偽チュートリアル 勝負4
自らの価値などと息巻き、勝負だなどと思い上がり、それでいてそれが愚かしい事に気が付かない。
このゴールドラッシュの世界で最も罪深い事は何か知っているはずだが、まさか自らがそうであるなどとは夢にも思わない。
自らが謀ったダックラックと、何も変わらない。オーガリィは、今そんな事態に陥っている。
不正など見つかるはずがないのだ。
アンナのキャラクターは、オーガリィと違って何の細工もされていない。それどころか、現実とほとんど何も変わらないと言っていい。精々が髪と肌の色を僅かに変えた程度で、顔立ちも体つきも全くそのままなのだ。
これによるデメリットは多くあるが、しかしメリットがないわけではない。現実とほとんど変わりない体を持つという事は、つまりほとんど動作に違和感が出ないという事に他ならない。
例えば、視力。
オーガリィが一々片目を瞑らなくてはもう片方の目から物を見る事ができないように、肉体との著しい差異は動作に多大な影響を及ぼす。しかし、アンナにはそれがないのだ。現実と同じように物を見て、現実と同じ様に認識している。
これが、このゲームにおいて重要な要因となる。スカイレスにおいて、モニターを介さずに眼下で行われるポーカーの手札を目視したその視力は、現実に即したものである。
その視力は、現在この場でも遺憾無く発揮されている。カードについたほんの僅かな傷すらも見逃さず、実に2ゲームかけて記憶してしまったのだ。判別のしにくい物は、伏せ札の確認の権利を利用して自らマーキングした。もちろん、常人では確認もままならないほど僅かな傷だ。
オーガリィがどれほど目をこらしても、決して事実を見る事はできない。必ず見破ってやろうと永遠に言い続けながら、彼は所持金を吐き出すのだ。
観察力や記憶力のみならず、卓越した視力。それら全てを併せ持つ者は、このゴールドラッシュ・オンラインの全てのプレイヤーを探しても見つからないだろう。
そもそもからして、オーガリィの勝てる相手ではなかった。
決して頭が悪いわけではないオーガリィだが、しかし頭がいい程度で生き残れるほど甘い世界ではない。今まで初心者ばかり狙っていた小物には、自らの矮小さなど分かろうはずもない。
故に、何も見えていない。注意深く、油断せず、しかしそれでいて、何もしていないのと変わらない。
その程度が、オーガリィという人間の限界だ。彼の全力など、眠っているのと同じなのだ。
「ベット、20枚」
「コール!」
こうして、ほんの僅かな逡巡もなくコールする。ドロップが後ろ向きな手ではないと知っていながら、それでも安っぽいプライドのために立ち向かおうとする。
ただ一度引き下がったくらいで折れてしまう意思など、大したものではないというのに。その認識がまるで足りない。
「スペードのJ」
『正解』
分からなかったのだろう、何をしているのか。歪んだ顔からよく分かる。そんなものだから、常に心理的不利に立たされている事になど、気が付きもしない。
「ベット、40枚」
「コール!」
愚鈍、愚劣、愚直、愚考。
分からないうちはずっとドロップしていればいいのに、引き下がりたくないがためにチップを吐き出す。
この場でのドロップは、決して及び腰などではない。むしろ、その程度で挫けてしまう心配をする方がよほど及び腰といえる。
「ダイヤのQ」
『正解』
悔しそうな顔をしているが、決して危機感を覚えていない。いつか勝つのだと思っている。勝てると思っている。“いつか”なんてものが来ると思っている。
ただ必死なだけで、諦めないだけで、報われると思っているのだ。もしもそうなら、自らが今まで食い物にしてきた多くの弱者は報われているはずだ。あまりにも独りよがりであるために、その考えに至る事ができない。
「ベット、100枚」
「……っ! コール……!!」
もはや、好きなだけ金を吐き出すだけの装置だ。自らの持ち合わせを全て出してなお、彼は止まらない。
止まっては終わってしまうと信じているのだ。既に終わっている事も分からずに。
「ダイヤのJ」
『正解』
勝利である。しかし、それはつまらないものだ。
決して一般的な成人男性として頭が悪いわけではない。非合法な組織に借金を作るような愚かしさはあるものの、思考力という一面のみを見れば悪くないはずだ。
しかし、それでいてなお粗末。このゴールドラッシュの世界で生きるには、些か力が足りないのだ。
今までは、組織の後ろ盾をもって成り立っていた。それを自らの力であるなどと思い上がった結果だ。
有り体に言えば、身の程。オーガリィは、今まさにそれを思い知る最中にある。
「ぞ、続行だ!」
「払えるの?」
「……っ」
苦しそうな表情。図星を打たれたという顔。
そんな事にも思い当たらないと思われていたのだと感じ、アンナの口調に不快感が現れる。
「で、続けるの?」
「あ、当たり前だ……」
(やめておけばいいのに)
アンナは思わずにいられない。
プライドなんてものを賭けているつもりで、実際には縛られている。本当ならば、不自然な賭け金の吊り上げをされた時点で降りておくべきだった。
この運に左右されるゲームで、明らかな自信。自らがそうであるように、それが不正によるものであるなど想像もつくだろうに。
(いや、対等だって思ったのかな?)
