ルーレット ルール
「それでは始めさせていただきます」
ディーラーの女性が、中央の球体に触れる。
バスケットボールほどの大きさのそれが、触れられた事を合図としてか僅かに浮き上がった。一瞬驚くラックラックだったが、これがゲームである事に気が付いて何も言わなかった。
どれほど現実に似ていても、あくまでこれはゲームである。
宙に浮いた球体は、金属同士が擦れるような音を立てて回転を始めた。
回転台と水平方向に、徐々に回転を速くする。どうやら、その球体の中にはなんらかの金属製の物体が入っているらしい。
「…………」
周りにいた数人の客が、手元に浮かぶインフォメーションに触れる。そのインフォメーションによって、賭け行為を行うのだ。
本来であれば、ルーレットテーブルと呼ばれる緑色の布で覆われたテーブルに描かれている数字にチップを置く事によって賭けを行うのだが、システムによって管理された内側においてそれは必要がない。
客の息を飲む声が、ラックラックにまで聞こえてくるようだ。
「出揃いましたね。それでは、『リリース』」
そう言うと、ディーラーはその球体を上から押さえつけ、回転台の中央へと叩きつける。
意外だが、パァンという紙風船が割れたような音がして、球体はその場から消えてしまった。回転台に吸い込まれるように、欠片すらも見当たらない。
代わりに、その中からはいくつもの球が飛び出し、回転台の周りを高速で転がっている。ラックラックでは正確なところは分からないが、概ね十個ほどのように見えた。
球の多くは銀色だが、緑の物と明るめの紫色の物が一つずつ混ざっている。
やがて、それぞれの球が勢いを失い、回転台の中央へと転がり落ちていった。
「シルバーポケット3、13、15、20、28、31。グリーンポケット0。パープルポケット19です」
ディーラーの宣言と共に、区画から球が消える。その代わりとして、球が入っていた区画の色がそれぞれの色へと変化した。ディーラーの言う通りに、銀と緑と紫の区画ができたというわけだ。
その中でも一番多い銀の区画は、回転台の底面が盛り上がって完全に塞がってしまう。その場所の数字は消えてしまい、たとえ転がり込んでも球はそこに入らないだろう。
「俺は降りるぜ。シルバーポケットがバラけすぎだ」
シルバーポケット。その意味は、銀の球が入り塞がってしまった区画の事だ。
塞がったという事は、回転方向から見てその一つ先の区画が入り易くなる。回転台に割り振られた数字の並びは0、32、15、19、4、21、2、25、17、34、6、27、13、36、11、30、8、23、10、5、24、16、33、1、20、14、31、9、22、18、29、7、28、12、35、3、26。
これは、実在のカジノで使われている物と全く同じである。
シルバーポケットから考えると、26、36、19、14、12、9が入り易いという事になる。もしも、シルバーポケットが隣り合っていたならば、さらに入り易くなっていただろう。
「俺は赤に賭けようかな。これだけ偏ってたら赤に入るだろ」
色が偏っている。
回転台のポケットに記された数字は、0から36。この中で赤く記されているものは1、3、5、7、9、12、14、16、18、19、21、23、25、27、30、32、34、36。黒く記されているものは2、4、6、8、10、11、13、15、17、20、22、24、26、28、29、31、33、35。0のみが緑色だ。
そして銀の球が入り、もう後から球が入らなくなったポケットのうち、黒い数字のものは13、15、20、28、31の五つ。
つまり、現状では黒よりも赤のポケットが多く残っているという事だ。
赤に賭けるのならば、四つ分当たり易くなる。
「なるほど……」
ラックラックは呟く。このギャンブルは、普通のルーレットよりも遥かにプレイヤー側が有利だ。そして、わざわざ確率をブレさせる事によって、単なる運の浮き沈みではない要素を付け足している。
(人気の理由は分かった。けれど、これじゃあディーラー側が不利すぎるんじゃあないかしら?)
