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ルーレット 勝負2

 絶対にギャンブルで負けない方法というものは、実のところ存在する。

 必勝法のあるギャンブルが存在するというわけではなく、あらゆるギャンブルには必ず勝利する方法があるのだ。ポーカーだろうと、ブラックジャックだろうと、バカラだろうと、そしてルーレットだろうとそれは変わらない。


 早い話が、胴元となるのだ。


 あらゆるギャンブルは、常に胴元が勝利するようにできている。

 一度ずつの勝負では勝ち負けがあろうとも、長期的に見れば必ずプラス収支になるという事だ。


 このゴールドラッシュの世界でも、やはりその考えに至る者は多い。スカイレスの近場に店を構えるカジノのほとんどはプレイヤーメイクのものだし、広義ではラックラックを騙したオーガリィもそうだ。

 ギャンブラーとして不安定な勝負に身を置くよりもはるかに安定した収入となる為、このゲームの最終目標としてカジノの胴元となる事を掲げるプレイヤーも多い。

 それほどに、胴元の地位は魅力的なのだ。


 ライラックショットは、その点ではとても恵まれた店であるといえる。

 スカイレスの膝下などという優れた立地と、開店中は常に数人は客が入る盛況ぶり。同業者からは羨望の眼差しを向けられ、時には恨みすら買ってしまう程だ。


 その盛況に、客に対して明らかに有利なルーレットのルールが影響を与えている事は言うまでもない。しかし、ライラックショットは開店から今までたったの一日も赤字になった事がないのだった。

 怪しまれない為に決して口外はしないが、ライラックショットの利益は外から見えているよりも遥かに大きい。あたかも赤字経営かのように振る舞い、その実態をひた隠しにしている。


 その立役者こそが、カラスというプレイヤーだ。


 彼は、ライラックショットの協力者である。いや、さらに厳密にいうのならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ディーラーの女性は単なる知り合いであり、純利益の一割程度を渡して雇っているに過ぎない。カラスは常に、何食わぬ顔で客側の人間として振る舞っているのだ。


 この客側に紛れた店側の人間こそ、このカジノの肝。明らかに客側が有利なこのルーレットで店側が勝つ不合理の秘密なのである。

 結論から言えば、違法クリエイトキャラクター。あのオーガリィと同じように、彼らもまた特殊な形状のキャラクターを用いて不正を働いている。


 しかし、少なくとも彼らの外見に、不可思議な点は存在しない。オーガリィは眼帯という不自然な格好から看破したわけだが、カラスもディーラーの女性も普通の人間と相違ない姿にしか見えないのである。

 それもその筈。外見を見ている限り、その不思議に気がつく筈がないのだ。彼らのイカサマには、そこまで大掛かりな仕掛けなど必要ないのだから。


 人差し指一本。たったそれだけを、互い違いに交換している。


 もちろん男女の差を考えれば、皮膚などの質感から違和感を覚えられてしまう事もあるだろうが、そんなものは手袋をするだけで解決してしまうような問題だ。

 まず、見つかるわけがない。

 仮に手袋を外すように言われたとしても、キャラクターの一部なので取り外しができないとでも言っておけば言い訳になる。装飾品を付けた状態のキャラクターなどあり触れているのだから。


 そして、このイカサマの仕上げがルールの詳細だ。

 つまり、『球はディーラーの宣言した場所に宣言した確率で入るものとする』。そして、『ディーラーとは球に最後に触れていた者の事を指す。キャラクターが手袋をしているなどの理由によって皮膚接触がなかった場合においても、ゴールドラッシュは接触しているものとみなす』。この二つである。


 まず、球に最後に触れていた者をディーラーとする。

 球を投げる際に最後まで触れているのは人差し指であり、その人差し指はカラスのキャラクターデータだ。すなわち、ゴールドラッシュのシステムはカラスをディーラーであると認識する。

 そして、球はディーラーの宣言していた場所に入る。

 さり気なく球がどこに入るのかを口にする事によって、堂々と自分の好きな場所へと球を誘導できる。口うるさいほどに会話をしていたのは、これを誤魔化す為だ。


 会話に交えて球を誘導するのは想像よりも難しく、カジノを開く前にそれなりの訓練を有した。どれくらい言葉を濁してもシステムは球の誘導であると認識するのかという検証も兼ねて、実に半年もの準備期間の後にようやく開けたのがこの『ライラックショット』である。

 このルールでならば、スカイレスのチャンピオンであるカナタにすら負けるはずはない。それほどの自信が、カラスにはあった。


「残念だったな、こんな時もあるって」


 そんな余裕の言葉は、深い自信から出たものだった。

 負けるはずはないと、勝つに決まっていると。


 だから、これ程までに余裕だった。


 だから、これ程までに油断していた。


「ぁ……」


 ほんの一瞬、誰の声か分からなかった。その場にいる誰もが声の主を探し、そして全員が見つけた。

 誰一人として、見落とさなかった。なにせ、すぐ目の前にいる人物なのだから。


「どうしたの? ディーラーさん」


 余裕の表情と、余裕の態度で、アンナは問い掛ける。その意味を理解した者はこの時点でいないが、しかしカラスだけは違和感を覚えた。

 何がと言われれば答えられないものの、確かに存在する違和感。そこに、ようやく気が付いたのだ。


「えっと……配当を……」


 配当。

 前のゲームでカラスが赤を当てた時のように、この店では当たりが決まった時点でその配当を宣言する。

 もちろん、当てた人間がいないのであれば行われないような事ではあるが、宣言がなされるというのであれば今回は誰かが当てたのだろう。


 そんな風に思った。

 カラスは、楽観したのだ。


「あ、アンナレスト様に四十倍の配当です……」


 震える寸前の声で、ディーラーが宣言する。

 しかし、カラスは何をそこまで恐れているのかが理解できなかった。


 これがルーレットという形を取っている以上、あるいはこういう事もあるだろう。何らかの気紛れで、偶然にも大当たりを取ってしまう人間が、ごく稀にだが存在する。

 そんな事、分かっているではないか。分かり切っているではないか。

 ならば、何を恐れる事があるだろうか。それを考慮した上で行って初めて、優れた経営者だと言えるだろう。


 仮に、アンナが黒チップ1枚分を全てパープルポケットに賭けていたとしても、配当は黒チップ40枚だ。一度で2000万円相当の負けは確かに痛手ではあるものの、それだけで潰れる経営はしていない。少なくとも、今月分の土地代は支払えるだけの余裕がある。

 それだけの猶予があるならば、充分に店を安定させられるだろう。


 プレイヤー経営のカジノはギリギリでの運営をしているところも多いが、カラスはそうではなかった。イカサマがバレない限りこの店は潰れたりしないと、確固たる自信がある。


 ——しかし。


「ら、ラックラック様に……四十倍の配当……」


「……は?」


 あり得ない宣言。あってはならない宣言。


 ライラックショットは、今音を立てて崩れ始めた。

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