敗北
一体、どこへ向かうのか。
ネオンライトで照らされた街並みは、どうにもちぐはぐのように思えた。まるでロサンゼルスにあるような巨大カジノが見える一方で、西部劇に登場する酒場そのものな建物もある。先ほどまでいた噴水の広場は中世風ファンタジーのようだし、かと思えばSFチックな真っ黒のメカメカしい建物も散見される。
ただ、オーガリィの目的地はその中のどれでもないようだった。建物の隙間を縫うように歩き回り、まるで迷路のような路地裏を抜ける。時には時代劇で見るような地面が露出した道が続いたかと思えば、一度道を曲がればヨーロッパの港町のような光景が広がっている。
しかし、最も不可思議なのはそこを歩く人々であった。
(これじゃあ無法地帯じゃない……)
そこに歩くキャラクターは、一人残らず異様な見た目をしていた。目が三つ、角が生えているなどは序の口で、腕が四本であったり、首が浮いていたり、四足獣であったりしている。明らかな、違法メイキングである。
しかし、そんな異形も、目に映る中ではかなりマシとも言える。なにせ、どれほど人ならざる見た目をしていようとも、それは歴とした生物に相違ないのだ。少なくともそのように見えるというだけで、かなりまともな部類なのだ。
(え、何あれ……?)
ダックラックの視線の先には、頭の形が左右非対称のキャラクターがいた。いや、それだけじゃあない。そもそも肉体の輪郭が滑らかではなく、明らかに歪に隆起しているのだ。
それも、そんなキャラクターは一人や二人ではない。ダックラックが見る限り、両手の指では数えられないほどの化け物が平然と歩いているのだった。
本来動かせるはずもないそんな形状のキャラクターだが、違法ツールを使用する事によってこれを可能とする事もできる。それを使用すると、多くのゲームに標準搭載されている人型補正機能が働かないのだ。
ダックラックほどキャラクタークリエイトに慣れた人間ならば問題ないが、不慣れな者は人の形にする事にすら苦労する。おそらくはそういった輩なのだろう。
昨年の春頃に大手ファンタジーゲームで大量検挙されたはずだが、未だに根絶とまではいかない。
世界的に有名なネズミのキャラクターを模したと思われるプレイヤーが、ダックラックの目の前を通った。ただし、造形は目も当てられないものであり、ペンの持ち方も知らない幼児が画用紙に描き殴ったものをそのまま立体化したかのように歪んでいる。
そして、何よりやたらと大きい。
(……サイズ感大事にして)
具体的には、ダックラックの2倍ほどもある。
初めてキャラクタークリエイトをする者にありがちだが、その大きさをよく理解していないのだ。一生懸命にあちらこちらを引き延ばしたり縮めたりしているうち、全体像を掴み損ねるのだという。
自分の体に合わせたクリエイティングならばそんな事にはならないが、なにせ違法ツールによってあり得ない事をしている輩だ。1からオリジナリティのあるキャラクターを作ろうとして失敗したのだろう。
不可思議な街、異様なプレイヤーキャラクター。
その全てを通り過ぎて、しかし迷いのない足取りでオーガリィは進む。
そしてようやく着いたのは、これまた変わった風景の場所だった。『アラジン』で見たような、と言えば伝わるだろうか。ともかく、それは砂漠地帯に見られる歴史的な建物が建ち並ぶ一角であった。
足元は乾いた砂が舞い、建物は土を整形して固めたような見た目をしている。
オーガリィはその建物の奥、更に垂れ幕で遮られた部屋の向こうへと入る。ダックラックも、少々気後れしながらもその後に続く。
部屋の中は、酷く殺風景だった。
机が一つと、椅子が二つ。あとはランプが四隅に置いてあるが、一つは電気が切れていて、更にひび割れて穴が開いている。その他には窓もない。
たったそれだけの部屋。広さも、まるで警察の取調室のように息苦しい。入り口には扉もないというのに、単なる垂れ幕がまるでぶ厚い金庫扉のように感じられる。
「ここで、始めさせていただきます」
オーガリィは、入口から見て奥の方の席に着く。必然、ダックラックは手前側の席に着く事になった。
「今回はチュートリアルなので、こちらの指示に従って進行してください」
「分かりました」
オーガリィが指を鳴らすと、その鳴らした手の中にトランプが現れた。それはまるで手品のようだが、この場がゲームの中である事を思えばそうではないのだろう。
「ギャンブルに必要な物は、全てゲームが用意してくれます。今回は、このトランプを使った単純なゲームをしましょう」
そう言うと、オーガリィはトランプの山から幾らかを選んで取り出す。
「このギャンブルでは、すべてのカードを使うわけではありません。KQJを取り出す事としましょう」
