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表面張力 勝負1

「は……? はぁ? んん?? いや? ん? ホントの? 何が? いやぁ? わっからないなぁ??」


「気付いてないかもしれないけど、アキって嘘下手だよ」


「馬鹿な!」


 思わず口調が変わってしまうほどに、愛生は驚いた。心底。

 自らはあの深淵で暮らしているのだから、少なくともそうでない者よりも優れた偽証術を持っているのだと驕っていたのだ。


 愛生は、あの時から何も変わっていない。オーガリィに50万を騙し取られた時から、ほとんど何も。

 あるいは、変わろうともがいている最中であろうとも、今現在においては何の変化もないのだった。


 思い出すのは、あの時の事。

 カラスというプレイヤーに対して、アンナがとある計画を話した時の事だ。結局、愛生はその詳細を聞かされなかった。

 信用の差である。その、実力に対して。

 つまり、アンナの計画に組み込むには、未だ未熟であるという事に他ならない。


 変わらないのだと、突きつけられているような気がしていた。


「も、もし、そのゲームに私が勝ったら、何があるの?」


 まさか、何もないわけはないだろう。そうでなくては、受ける意味がない。


「こうしよっか、『負けた方は勝った方の言う事を聞く』。これなら、お互いメリットがあるでしょ」


「なるほど……」


 言う事を聞く、というのは、確かに魅力的に感じる。もちろん常識的な範囲に限るのだろうが、それでも充分に魅力的だ。それならば、何度も詳細を聞かれるという煩わしさから解放されるのだから。

 そして、ゲームならば負ける気がしない。未だ未熟であるといっても、愛生はゴールドラッシュのプレイヤーである。


 その自負。

 その自信。

 それは、そうそう崩れたりするものではない。


「……いいわ、やりましょう」


「そうこなくっちゃ……!」


 二人は見つめ合う。相手を負かすのだと、その目が語っている。

 友人として何度も遊びでの勝ち負けならば競ってきたものの、こうして真剣勝負となるのは初めてである。

 そんな二人を見る晴香は無表情で、二人ほど強い意志は感じられない。しかし、何かを想っている事は確かだった。何も想っていない事など、あり得なかった。


「じゃあ、ルールね。といっても、漫画そのままなんだけどね」


 そう言って、奈美子は財布を取り出す。

 財布から何枚かの硬貨を取り出すと、その中の一枚をコップの中に入れた。

 慎重に、こぼれないように。


「こうやってお金を入れていって、こぼした方の負け。簡単でしょ?」


「確かに簡単。でも、こんな簡単な事で言う事聞くとか言っていいの?」


「アタシはアキを信用してるからね。負けても変な事にはならないでしょ」


「そりゃあしないけど……ちょっと照れるわ」


 面と向かって「信用している」など、そうそう言われ慣れるものではない。しかし、奈美子はいつも平然と言うのだった。

 そろそろ聞き飽きたと感じる愛生ではあるものの、まだ少し頬に熱を感じてしまう。


「あれ? ハルカどこ行くの?」


「お花摘み」


 晴香は短くそう言うと、そそくさと教室を出て行ってしまった。


「めっちゃ早足じゃん。そんなにトイレ我慢してたのかな?」


「さぁ……? 機嫌が悪かったとか?」


「アタシ達の仲の良さに妬いちゃったとか? きゃっ、照れちゃうね!」


「なに馬鹿な事言ってるのよ……」


 ため息一つ。愛生には、奈美子のおふざけに乗るつもりは毛頭なかった。


「コップ、確認していい?」


「ああ、そんな事。いいよ、穴が開くほど見て。穴が空いたらこぼれて負けだけど」


 机に肘をつき、愛生はコップを持ち上げる。既に水がギリギリまで注がれているので溢さないように苦労したが、ともかくイカサマがないという確認は取れた。どこかが欠けていたり、形が歪だったりはしない。

