ハーツ ルール
ハーツ。
トリックテイキングと呼ばれる種類のトランプゲームの一種である。
プレイヤーは、配られた手札から一枚ずつ場に出してその強弱を競う。この一巡をトリックと呼ぶ。
全てのプレイヤーが一枚ずつ出した時点で、一番強いカードを出したプレイヤーがそのトリックを獲得する。
これを手札がなくなるまで続け、これを1ラウンドとする。
1ラウンドを何度か(多くの場合は誰かが一定点数を下回るまで)繰り返し、最終的な勝敗を決する。
ハーツと名付けられたこのゲームは、点数の減算方式で勝敗を決する。
ハートのカードと、スペードのQを獲得したプレイヤーはそのカードに応じたマイナス点を与えられるのだ。ライラックショットで採用されているルールでは、スペードのQは13点、ハートは一律1点である。
最終的に、その減点が多いプレイヤーの敗北となる。
まだ細かいルールはあるが、概ねはそんなゲームである。
「このゲームは、通常四人で行うものです。どうぞ好きな方をご指名下さい」
「いいのか? 私は自分の仲間を選ぶかもしれないぞ」
オズは、不敵に笑った。
当然、仲間を呼ぶ事など想定に入っている。もしもそれが可能である限り、オズは決して迷ったりしないだろう。
しかし、それをわざわざ忠告するという事実が、すでにその気はないのだという宣言にも思えた。もしもそうするつもりならば、一々口には出さないだろう。
少なくとも、カラスはそうだ。
「構いません。意味はありませんので」
カラスもまた、不敵に笑い返す。
強がっているわけではない。
そもそも、オズが仲間を引き連れていないらしい事を確認したために、このゲームを提案したのだ。客に紛れ込まされていたのならば厄介だが、それには予めハーツを行う事を知っている必要がある。
その可能性は、低いと思われた。
当然、あるいはこの様な事もあるだろうと、予想を立てる事くらいはあるかもしれない。そうなれば、念のために仲間を仕込んでおいてもおかしくはない。
しかし、そうならば、逆に一見して誰も引き連れていない様な偽装をする意味もわからない。もしかしたら、人数が多い方が有利なゲームを提案される可能性もあったのだから。
「ふふ、そうかいそうかい。だったらそこの二人にお願いするかね」
「…………」
特に考えた様子もなく、オズは指差す。
あたかも大した事なしと言わんばかりの態度。しかし、カラスにとっては驚くべき事だった。
オズが指し示したのは、なんとカラスの隣に立つハクア。明らかにカラスに味方するだろうという相手なのだから。
そして、さらに驚くべきはもう一人。
(ラックラック……?)
オズの指の先にいたのは、いつの間にか野次馬に紛れていたラックラックだったのだ。
「よろしいのですか? ハクアはこの店のディーラーですが」
カラスは、ラックラックには触れない。
偶然に選ばれたのであるなら、敢えて口にする意味はない様に思えたからだ。
このままゲームが開始すれば、カラスの圧倒的な有利は揺るがない。それをわざわざ手放すほど、カラスは愚かしくはないのだ。
大して、ハクアはわざわざ言及する。
表面上のフェア精神を見せ、あたかも対等な条件であるかの様に演じているのだ。
しかし、それも必要なかったかもしれない。なにせ……
「構わんとも。存分に協力してくれたまえ」
……オズが、その様に言うのだから。
「君達が何をやっても私に勝てないと、私は証明するんだよ。好きなだけ協力し、好きなだけ手を尽くし、疑う余地もなく負けてもらう」
「……なるほど、ではお言葉に甘えて」
あたかも2対1。しかし、実際には3対1である。
当然、楽観などできようはずもないが、この時点でカラスは自らの勝利を確信した。
「あ、あの、私このゲーム知らないんですけど……」
ラックラックが、不安そうにカラスとオズを交互に見る。
「ああ、問題ありませんよ。あくまで私とオズさんの勝負ですので」
ラックラックに対しても、カラスは敬語を崩さない。
それを見て、ハクアも現状を理解したらしかった。
「ルールは分かった。だが、決めなければならない事はそれだけではないだろう?」
(……ソファが邪魔だから禁止にしとくか?)
「我々にはモニターが見えないよう配慮してもらおう」
客に勝負の様子を見せる為、当然手札はモニターによって公開される事となる。しかし、それがプレイヤーに見えてしまえばゲームとしての駆け引きを大きく損なってしまう。
モニターは急遽表示した為、ルール上に配慮する記載はないだろう。
「なるほど確かに。では、『プレイヤーにはモニターの画面を見る事ができない』。これでいかがでしょう?」
カラスの言葉に、オズがうなづく。それを合図として、ルールの表記にそのままの文面が追加される。
それと同時に、プレイヤーの視界ではモニターを見る事ができなくなった。画面が真っ黒で表示され、映像がなくなってしまったのである。
特定のキャラクターデータにのみ視覚フィルタを掛ける技術は、一般にもよく知られたものだ。未成年者への規制や、スキルによる情報の秘匿などに役立てられている。
「なるほど、問題ない。それと、こうだ。『ゲームに参加しているプレイヤーは、無関係のプレイヤーとメッセージ機能による情報のやり取りをしてはならない』」
「結構。ならば追加で、『プレイヤーは自らの手札と、場に出されたカードのみを確認できる。手札とは、自らが触れているカードの事を指す事とする』」
「妥当だな。それと、『ゲーム中のログアウトを禁止する。ログアウトした場合そのラウンドは敗北とし、全てのペナルティカードの合計に等しいマイナス点を受ける』」
その後も、いくつか取り決めをする。
ハーツを行うのはカラスも初めてである為、この様な意見の出し合いが必要なのである。
「……こんなところか」
「そうですね、差し当たっては」
既に仕込みを終えていながら、カラスは平然と笑う。
そもそも、この負けられない勝負に、運による決着などあってはならないのだ。
まず間違いなく勝利する。
その覚悟と小細工が必要となる。つまりは、より綿密な不正を行った方が勝利という勝負なのだ。ほんの少しの会話ですら、たかだかルールの取り決めであると判断していたのなら、その時点で敗北である。
「では、『ハーツ』。始めさせていただきます」
カラスがインフォメーションを操作すると、トランプの山が中空に現れた。それは1枚ずつに分かれて、プレイヤーの前に移動する。そして、表と裏の確認をとると、再び山の形に積み上がった。
「ご覧の通りジョーカーなしの52枚。裏面は統一的な緑の模様である事をご確認ください。全てのカードが全てのプレイヤーに対して等しい確率で配られる事は、既にルールでお読みになった事と思います。このゲームはディーラーを置かず、ルールに記された文面は全てゴールドラッシュのシステムが保証するのでご安心ください」
カラスが話しているうちに、山札のシャッフルが終了した。このシャッフルが完全にランダムである事もルールで説明されており、不正の入り込む余地は全くない。
そこから一人13枚のカードが配られ、それが手札となる。
賭け金は、『ライラックショット』。オズが勝てば店は彼らの物となり、カラスが勝てば『ライラックショット』に相当するだけの何かを受け取る事となる。
まさしく、一世一代の大勝負。
少なくとも、カラスにとっては人生最大のゲームだ。
(負けては、ならない)
カラスは唾を飲む。
誰にも聞こえないほど小さく。
【特殊な場合の得点ルール】(作中に存在する『ハーツ』のルール説明より抜粋)
『シュートザ・サン』
自分が参加している間の全てのトリックを獲得したプレイヤーは、そのラウンド中に獲得したポイントを全て無効として、それ以外の全てのプレイヤーに−52ポイントの得点を与える。