自らの不正と、アンナの不正。両者が両者とも不正を働いているのなら、それでようやく対等などと。
そんな風に思い上がっていたのかもしれない。
もしもそれが対等であるならば、なおさらコール連打などするべきではない。対等な立場にありながら、自らはドロップを行わないというハンディキャップを背負っているのだ。
相手よりも圧倒的な有利になければ、それで勝てるはずなどないのだ。
「……まずは、2枚」
「はいはい、2枚」
ゲーム開始時のチップ。本来ならば勝者への賞金だが、賭け金があまりに高額となってしまったこのゲームにおいては大した意味を持たない。
雀の涙。まさしくそれだ。
「ベット、200枚!」
「…………」
もはや、錯乱とすら言える。
負け分を取り返そうと勝負に出る事自体は、何もおかしな事ではない。どこかで勝負に出なければ、どうせジリ貧なのだから。しかし、それは勝機がある場合の話だ。何の望みもなしにただ賭けているというのなら、それは愚鈍という他ない。
そして、もしも勝てるつもりでいるのなら、それに加えてさらに愚劣だ。
「コール」
アンナの宣言を受けて、オーガリィが目を伏せる。
考えているフリをして、アンナの手札を覗き見ようというのだ。
(なんて浅はかなんだろう)
馬鹿馬鹿しい。
アンナが仕掛けた以上、勝てる見込みなどないとわからないのだろうか。そう思わずにはいられない。
自分の不正が暴かれていないなど、なぜ思えるのだろうか。わからないままに勝負に出るはずなどないではないか。
それとも、アンナを軽んじているのだろうか。相手の不正も看破できていないのに勝負に出るような愚者であると。
もしそうならば、それはとてつもない侮辱だ。これ以上なく、あまりにも馬鹿にしている。
しかし、オーガリィはそんな事を思っていないのだろうとも思う。
(なにせ、自分がそうだもんなあ)
オーガリィ自身が、不正を看破できないままに勝負に出る愚者なのだ。相手は違うなどと、思えないのだろう。
(こんなの、手札を隠したら意味ないのに)
アンナは、背後のランプに注意を向ける。
目視するのではない。部屋に入る時に確認した位置関係を思い出し、そこから見えないように手札の角度を調整するのだ。オーガリィには今、アンナの背中しか見えていないだろう。
(気が付かないと思ったのかな?)
そもそも、ゲームで眼帯をしている事が不自然なのだ。十年も前に開発された視覚補助ツールにより、ゲームにおいて視力によるハンディキャップを背負う事はなくなったのだから。
仮に何らかの理由でそれを使用していないとしても、自らが視力に不自由を抱えていると喧伝する必要などないだろう。堂々と形だけの眼球を露出させ、あたかも見えているように振る舞う方が自然だ。まさか、自らの弱点をいたずらに目立たせる必要などあるはずもないのだから。
それが分かっているのなら、警戒など当然の事。幾度か試して視界の方向を確認し、おそらくは壊れたランプの中に眼球を入れているのだろうと当たりをつけた。
今右手で持つアンナの手札は、オーガリィから見る事ができない。ほとんど、勝利したようなものである。
アンナは、見据える。落ち目の男を、オーガリィを。
ほんの少しばかり、まだオーガリィに勝ち目はある。
限りなく低い確率ではあるものの、不正に頼らず勝ち切る事は不可能ではないのだ。目を伏せず、自分の手札を見て、勘に頼って当ててしまえば、アンナに防ぐ手立てはない。
現状唯一、アンナが心配する敗因である。
そして、オーガリィの顔に笑みが浮かぶ。
「……ハートのJ!」
今までと比べて明らかな長考の後、ようやくオーガリィが宣言をした。
それを受けての解答は、無情にもこの狭い部屋に響く。
『不正解』