 最近のシリコン製コップは透明度が高過ぎてガラス製の物と区別がつかないほどだが、どうやらその類でもない。


 少なくとも、コップを持ち上げた拍子に意図せず溢してしまうような小細工は存在しなかった。


「もう良いの? 好きなだけ見てていいよ」


「いや、これで良いわ。ありがとう」


 愛生は硬貨を手に取り、特に迷う事もなくコップの中に入れた。慎重ながら、臆病な雰囲気のまるで感じさせない堂々とした態度だ。


「感じ悪いなぁ、肘ついて。でも、絶対負けないかんね」


 同じように、奈美子もさして臆する事もなく硬貨を入れる。水に満たされた中で金属同士がぶつかる音が、小さいながらもハッキリと二人の耳に届く。


(……このゲーム、私の勝ちだ)


 顔には出さないが、愛生は内心ほくそ笑む。つい今し方嘘が下手であると言われたばかりであるために、全力でポーカーフェイスを意識した。

 なにせ、愛生はこのゲームを知っていたのだから。


 いや、厳密には、奈美子が読んだという漫画を知っていた。

 奈美子がコップに水を入れた時に言った言葉は、その漫画のセリフだ。キャラクターの名前を愛生に変えただけなので、すぐに分かった。

 さらにゲームの内容から、恐らくは愛生が思っているものと同じなのだろう。これだけ分かれば、もはや負ける要素は全くない。


 奈美子が次に何をしてくるのか、愛生にはハッキリと分かるのだ。


 漫画の内容を踏襲するつもりならば、まず間違いなく水位の調整を行う。手に隠し持った布や紙などを使うのだろう。事実、この方法を取られたならば、勝つのは非常に困難になる。漫画の中では高度なイカサマ合戦によって辛くも敗北してしまったが、充分に勝利を狙えるだけの策であったと愛生は思っている。


 しかし、それでいて、勝てるはずはない。その漫画の中で負けてしまった通りの方法を、愛生は持っているのだから。


 漫画内で行われたのは、コップを傾けるという方法。常温で溶ける物体を底に噛ませ、溶ければ傾きが正される。気が付かれずに行うために細工が必要ではあったものの、非常に単純なイカサマだ。

 そして、偶然ではあるものの、愛生は何の下準備もなくそれと同じような事ができる状況下にある。


「じゃ、次はアタシの番」


「どうぞ」


 奈美子は机の上の硬貨を一つ手に取り、慎重にコップの水面に触れさせる。

 その水面が、僅かに硬貨に吸い付く。まるで、その物を喰らおうとするかのように。


(やっぱり……)


 その様子を見て、愛生は確信した。


 奈美子は、硬貨の面を愛生の方へ向けている。側面ではなく、数字が彫り込まれている方だ。

 これによって、硬貨の反対側は死角となる。その場所に何かを持っていても見えないのだ。人差し指と中指と親指で硬貨を持っているので、硬貨と親指の腹に布か紙を挟んでいるのだろう。濡らした布ならば水嵩を増やす事ができ、乾いた紙ならば水を吸い取る事ができる。

 つまり、どれほど愛生が余裕を持っていてもギリギリにされ、奈美子がどれほどギリギリであっても硬貨を入れる事ができる。


 自分は絶対に溢さないのだから、負ける事はない。となれば、いつか溢してしまうのは間違いなく愛生である。

 もちろん、その布は硬貨を落とす際、愛生に見えないように素早く隠さなくてはならない。しかし、それなりに練習をすれば難しくはないだろう。

 わざわざコップを自分で用意するような奈美子である。当然、練習だけを蔑ろにするわけはない。見た目が派手であるために勘違いされやすいが、奈美子はとてもマメな性格である。


(でも、ここは泳がせる……!)


 この場で不正を指摘する事は容易い。しかし、それは勝ちには繋がらない。

 奈美子の手を取り、布を取り上げ、ここからは対等な勝負になるだけだ。相手の不正を指摘した以上、自分も平に徹しなくてはならない。自分だけ不正をするという後ろめたさは、間違いなく愛生の精神に影響するだろう。

 そうなれば、勝負どころではない。愛生の嘘を簡単に見破った奈美子の事である。その様子から、同じく簡単に不正を見つけてしまうだろう。


 しかし、指摘しなければどうだろうか。奈美子は間違いなく勝てると確信しており、それが油断となる。であれば、漬け込む隙は無数に存在するのだ。


 故に、静観。

 明らかに不正をしているという確信を持ちながら、愛生は声を出さなかった。


「よし、入った! 次はアキの番!」


「はいはい」


 勝利の確信。

 愛生は、硬貨に手を伸ばす。

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