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人殺しには花束を 〜贖罪人たちの青春挽歌〜  作者: まじりモコ
二話 それが彼らの日常
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学校生活はいたって普通?


 目を開けると真っ暗だった。顔が布に包まれている。かなめは寝ぼけたまま上体を起こした。身体が痛い。どうやら自分は布団にくるまったままベッドから落ちたのだと、布団をひっぺがえして辺りを見渡し、ようやく気付いた。


 六畳ほどの広さをした殺風景な部屋だった。目立つ家具といえば要が転げ落ちた通常サイズのベッドと、勉強用のシステムデスクくらいか。壁の扉を開ければクローゼットがあるだろうが、中には何も入っていない。


 昨日入寮したのだから物が無いのは当たり前だ。それに要には病院に預けられる前の生活が無い。もとから私物が少ないために、積み上げられた段ボール箱も最低限だった。


 ほんの一週間、玖楼くろうと過ごした部屋はもっと明るくて雑多だった。たった一晩であの短い生活を懐かしむのを我ながら不思議がりながら、要は昨日のうちに出しておいた新品の制服に袖を通した。


   ◇  ◆  ◇


 自分に振り当てられた二階の角部屋から出る。廊下はしんと静まり返っていた。窓から差し込む日差しが、ポツンと置かれた観葉植物を寂し気に照らしている。


 音も、人の気配もない。同じ階に住人はいないのだろうか。紗枝さえは、寮生は要を含めて七人だと言っていた。広い寮に、少ない人数だ。寮母のような人もいないらしい。静かなのも仕方がないのかもしれない。


 学校指定のカバンを下げてラウンジに降りると、さすがに人がいた。


 向かい合うソファーに二人座っている。黒髪ショートボブの少女と、眼鏡をかけた少年が何やら言い合っていた。


「もーっ、なんでそこでそげんこつ言うかね!?」


「おれは真実を言ったまでだ。正直な意見をと言ったのは千夜ちよだろう。あと、また出ているぞ。どうやったらそう、遠方の方言がそこまで複数混ざるのか不思議でたまらない」


「しっ、しかたないでしょ! なんやもう、クセなんだから! 最近は諦めついてきたわ!」


 激昂する少女と、淡々とそれをやり過ごす少年。他に人影はない。要は仕方なく二人に近づいた。まず正面の少年が要に気づき、その視線で少女も振り返る。少女は要を見ると取り繕うように姿勢を正した。


「あっ、やっと起きてきた。待ってたんだよ?」


「俺を?」


 頷くのは眼鏡の少年だ。


「そうだお前だ。面倒だが、おれ達は先に出た三年生からお前のことを任されている。さっさと行くぞ」


 さっそく外へ向かおうとする少年を、少女が引き留める。


かしすぎ急かしすぎ。えっと、要君、だったかな。うちたちは君と同じ二年生、クラスも一緒。だから学校まで案内を頼まれてるんよ。要君はちょっと方向音痴ごたけど、うちらが責任持ってちゃんと連れてくから安心しい? もう時間的に遅いから出なくちゃだけど、準備はできてるかな?」


「できてる。俺は藤沢ふじさわ要。よろしくお願いします」


「ああ、藤沢さんの養子ってホントだったんだ。うちは平野ひらの千夜ちよ。それとこっちのムッツリ顔が──」


「おれは倉科くらしな啼臣ていしんだ。フッ、誰が呼んだか、商店街のハイカラメンズとはおれのことだ。もちろん嘘だがな。あと、おれはムッツリではない。むしろエロはオープンだとも。これは本当だ」


 千夜ちよが社交的にお辞儀し、啼臣ていしんが謎のポーズを決める。千夜は小柄で胸部も薄いので威圧感がないが、啼臣ていしんはデカい。随分とデカい。それが両腕を広げた変なポーズで固まっているので異様だ。


 要はなんとなく、同じポーズを取りながら尋ねる。


啼臣ていしんは、身長いくつなんだ」


 返答は要に衝撃を与えた。


「百八十七だが?」


「…………すごくでっかい」


「うむ、でかいぞ。いろいろとな」


「何の会話しとるん、あんたら。さっさと行くよ」


 千夜ちよが呆れたように呟きをこぼした。


   ◇  ◆  ◇


 職員室に連れて行かれ、説明を受けた後でクラスへ向かう。当たり障りのない自己紹介。五月の頭という奇妙な時期の転校生にもかかわらず、要へ積極的に話しかけて来るクラスメイトはいない。せいぜい周囲の席の者と挨拶あいさつを交わしたくらいだ。


