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偽チュートリアル 勝負3

 このゴールドラッシュ・オンラインにおいて、キャラクターデザインは人形(ひとがた)のみに止まらない。

 本来は違法であるものの、例えば獣の形をしていたり腕が浮いていたりする程度の改造キャラクターはあり触れている。

 このゲームにログインした初日、ダックラック11が感じたように、その程度の事は茶飯事なのである。一々取り締まられるような事はなく、一々通報されるような事もない。


 そして、その改造は眼に見えるような場所ばかりに施されるわけではない。


 オーガリィも、キャラクターを違法に改造しているプレイヤーの一人だ。しかし、このゲームの中に、彼が違法キャラクターである事を知る者は一人もいない。

 知られては、ならないのだ。知られる事は、オーガリィにとって著しい不利益になる。故に、オーガリィはこの秘密を誰にも明かした事はない。


 オーガリィは、目を瞑って眼帯に触れる。俯き、目元を隠し、考えているフリをする。あまりにもこの動作をしすぎたせいで、今ではすっかり癖付いてしまった。しかし、これは必ずしなくてはならない行為なのだ。


 眼球。

 それが、オーガリィのキャラクターが違法である理由である。この眼帯の裏側には、眼球のはまっていない伽藍堂(がらんどう)の空洞があるだけだった。

 しかし、ならば一つ目なのかと言われればそうではない。キャラクターメイクの際に取り外せるようデザインしたものの、その時点には確かに二つの眼球があった。


 これが、オーガリィがこの勝負で無敗であるカラクリなのだ。

 視覚を持ち、体から離れ、手の平に収まるほど小さい。この器官の用途など、たった一つしかない。


 この部屋に置かれている、四つのランプ。そのうちの一つが壊れているのには、訳があるのだ。

 すなわち、中身が空洞なのである。眼球程度、充分な余裕をもってその中に入れられる。


 これが、オーガリィのイカサマである。相手の背後から手札を覗き見ているのなら、負けるはずなどある訳がない。

 事実、オーガリィは今、アンナの手札を全て把握している。ダイヤとハートのQ(クイーン)、クラブのK(キング)。負ける要素など、全くない。


 だが——


「ドロップ……?」


「そう、ドロップ。手札を捨てるね」


 ドロップの宣言は、賭け金を払わない代わりに手札を捨てなくてはならない。しかし、その時点で手番が終了である事を思えば、決して消極的な選択とは言えない。事実、オーガリィはこの手番で三枚全てを宣言できたのだから。


 アンナがクラブのK(キング)を捨て、手番が移る。


「じゃあ、ベット10枚」


「……なるほど」


 唐突な、強気の賭け金。これは、自信の現れだ。

 直前の手番、アンナは伏せられたカードを確認した。六枚の未公開カードの中の二枚を確認する事によって、オーガリィの手札に当たりをつけたのだ。

 なので、10枚という宣言ができる。この時点で、勝負に出ようというのだから。

 加えて言えば、オーガリィはもうドロップできない。手札一枚でのドロップは、すなわち敗北となってしまうからだ。


 アンナの考えをそこまで読み、オーガリィは気を落ち着かせる。


(まだ、負けた訳じゃあない)


 ここで終わったとしても、続行権はオーガリィにあるからだ。アンナが常に全てのカードを把握しているわけではないと分かった以上、この勝負はまだオーガリィが有利なのだ。


「コール」


 下がれない事と、下がらない事は違う。現状ドロップの選択肢はないが、しかしあったとしてもドロップはしないのだという事実は重要だ。

 自らの意思に、大きく関わる。


「——ハートのQ(クイーン)


不正解(ノット)


「……は?」


 予想だにしない宣言。ハートのQ(クイーン)

 それは、オーガリィの手札にあるはずのないカードだ。なにせ、“アンナの手札にある”のだから。


「聞き間違いか? ハートのQ(クイーン)と、聞こえたが」


「間違いないね。何かおかしいかな?」


「…………」


 ここで、真面目にしろなどと言えるはずもない。ほとんど意味もない事ではあるが、オーガリィが不正を働いている事は公にできないのだから。どれほど白々しくとも、取り繕わなくてはならない。そうでなくては、体裁が保てない。


