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友達

 もう学校などというものには慣れたもので、授業よりも肌をジメジメと湿らせる暑さのほうに苦労する。桜の木が彩りを失って久しく、太陽の張り切りようといったら夏の訪れに相応しいありさまだ。

 そんな学校生活の放課後。愛生は、自分の腕を両方合わせた程もあるような巨大水筒を頬に当てて項垂(うなだ)れていた。


 そんな折、いつもの通り話しかけてきた友人は、いつになく不機嫌そうに頬を膨らませているのだった。


「アキ、今日こそアタシらに付き合ってもらうかんね!」


 奈美子が、愛生の机に体重をかける。どこかのネジが緩んでいるらしい机は、派手にギイギイと音を立てた。


「な、何よミナ。藪から棒に」


 愛生は、奈美子の言葉に首を傾げる。何に怒っているのか、全く見当もつかなかった。


「愛生ちゃん、最近ツレないじゃない」


「晴香まで……」


 二人の友人の言葉に、愛生は困惑する。今日はアンナと約束があるわけではないが、しかしゴールドラッシュにはログインする予定だった。

 最近手に入れた活動拠点に顔を出し、多少は働こうかと思っていたのだ。未だにギャンブルに慣れない愛生は、こういった地道な活動によって成長をする。

 少なくとも、本人はそのように思い、行動しているのだった。


 そんな矢先に、友人のこの言葉である。どうにか早めに話を付けようと思うが、二人が簡単に言いくるめられるような相手ではない事も知っている。


「別に二人の事を邪険にしてるってわけじゃないわ。ただ、今忙しくて……」


「それは友達よりも大切な事か? 男か!」


「いや、違うけど……」


 どちらかと言えば、女である。


「じゃあ今日はアタシらと遊ぼう! 昨日のドラマ見た!?」


「ごめん、見てない……」


「マジかぁ!」


「なんでこの流れで普通に会話できると思ったのよ」


 晴香がため息をつく。


 二人の様子を見て、愛生にも少し思うところができた。

 なるほど、確かに近頃(ないがし)ろにしていたかもしれない。家に行ってお菓子を食べたりしていないし、放課後に話す時間も減った。話題の映画を見に行ったりしていないし、休日に買い物へ出掛けたりもしていない。

 二人と遊ぶ事が、極端に減っている。


 しかし、それでいて現状を変える気はまるでなかった。

 ゴールドラッシュの世界に魅了された愛生は、一分一秒でも長くあの場所にいたいとすら思っているのだから。


「実際のところ、なんで付き合い悪くなったの? いっつもすぐ帰っちゃうんだから」


「あぁー……」


 愛生は迷う。言ったものかと。

 愛生自身はあの世界に魅了されてしまってはいるものの、あれが一般的に楽しいゲームではない事くらい理解できる。ここで教えてしまったがために、二人が自分と同じような目に遭う事だけは避けなくてはならない。

 つまりは、借金を背負わされたり。


 そんな風に思うと、素直に答えようという気はしないのだった。


(それにアレ違法ゲームだし……)


 もしも一般に存在が周知されてしまえば、あるいは規制対象となる事もありうる。

 むしろなんで現在規制されていないのかが不思議ではあるものの、愛生としては非常に困るのだった。


「言えないの? やっぱり男なんじゃない?」


「それは違う」


「愛生ちゃん、それは一日も欠かせないほど大事な用事なの? じゃあ、私達はもう遊べないのかな……?」


「う……っ」


 晴香は目を伏せ、だんだんと声が小さくなっていく。最後の方など、愛生はほとんど聞き取れなかった。

 そんな態度をされれば、流石に罪悪感も覚える。そもそも、愛生は友人を蔑ろにしているつもりなどなかったのだから。


「えっと、忙しいのは本当で……でも詳しくは……」


「あ、分かった。ゲームでしょ」


「……っ!?」


「例のバイト。キャラメイクするんだっけ?」


(ああ、そっちか)


