ルーレット 勝負1
赤の数字
1、3、5、7、9、12、14、16、18、19、21、23、25、27、30、32、34、36
黒の数字
2、4、6、8、10、11、13、15、17、20、22、24、26、28、29、31、33、35
「私も参加していいかな?」
「はい、勿論です。どうぞ前に」
にこやかに問い掛けるアンナに、ディーラーの女性は同じくにこやかに答える。
本来ならば聞く必要もない問いだというのに、邪険にしたりしない。これが練度の低いディーラーならば無視される事すらあるので、アンナの中での彼女の印象は随分と上がった。
「お友達は一緒じゃなくていいのかい?」
「ん? ああ、彼女はあんまり得意じゃなくてね。私が無理やり連れ回してるんだ」
随分とお喋りだと、アンナは思った。
これが客同士で賭け金を奪い合うような、ポーカーなどのゲームならばここまで馴れ馴れしくはできないだろう。しかし、ルーレットでの賭けは完全に胴元と行われるものであり、誰かが勝ったために別の誰かが負けるような状態にはならない。
この距離感の近さは、そこからくるものもあるのだろう。
ラックラックは、隅っこの方でカタカタと震えている。視線だけはこちらから外さずにいるので少し不気味だ。
「まあ、楽しんでいるうちに入ってくるかもしれないからね。私が少し先に遊ぶんだ」
「ふぅーん、そんなもんか」
アンナは、ラックラックを信じている。あるいは膝を屈する事もあるだろうが、倒れ続けるような人間ではない。
会ってまだ一ヶ月程度の仲ではあるものの、それだけは確信していた。
(人を見る目には自信があるし)
オーガリィの本質を瞬く間に見抜いた時のように、ラックラックの心根も透けて見えている。どのような人間であるか、何を考えているのか、ある程度当たりを付けるくらいは造作もない。
「俺はカラスってんだ。よろしくな」
「私はアンナレスト。こちらこそ」
アンナは、このカラスというプレイヤーに僅かながら好感を持つ。
VRゲームにおいて、アンナのように小柄な少女は軽んじられがちだからだ。勿論、違法クリエイトが目立つゴールドラッシュの世界では体格など指標になるはずもないが、子供のような見た目に気を大きくする者も少なくない。
それらと比べれば、カラスは遥かに実態を見ている。事実、アンナは軽んじていいような人間ではないのだから。
だから、わざわざ名前を口に出した。キャラクターネームなど出会った時に表示されているのだが、相手が名乗ったのなら無視するわけにもいかないだろう。
「御準備はよろしいでしょうか? それでは、『リリース』」
ディーラーの宣言に伴って、先ほどと同じように八つの球が飛び出した。銀の物が六つ、紫と緑が一つずつだ。
「シルバーポケット4、6、19、21、29、30。グリーンポケット26。パープルポケット25です」
赤のシルバーポケットは19、21、30。黒のシルバーポケットは4、6、29。
グリーンポケットとパープルポケットが赤と黒で別れている点からも、色による偏りは全くない。
しかし、客の全員がざわめいた。
なにせこれは、千載一遇のチャンスなのだから。
「19、4、21だと!?」
「賭けは決まったな! 今日はかなりツいてるぜ!」
インフォメーションを操作して、ベットを開始する。
その中のほとんどが、同じ場所へのインサイドベットだ。
「2の一点賭けだ! コイツがド安定だぜ!」
ルーレットにおいて、回転台の並びは数字の順ではない。様々な種類があるが、このライラックショットではヨーロピアンスタイルと呼ばれるものを採用している。
この時、19、4、21は隣り合った数字であり、これらが全て塞がるとなれば、必然的にその一つ後の数字が入り易くなる。
つまりは2。今この時において、他の数字よりも四倍も入り易いポケットなのだ。
一つの数字のみに賭ける場合(インサイドベット)の配当は、実に三十六倍返し。期待値で考えるのならば、なるほど賭けない手はない。
「よう、何に賭けた?」
カラスがアンナに声を掛けてくる。わざわざ教える事に意味はないが、カラスはどうやら酷くお喋り好きらしかった。
「こんなの決まりでしょ、一択だよ」