卓上には、それぞれの柄の絵札が並べられる。KQJがそれぞれ四枚ずつ。残りのカードは、オーガリィが指を鳴らすと消滅してしまった。
「合計で十二枚。これを混ぜ、どれがどの札かわからなくします」
その言葉を感知したように(いや、おそらくは感知しているのだろう)、並べられたカードが裏向きとなって卓の上を不規則に走り回った。ダックラックには、ものの数秒もせずにどれがどの札なのか分からなくなってしまう。
「この中から、三枚選んで自分の持ち札とします。当然、相手には見えないように」
裏向きのカードが、オーガリィとダックラックの前に三枚ずつ並べられる。これを持ち札とせよという事なのだろう。
「自分の持ち札を確認すれば、準備は終了です。あとは、交互に宣言を繰り返して相手の札を詳かにした方が勝ちとなります」
「宣言?」
「はい。交互に相手の手札に何があるのかを予想して宣言します。例えば『スペードのK』といった具合に。ただし、これで正解すれば、もう一度自分の番です」
ダックラックが思っていたよりも、はるかに簡単なギャンブルに思える。それに、長くなりそうもない。カードは全部で十二種類あり、その中の三種類は自分の手札だ。ならば、互いの宣言は九回を超える事はない。
「また、自分の宣言をしない代わりに伏せられているカードを二枚確認する事ができます。コレは自分だけが見て、確認の後は裏向きで戻します」
「なるほど」
追加された特殊ルール。それは一長一短の選択肢だが、ダックラックにとっては概ね望ましく思えた。
これを考えれば、おそらくこのギャンブルはかなり早く終わる。最長でも9回だが、恐らくは5回といわずに。別にこのゲームに入れ込むつもりのない彼女にとってみれば、早く終わらせる事以上に望ましい事などないのだ。
「あとは賭け金ですね。視界にインフォメーションが出ていますね。チップの色を白に設定してください」
(チップを使うゲームなんだ……)
ダックラックは僅かに面倒だと感じるも、どうせ今日以外プレイしないゲームなのでどうでも良いかと思い直した。
「白、ね。えぇっと……これか」
オーガリィが言う通り、視界の端にはずっとそのインフォメーションが出ていた。説明の最中も視界に映り込むので、正直のところ邪魔である。
それに触れるとチップの選択画面が出たので、指示通りに白のチップを選ぶ。
「枚数は10枚くらいにしましょうか。あまり多いと困ってしまうので」
「分かりました」
言われた通りに設定する。チップの色は様々のようだが、イマイチどれがどれだかさっぱりなので助かった。
『勝負の内容と賭け金が決定されました。開始しますか?』
「それは『はい』を選んでください」
言われるままに、『はい』を選ぶ。
そう——言われるままに。
「それでは、手本として私から始めます。よろしいですか?」
「はい」
『ターン1「オーガリィ」』
インフォメーションにはそのように表示される。
本来ならば先行が有利だろう事は予想できるが、ダックラックにはどうでもいい事だった。どうでもいいと、切り捨てていた。
——しかし、それが愚かしい事はすぐさま分かる。なにせ、オーガリィの口角が異様なまでに釣り上がっていたのだから。
「ダイヤのQクラブのQダイヤのK」
『正解。プレイヤー「ダックラック11」の手札がなくなったため、勝負を終了します』
「……は?」
ままならず、敗北である。
【本編と関係ない話をするコーナー】
『Union Chronicle(ユニオン・クロニクル)』
若い世代を中心に人気のファンタジーVRMMO。通称ユニクロ。
プレイヤーはゲーム中に存在する五つの国家(ゲーム中ではユニオンと呼ばれる)のうちいずれかに所属し、様々な活動によってその国家の繁栄を図る救国者という扱いとなる。
国家ごとに多くの特色を持ち、基本的にどの国家に所属しても圧倒的な不利とはならない。
月毎に国家の繁栄度による格付けが行われ、その国家に所属するプレイヤーにはゲーム内アイテムの進呈など様々な特典がある。
ただし、国家同士のバランスは取れている一方、ジョブやスキルの性能差が著しく、数多くの“産廃”が存在する。
また、アップデートのたびに既存の要素が話にならないレベルの追加要素を入れる事で有名であり、環境は常にインフレーションに晒されている。
このゲームはPvP(プレイヤー対戦)に関わるイベントを多く開催しており、そのたびにゲームのバランスの悪さを露呈している。
そのため、違法ツールを用いた容姿の偽装が横行。
自らのジョブを偽る事によって相手に対応をさせないという戦術が環境を圧巻してしまった。
ゲームバランスを取るのが致命的に下手糞な運営も、この事態は流石に重く受け止め、この違法キャラクター制作を先導していたグループはこの作品開始時点から見て昨年の春頃に一斉摘発されている。