 一瞬、バレたのかと思った。

 まさかそんなはずはないと分かってはいるものの、あとほんの数瞬遅れれば声を上げていたかもしれない。


「よく分かったわね」


 どうせ詳しく話すつもりはないのだ。ならば、折角の勘違いに乗っかってしまおうと考えた。


「えぇ、ホントにそんな事? 愛生ちゃんいっつもパパって作っちゃうじゃん」


「ホントだよ〜」


 奈美子と違い、晴香は疑いの目を向ける。

 思わず目が泳ぎそうになったが、愛生が過ごしたゴールドラッシュの短い時間がそれを我慢させた。

 未だに慣れないとはいえ、ラックラックとしての生活は全てが無駄になっているわけではないのだ。


(とはいえ、こんなじゃああの世界で生きていくのは無理ね)


 ゴールドラッシュ・オンライン。

 魑魅魍魎はもちろん、悪意と敵意と害意の跋扈する蠱毒。その中で生きるには、愛生はまだまだ未熟であった。


「リテイクが多くてね。やってらんないわ」


「えぇ、アキの作るキャラ可愛いのにね? アタシの親友の何が不満だっての」


「ハハ、ありがと」


 どうにか誤魔化せたようで、愛生は安心する。これで多少は言い訳も立つだろう。

 もちろん、いつまでも仕事が忙しいなどと言っていては不自然だが、少なくとも次の言い訳を考えるくらいの時間はできた。


「でもさ、あとちょっとくらいは遊んでもバチは当たらないんじゃない?」


「あー、そうね。ちょっとくらいなら」


 そもそも、今日は約束があるわけではない。愛生が行かなくてもアンナに不都合はないのだから、遅れようとも、なんなら行かなくても問題はないだろう。

 ただ、愛生がゴールドラッシュの世界にいたいと思っているだけだ。もちろん、それが一番重要だとも言えるが。


「アタシね、昨日随分古い漫画を読んだのよ。死んだお爺ちゃんの部屋で見つけてね」


「へぇ〜、面白かった?」


「結構面白かったよ。絵が苦手なんだけどね」


 奈美子はカバンの中に手を突っ込み、何かを探している。普段から教科書類は全て学校に置きっぱなしの美奈子なので、学校ではその小さなカバンを開く事はあまりない。精々が、化粧が崩れた時にトイレに行く直前くらいのものだ。

 だから、愛生はその行動が不自然に思えた。会話中に、何を取り出そうというのか。あるいはその漫画を持ってきたのかと思ったが、なんとなくそうではないような気がした。


 そして、その勘は正しい。


(コップ……?)


 奈美子が取り出したのは、何の変哲もないガラス製のコップ。イラストがプリントされているわけでも、会社のロゴマークがあるわけでもない。

 それ自体は何も不思議な物ではないのだが、なぜそんな物を取り出すのかが不明だった。


「その漫画の中でね、面白いゲームをしてたんだわ」


「……ゲーム?」


「そう、ゲーム」


 奈美子は、自分の水筒からコップに水を入れる。その水が縁ギリギリまでになるまでだ。これでは、飲むのに苦労するだろう。


「表面張力というものを知っているかね、アキ君」


「は? そりゃ知ってるけど……」


 表面張力。

 液体が内側に引き合い、表面積を最小限にしようとする力の事だ。これによって水滴は球体となり、コップの縁ギリギリに注がれた水は僅かに盛り上がりつつもこぼれたりしない。


「アタシはね、これで遊びたいと思うんだよアキ君」


「……なんで?」


「そりゃもちろん……」


 奈美子が前髪をかき上げる。彼女の癖だ。奈美子は、本気になる時はいつもこの仕草をする。


 つまり、彼女はふざけていたり遊び半分ではない。


「勝ったら()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……っ!」


 誤魔化せてなどいない。

 それもそうだろう。奈美子は愛生の友人であり、一番の理解者のうちの一人なのだから。

【本編と関係ない話するコーナー】

『随分古い漫画』


 ぶっちゃけジョジョ。

 愛生が最近相手してくれなくなったためにいじけて家に篭っていた奈美子が、久し振りに入った祖父の部屋で発見した。

 時間があったので三部までは読んだ。

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