 玖楼くろうから、記憶がないことは誰にも気づかれないようにと注意されていたので、ボロが出ずに済むのはありがたい。


 しかし、玖楼に見せてもらった学園ドラマでは、転校生は質問攻めに合うのが通例であるとされていた。なのに自分は遠巻きにされている。


 なぜだろう。その疑問は、昼食に誘ってくれた千夜ちよが解決してくれた。


「それ、たぶん腕輪のせいやね」


「腕輪……?」


「そっ、君もはめてるでしょ? 緑輪りょくわ寮の人間は常時はめとくのが規則やからね。コレール討伐隊の証ってこと。そんで緑輪寮の人間ってつまり──まぁ、前科持ちでしょ? 歴代の人達も気性が荒かったり人付き合い悪かったり。寮生は一般生徒より特別に校則もゆるいし。せやから、うちの学校の人達はこん腕輪を避けるんよね。要君のせいやないよ」


 諫戸いさど先輩とかめっさ避けられとるし、と。学食の隅でうどんをすすりながら教えてくれる。確かに、学食はほぼ満員なのに、要たちの周りには誰もいない。明確に見えない壁ができているのが分かった。


 要は日替わり定食のから揚げを箸で器用に割りつつ、自分の左手首にはまっている腕輪を見た。銀色の細い輪で、真ん中に透き通る緑色の石がぐるりとはめ込まれている。綺麗だが、どこか冷たさも感じる色だった。


「玖楼に渡されたから何となく付けてた。これ、なにか意味あるの」


「そんなもの、首輪と同じだ」


 後ろから声がして要は振り返る。答えたのはおぼんを持った啼臣ていしんだった。啼臣ていしんは当たり前のように要の隣に座る。


「腕輪の中にはセンサーが組み込まれているのだ。おれ達が街の外に出ようとすると研究所マントールへ通知が行く。そして連れ戻される仕組みだ。あくまで猟犬でしかないのだ、おれ達は」


 啼臣ていしんがビビンバの具を混ぜ始めた。かけている眼鏡が湯気でくもる。すると千夜ちよが慌てたように付け加えた。


「悪いことばっかじゃないよ? ほら学食だって無料になるし」


「うむ。ビビンバは美味いぞ、ビビンバは。なぜこれが不人気メニューなのか一向に分からん。せっかくの激辛だというに」


 要は手元のから揚げに視線を落した。だからお金を払おうとしたら、おばちゃんに遠慮されたのだと納得する。あれはこの腕輪をしているおかげだったらしい。しかしどうして腕輪をしていると学食が無料になるのか。首をひねっていると、二人が教えてくれた。


「この学校は研究所マントールが陰で運営してるからね」


「それどころか、この街自体が研究所マントールのものだぞ。国から管理権を奪取したらしい。この街に封印されているコレールたちと戦うために、街全体を戦場として整えているとな」


「要君、藤沢さんからそういう説明、何も聞いてないの?」


「……聴いた気もする。でも忘れてた。俺あんまり物覚え良くないんだ」


 ということにしておく。そんな説明を受けた記憶はないが、あまり養父の評判が落ちるのは好ましくなかった。


 一足早くビビンバをかき込んでしまった啼臣ていしんがおぼんを手に立ち上がる。そして背後を通る時に、要へそっと耳打ちした。


「早く覚えたほうがいい。どうせおれ達は、ここでしか生きられん」


 低く抑えた声に、要は反射的に振り返った。そこに彼の顔はない。すでに一歩先にいる。啼臣ていしんは自然体で要と千夜ちよを待っていた。


「食ったなら早く教室に戻るぞ。おれ達が長くここに居ては、他の生徒が萎縮する」


 自分の茶碗に目を戻すと、すでに空だった。話をぼんやり聞きながら無意識に箸を動かしていたらしい。同じく食べ終えた千夜ちよと共に席を立つ。


 背筋に残った冷たい感触に、要は遅れて身震いをした。



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