラーゲームである。


 プレイヤーは、主人公である浅野アコとなり、町の中で友人との時間を過ごす。


 初めの一日はチュートリアルであり、何事もなく友人と他愛ない時間を過ごす。ここで町のつくりを覚えたり、住人と会話したりする。

 翌日からは、雨が降る。この雨は止まず、エンディングまでずっと続く。


 ストーリーが始まると、初日は随分と賑わいを見せていた町が一変する。止まない雨の中に異形が垣間見えるのだ。

 慄いた主人公は町の中を隠れながら誰かを探すと、一人だけ友人の中の誰かを見つける事ができる。このゲームは作中時間で何日にもわたって行われるが、見つけられる友人は常に一人である。

 その友人と行動を共にすると、やがて友人はフラフラとその異形へ誘われるようになる。


 友人は異形との接触により相手の仲間になり、この時点で主人公は操作ができなくなる。恐れ慄いて逃げ出すわけだが、これはイベント行動であり、このあと必ずなんらかのアクシデントに見舞われて死亡する。

 次にゲームをスタートする時は布団から起きるところから始まるが、“この”死亡回数が五回になるとバッドエンドになる。


 しかし、異形との接触がなくともこのゲームで生きたまま一日を終える事は難しい。

 このゲームは操作性に対して意図的に不備が設定されており、ごく当たり前に操作ミスが発生するのだ。フルダイブゲームであるためにコマンドミスは存在しないものの、代わりとして手を滑らせたり足を踏み外したりといった日常的な失敗は無視できない障害となる。

 そして、そういった些細な行動によって主人公は事故死してしまう。

 決して難易度の上がりすぎない塩梅に設定されてはいるものの、唐突に訪れる死はプレイヤーの精神に対して少なくないストレスを与える事となるのだ。

 “この”死亡は異形との接触とは別に勘定され、五回に達すると別のバッドエンドになる。


 異形に見つからずに町を探索すると、この町に伝わる怪異の情報を得る事ができる。

 このゲームの目的は、怪異の情報を一定以上集めて“ある場所”へと到達する事によって達成となる。




五継雨童イツギノアマワラワ

 五月原町に伝わる怪異。雨の日のみ現れる。

 一度現れれば雨の日には必ず現れ、そのたびに子供を一人拐っていく。拐われた子供は翌日に事故死体として発見される。

 大人が近くに寄れば逃げていく程度の怪異であり、一度追い払えばもうその日は出現しない。

 合計で五人が拐われるか、五回追い払えばもう現れないと云われている。五回目の追い払いでは、酷く苦しむ声が一晩中響く。

 また、心臓に右腕を突き立てれば成仏すると云われているが、実際に行った者がいないため詳細は不明である。


『浅野アコの墓』

 主人公はチュートリアルのあった初日に死亡しており、止まない雨を探索する主人公は怪異“五継雨童”である。

 雨は止んでいないのではなく、主人公自身が雨の日にしか現れないのだ。

 町中に見える異形はただの人間であり、一人だけ見つける友人は今まさに自分が死に誘おうとしている対象である。

 追い払われようと五人誘おうと主人公の望むところではなく、このゲームのトゥルーエンドは自ら成仏する事によって達成される。

 町の情報収集によって状況を察したプレイヤーは自らの手で主人公の墓を暴き、その亡骸に右腕を突き立てる事によってエンディングとなる。


 ただし、墓を暴くまでに一人でも誘っていた場合はノーマルエンドとなってしまう。

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