アンナと共に出掛けるようになってから、ラックラックもただ取り巻きをしているわけではない。インターネットを使った程度ではあるものの、この類のゲームについて多少は調べてある。
ラックラックが知っている限り、ルーレットの控除率は2.7%。これは、賭け金に対してどれだけ店側の収入になるのかという数値だ。この場合、賭けられている金額の2.7%分、店側の利益となるという意味である。もしもこの数値が0%を下回る場合|(そのような状況はほとんどないが)、ギャンブルはプレイヤー側が有利であるという事だ。
すなわち、ルーレットは僅か2.7%の変動で店側の優位が崩れる。
カジノゲームとしてみた場合、ルーレットは決して控除率の低いゲームではない。しかし、ほんの僅かな違いによって不利となってしまう事には間違いないのだ。このルールでは、その心配があるのではないだろうか。
(つまり、他の色が関わる……)
他の色、すなわち緑と紫に変わったポケットが、店側の有利を維持する要因なのだろうと予想した。
「アンナちゃん、あのボールが入ったポケットは何かしら?」
ラックラックが指を差すのは、たった一つだけ投げられた紫のボールだ。
緑のポケットの意味は、ラックラックの目から見ても明らかだ。ルーレットにおいて0に割り振られるその色は、つまり赤でも黒でもない事を意味する印だ。
さらに言えば、その数字は大きくなく小さくもなく、偶数でもなく奇数でもない。
これにより、アウトサイドベットと呼ばれる範囲を指定するベッティングアクションでは全てが敗北となるのだ。唯一、ポケットに直接賭けるインサイドベットのみで配当が支払われる。
なので、残る紫の意味を問い掛けた。
「紫もだいたいは緑と一緒だよ。アウトサイドベットじゃあ必ず負ける。ただ、インサイドベットで当てた場合の配当が普通よりも少し高いんだ」
「な、なるほど」
となれば、これはつまり多くの場合ディーラーに有利となるルールだ。
ラックラックには詳しく計算する事ができないが、あるいはこれが控除率をプラスに維持しているのかもしれない。
「ノーモアベット」
ディーラーの宣言で、ベットが締め切られる。
「球は常に全てのポケットに対して等しい確率で入ります。ただし、入るポケットがシルバーポケットとなっていた場合はその限りではありません。投げられた球はホイールの縁を十二周以上回転し、目視によってポケットインを予測する事はできません」
そう言うと、ディーラーは銀の球を投げる。
宣言通りに十二周を三周分越えて回った球は、滑らかな減速の後にポケットに入った。
どれだけ注視しようと、そこに不自然な加速や減速は見られない。
「赤の36番。カラス様へ二倍の配当となります」
カラスと呼ばれたプレイヤーは、右手で小さくガッツポーズをする。始めに赤に賭けると言っていたプレイヤーだ。
どれだけ勝ったのかは分からないが、今操作している手元のインフォメーションには賭けた金額の倍のチップが支払われているはずだ。
「どうかな?」
アンナが、ラックラックに問い掛ける。
漠然とした質問だ。“何が”なのか、“何を”なのか、全く分からない。
しかし、ラックラックにはハッキリと理解できた。“何を”言っているのか、“何が”聞かれているのか。これほどにまで明確なものもないとすら感じる。
憧れにも似た、憧憬にも似た、恐怖にも似た、畏怖にも似た、しかしそれでいてそのどれとも違うような感情を抱え。
ただこの場にいるだけで震え上がりそうになりながら、そして叫び出しそうになりながら、さらには泣き出しそうになりながら、それでも膝を屈するわけにはいかない。
このギャンブルがどうなのか、ラックラックは答えなくてはないのだから。
ようやく顔を上げ、どうにか震えを抑え、なんとか叫びを飲み込み、辛うじて泣かずに応える。まっすぐと見上げるアンナに対して、同じようにまっすぐと見つめ返す。
「私は——」
【本編と関係ない話するコーナー】前回からの続き
『デビルズ・ワンド』
フレックス社が手掛ける『ワールド・ワンド』シリーズ第三弾。
タイトル毎に全く異なる世界観でありながら、唯一ワールド・ワンドと呼ばれる強大な力を持った杖のみが共通して存在しているRPGシリーズ。