 場のチップが、オーガリィの物となる。


 何を、しているのか。何を、考えているのか。

 何よりも、何が起こるのかが分からない。明らかに何かを企てられているのに、それが何かが全く理解できないのだ。


 この一回で、二人の所持チップは逆転した。オーガリィが合計で32枚獲得。アンナは25枚。7枚の差で、オーガリィの優位だ。


 オーガリィの心中は、とても7枚も勝利している者のそれではない。疑い、不安で、喉が渇いている。

 こんなささやかな優位に価値などあるだろうか。初めのうちこそ数枚程度で一喜一憂していたが、今ではもう互いに10枚も賭け合っているのだ。

 ただの一度で、充分返る。


 ならば——


「ベット20枚」


 これが、今の最適解。

 ただの一撃で勝負を決する事である。

 これならば、充分な余裕ができる。次回以降において、無視できない優位となるはずだ。


「ドロップ」


「…………」


 再びの、ドロップ。

 どうやら、アンナはオーガリィの勝負に乗るつもりはないようだった。

 ダイヤのQ(クイーン)が、アンナの手札から捨てられる。


「ベット、1枚」


「は……?」


 1枚。

 1枚だ、たったの。アンナは、確かにそう言った。


「1枚? なんでそんな……」


 現時点で、チップは7枚差なのだ。1枚の勝負など、してもしなくても同じではないのか。


「いいだろ、別に。早くコールしなよ」


「…………」


 確かに、別にいいと言われればそうなのかもしれない。

 どれほど怪しかろうと、恐ろしかろうと、不気味だろうと、確かに関係はない。


「……コール」


「スペードのJ(ジャック)


正解(ヒット)


 なんの捻りもなく、なにをするでもなく、ただ手札を言い当てられた。

 この二回戦はここで終わり、アンナには合計5枚のチップが流れる。


 しかし、それでもオーガリィがまだ優位だ。たった2枚とはいえ、確かにまだ勝っている。ただ、それをそのままの意味で満足などできようはずもなかった。

 死力を尽くした上での結果であれば、オーガリィも納得する。しかし、最後の宣言を違えていれば返った程度の結果であるならば、多少の不満も出よう。アンナは、勝てるのに勝たなかったのだ。わざと、ほんの僅かに負けようとしている。


(なんのつもりで……っ)


 自らの全力を嘲笑う行為に、オーガリィは腹を立てる。顔には出ていないはずではあるものの、どうしても腹を立てずにはいられなかった。


(……いや)


 果たして、そうだろうか。

 オーガリィは、見落としに気がつく。


 自分は考慮していたというのに、相手は考慮していなかった。自分が思う事を、まさか相手だけは思わないのだと高を括っていた。


 つまり……


「続けようか」


 続行権。自らはそれを頼りにしておいて、相手の考慮にあるとは思っていなかった。勝つ事を念頭に置いているのだと、信じて疑わなかった。

 思えば、初めからこの瞬間を狙っていたのだ。


 賭けるチップも、ベッティングアクションも、初めから微負けを想定して調整していた。

 自らの続行権を維持しながら、逆転に支障のないように。


 これが意味するのは、つまり何回かの勝負が必要だったという事だ。恐らく、それは不正に関する事だろう。

 もしも、初めから作用する不正ならば、一々時間稼ぎなどする必要はないからだ。


 だとすると、既に不正の用意は終了したと思われる。オーガリィの手札を簡単に言い当てて見せたのがその証拠だ。

 恐らくは、カードに印を付ける『マーキング・テクニック』と呼ばれる行為がなされているはずだ。

 縁の部分を傷つける『サンディング』。

 何らかの塗料を使用する『ワックス』。

 尖った物で突き刺して細かな凹凸を作る『スポッティング』。

 どれも、一流の手品師も使う技術。


 現実の世界を忠実に再現するVRゲームだからこそできる不正である。


 ゲームが用意したカードに後から細工をするならば、その辺りがポピュラーだろう。勝負の直前に「同じカードを使う」と決めさせられたのも、カードが新しい物に変えられないためのルールだったのだ。


(したた)か……!)


 『同じカードを使う』という言葉は、『同じ種類を使う』と『前の勝負で使われたカードそのものを使う』という二つの意味にとれる。しかし、システムは後者として認識しているのだろう。

 システムすらも利用した布石。恐らく、あらかじめ何と言えばそのように認識するかを調べておいたのだ。


(だが……それでも……!)


 見破る。それしか、方法がない。

 アンナがどのようなマーキングを行なったのかを瞬く間に看破し、それを利用して勝利。それをおいて、この勝負を制する事はできないのだ。


(俺の価値を知らしめる、またとない機会だ……!)


 覚悟を決める。

 ここからが、本当の勝負である。

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