ようこそ等活地獄
要の眼には剣が光って見えた。薄い緑と、力強い茶色。自分の中で虹のように輝く源から、二色が湧き出て剣の周りを渦巻き始める。要はそれを思い切り地面に突き刺した。
剣にまとわりついていた熱が地面に放射される。それは駆けるようにコレールたちのもとへ伝っていく。手に感じる二つの触覚は、残り二体になっていたコレールの足元で飛び出した。
片方は太い蔦だ。伸びるそばから深緑の葉が茂る。蔦はあっという間にコレールに絡みつきその首を絞め上げた。
もう片方は土だった。盛り上がった土は津波のような背丈となり、覆い潰すようにコレールを飲み込む。土はそうやって圧縮していき泥団子のような巨塊へ変貌した。
コレールは呻きを上げていたが、すぐ身体の輪郭を薄れさせ光となって消えた。
一瞬のうちに起きた出来事に、飛び退いた諫戸や唖然とする紗枝だけではない、指示を出した要自身も驚き言葉を失っていた。
現実離れしすぎていて、今のを自分がやったのだという実感が湧いてこない。
いつの間にか側に来ていた諫戸が怪訝な表情で紗枝へ視線を向ける。
「風杖、今のお前だよな?」
「えっ? 違うわ。諫戸くんこそ手を貸したのでは……」
「してねえ。俺じゃねえよ」
二人の視線が要に注がれる。要は二人が何を議論しているのか分からず何も言えない。
声の出ない要に、二人は信じられないという顔をする。
「まさか、両方彼が? クロワを二種類使ったということ……?」
「んなわけっ、クロワってのは、一人一属性だろ!?」
言い合う二人に要は入っていくことができない。どうやら自分が二つのクロワを操ったことを疑問にしているらしいとだけ理解した。自分を睨みつける諫戸の視線に身震いすると、彼は舌打ちを堪えるように眉間のしわを深めた。
「……まあいい。俺たちが何言い合っても意味がねぇ。それよりおいお前っ、今の手加減したわけじゃねえよな?」
「手加減……?」
要はやはり話についていけずに首を傾げた。そんなこと考える余裕すらなかったのだ。見かねた紗枝が要を庇う。今更気づいたが、二人とも身長が高い。紗枝は百六十九㎝の要より少し低いものの、諫戸は要より高い。同世代の中で、もしかすると自分の身長は低いほうなのではないか。そんな場違いな疑問が浮かんだ。
背の高い人々に囲まれ身がすくむ。
「何を言っているの諫戸くん。彼は初心者なのだから、そんな恐い顔したら恐いわよ。あと無駄に声が大きいわ」
「んなこたぁいいだろ! じゃなくて、覚えてんだろ、最初の時。みんなもっと堰切ったみたいに吹き出しただろうがっ」
「……たしかに、私の時は辺り一面草原になったわ」
「俺ん時ぁ土砂で堤防が立ったぜ。他の奴等もそんなもんだ。だがコイツは出力が弱すぎる」
いきなり指差されて要はたじろいだ。さっきから自分の話をしているようだが、答えに窮してしまい居心地が悪い。どうやら自分のクロワは他の者と比べて出力が弱いという話らしかった。紗枝も諫戸同様にその答えを知るわけではないようだ。
「どうしてかしらね。クロワの属性が一つじゃないからかしら」
「知るかっ。このまんまじゃ使えねえってことは確かだが。つか、さっさと帰るぞ。日付が変わる。現実が帰ってくんぞ」
突然首根っこを掴まれて要は諫戸に引っ張られた。慌てて足を動かし進むペースを合わせる。言動が乱暴なのは、自分が不甲斐ないからか。要はそう勘ぐったが、横からひょっこり顔を出して紗枝が耳打ちしてくれた。
「ごめんね、要くん。諫戸くんは誰にでもこうなの。あなたに怒っているわけではないのよ?」
「おいっ、何ひそひそやってんだっ」
「なんでもないわよ?」
「他の奴らはもう寮に帰ってんだろっ?」
「ええ、そう言ってるわ。諫戸くんもインカム付けておいたほうがいいわよ」
紗枝が自分の耳元を指で叩く。そこには補聴器に小さなマイクがついたような物がはめられていた。
「お前が付けてんだからいいだろっ。一人ならさすがに付ける」
「討伐隊はツーマンセル行動が原則だから一人にはならないでしょう」
呆れたように紗枝が苦笑すると、急に周囲に変化が起きた。
まるで世界を覆っていた膜が破裂したようだった。一瞬にして空気が変わり、民家に明かりが灯り始める。いや、灯りは最初から点いていた。それが目につくようになっただけだ。通りかかった家の窓から、人の笑い声が聴こえた。
さっきまで、人の気配など少しもしなかったのに。
「何が……」
「ギャリッグウールが終わったのよ。もうコレールは出ないわ。夜更かしの通行人に見られるまえに、寮へ急ぎましょう」
思わず立ち止まりかけた要は、紗枝に優しく促されて歩調を早めた。もう迷わないよう二人を必死に追いかけていると、ついに目的地にたどり着いた。
学生のために建てられたとは到底思えない立派な洋館だった。四階建てで、幅はそこまで大きくない。周囲を高い塀が囲っていた。細かな装飾が施された両開き扉は古城の入り口のようである。
紗枝と諫戸は先に扉をくぐって待っている。要は浅く空気を吸い込み、門の中へ入る。緊張を胸に洋館へ一歩踏み出した。
「────っあ」
背筋が凍る。視線が明確な質量を持って身体に突き刺さる。ラウンジには先の二人の他に四人の少年少女がいた。誰も彼もが警戒の色を隠さない、こっちを値踏みするような冷たい目をしている。
それで要は思い出した。玖楼が言っていた、クロワ使いの条件を。
『その寮に集まる子たちには、ある一つの共通点がある。それがコレールを倒す力を発動させる条件でもあってね。その力は、世界が人間に与えた呪いを、研究所の技術で作り変えたものだ。その呪いとはつまり──』
立ちすくむ要の背中を紗枝が押す。それで、要を捉えていた視線が外れた。やっと呼吸を許された思いで要は大きく息をつく。そんな彼を見ていた諫戸が口角を片方上げて皮肉気に嗤った。
「ようこそ緑輪館へ。安心しやがれ、ここには、お前の同類しかいない。そう──この寮に住むのは罪人だけだ」
言ってさっさと背を向けてしまう諫戸を見送りながら、要の頭には玖楼の言葉が響いていた。
『──つまり、人殺しに与えられる罰なのさ』