一作目は、よくある中世ヨーロッパ風異世界で、強大な力を持つワールド・ワンドの奪い合いが起こる王道ファンタジー『マジシャンズ・ワンド』。二作目は、ほぼ全ての資源が枯渇し、ワールド・ワンドを持つ独裁者が辛うじて地球を存続させているディストピアSF作品『ブライン・ワンド』。
そして、三作目である『デビルズ・ワンド』は現実に即した世界観で、主人公が悪魔を育てる育成ゲームである。悪魔の存在はワールド・ワンドの影響を受けた結果であり、より強大な悪魔はワールド・ワンドへと惹かれる。
悪魔の育成や主人公の行動などによってストーリーが分岐し、プレイヤー毎に様々な体験をする事になる。
望むなら、ワールド・ワンドをめぐる争いとは無関係なストーリーを歩む事も可能である。(しかし、どんなストーリーも必ずワールド・ワンドを手に入れる事になる)
『ロップ・イヤー』
プレイヤーが初めに手に入れる悪魔のうちの一体。オープニングイベントでいくつかの質問が行われ、その際の結果によって一体の悪魔が選ばれる。
鋭い牙が生えている事以外は普通のウサギとなんら変わりはない。
感覚器官が優れている悪魔に成長しやすい。
初めから大きく善性に傾いており、ワールド・ワンドと関わりのない平和なストーリーにしたい場合に最適な悪魔である。
『ストレイ・キャット』
プレイヤーが初めに手に入れる悪魔のうちの一体。オープニングイベントでいくつかの質問が行われ、その際の結果によって一体の悪魔が選ばれる。
地面から浮き上がる事ができる以外は普通の猫となんら変わりはない。
身体能力に優れている悪魔に成長しやすい。
初めから大きく悪性に傾いており、ワールド・ワンドをめぐる激しい戦いに身を置きたい場合に最適な悪魔である。
『ハミング・バード』
プレイヤーが初めに手に入れる悪魔のうちの一体。オープニングイベントでいくつかの質問が行われ、その際の結果によって一体の悪魔が選ばれる。
飛ぶ際に笛の音のような音が鳴る事以外は普通のインコとなんら変わりはない。
翼やツノなど、人間にはない部位を特徴とする悪魔に成長しやすい。
初めは完全に中立であり、根無草のように何物にも囚われない生き方をしたい場合に最適な悪魔である。
『ワールド・〇〇』
ストーリーをクリアすると、主人公の悪魔の名前の頭に『ワールド』がつく。これをワールドクラスと呼ぶ。
ワールド・ワンドを手にしたという証であり、それはこの世界を統べる事と同義である。
ワールドクラスの取得によって解禁される全ての要素は、一つ残らずワールドクラスが己の能力によって世界を操作する事によって行われている。
『引き継いでニューゲーム/クロノスエフェクト』
主人公が持つあらゆる要素に影響を与えずに時間を巻き戻す能力。やり込み要素を損なわずに二週目のデータを作る事ができる。
『ギャラリー/ワールド・メモリア』
主人公が遭遇した世界の記憶を呼び出す事ができる能力。ゲーム中に聴いた音楽、キャラクターのセリフ、イベント、遭遇した或いは育成した悪魔の情報を見る事ができる。
『オンライン対戦/デビルズ・バーサス』
異なる悪魔の世界と共鳴し、相互に干渉できる能力。育成した悪魔を用い、オンラインで対戦する事ができる。なお、ワールドクラスの悪魔は元となった悪魔として使用する事となる。
『ガブリエル・フォールド』
現環境トップメタ。
あらゆる進化系列を辿っても到達できる特殊な悪魔であり、最もスタンダードなデザインであると言える。遠中近距離戦闘を高いレベルでこなし、その上特殊能力への対処法も豊富。操作性も単純で扱い易く、まさに初心者向けのお手本のような性能である。
しかし、このガブリエルの脅威は単なるお手軽戦士にとどまらない。
どのような進化を辿っても到達できるという事は、どのような育成もできるという事に他ならず、つまりは最終ステータスの自由度が他の追随を許さない。
ガブリエルを除く全ての悪魔は育成時点である程度の方向性を決めなくてはならないため、卓越したプレイヤーは悪魔の姿を見ただけである程度ステータスに予測を立てられるのだ。
しかし、ガブリエルに関してはそれが通用しない。
つまりは実際に戦って、初めてその正体を知る事となる。
そのあまりにもの“型”の多さと持ち前の対応力の高さによって、ガブリエルはデビルズ・ワンドの対戦において最強の座を不動のものとしている。