「だよなぁ! いやぁ、良かった。ちょっと不安だったんだよな。こういう時に限ってパープルポケットに落ちるんだが、変に裏をかく必要なんてないよな?」
アンナは、曖昧な笑顔でもって返事とする。
「ノーモアベット。球は常に全てのポケットに対して等しい確率で入ります。ただし、入るポケットがシルバーポケットとなっていた場合はその限りではありません。投げられた球はホイールの縁を十二周以上回転し、目視によってポケットインを予測する事はできません」
「これ、毎回言うんだね」
「んあ? ああ、ルールなんだよ」
ディーラーが球を投げる。
アンナは、実のところディーラーが毎回宣言をする意味を知っていた。
このゲームのルールを理解する上で、あるいは『リリース』以上に重要な事なのだから。
ルール上の文句にはこうある、『球はディーラーの宣言した場所に宣言した確率で入るものとする』。そして、『ディーラーとは球に最後に触れていた者の事を指す。キャラクターが手袋をしているなどの理由によって皮膚接触がなかった場合においても、ゴールドラッシュは接触しているものとみなす』。
つまり、投げられた後にどのような干渉があろうとも、必ずディーラーの言った通りのポケットに入る。例えば今手で球を止めようとしても、ディーラーが「全てのポケットに等しい確率で入る」と言っている以上、無理矢理にポケットに入れる事はできない。
指が通り抜けてしまうのか、あるいは重過ぎて動かせないのか、どちらにしてもこのギャンブルの進行を妨げる事はできない。
「まあまあ考えられてるんだね」
「まぁな。どこの世界にもバカはいるもんだろ」
こんな世界なら尚更だろう。
何せここは、違法と不法と無法の入り混じる渾沌。ゴールドラッシュの世界なのだから。
そんな話も、長くは続かない。
所詮は十二回と少ししか回らないのだから、結果はすぐに現れる。ルーレットの利点であり、逆に難点ともいえるだろう。
「紫の25番。ライラックショットです」
「は!?」
「なんて事だよ!?」
客は、騒ぐ。ほんの僅かな間の緊張が、しかし大きな期待も合わせていた。充分な勝算をもって賭けた大本命が、まさかここ一番で外れてしまったのだ。
「しかもこんな時にライラックショットだと!?」
ライラックショット。この店の名前にも使われる、ルーレットの目玉である。
早い話が、パープルポケットへのポケットインの事。入った白の球に反射した光によって、ポケットの紫色が明るい色調になる為そのような呼ばれ方をしているのだ。
そのライラックのような色のポケットこそが、この店一番の大穴。他のポケットが配当三十六倍(単発賭けの場合)なのに対し、ライラックショットはなんと四十倍での払い戻しとなる。
高々それだけの差だと軽んじるだろうか。いや、このゴールドラッシュの世界で、これを理解できない者などいない。
0から36まで合計37のポケットのうちから1つを当てられる確率は、言うまでもなく37分の1だ。つまり本来の配当である三十六倍は、ほんの少しだけ客側に不利なのだ。確率にして2.7%。これが、控除率の数値となるのである。
対して、パープルポケットの配当は四十倍。37分の1を上回るという事は、つまり客側に有利な勝負という事に他ならない。入る確率を、配当が上回っているのだから。
一度でもライラックショットを決めたなら、その時の勝ち金を四十に分けてパープルポケットに賭け続ける事が正攻法となる。
長期的に見れば、それだけで勝ち続けられる筈だ。確率から考えれば当然といえる。
それが分かっていて2番に賭けた者は、悔しさのあまり膝を屈する始末。それもその筈だ。何せ2番ポケットは、25番ポケットの真隣に位置するのだから。
ほんの僅かで、勝っていた。その考えは、どうしても拭う事ができない。
「残念だったな、こんな事もあるって」
カラスは、肩を竦めてアンナを励ます。自分も負けたというのに、話し相手の心配をしている。
これは、カラスの性分によるものだ。話し掛けずにはいられなかった。
——しかし、その性分とは善良であるという意味ではない。
余裕の態度には秘密がある。
彼は確信しているのだ。このギャンブルで、自分が敗北する事などないのだと。




